俺ときみを繋ぐもの

少しだけ夢主との過去編です。
将来、過去編を本編で書くことになったら、非公開にし、修正後本編に追加予定です。






「飛雄ー!」

下の階から母さんが俺を呼ぶ声が聞こえた。無視しようかと思ったら、再度名前を呼ばれる。これは行かない限り呼ばれ続ける若しくは部屋に突撃されるのが目に見えていた。チッと舌打ちをしてトス練を止めて、下に降りるとリビングで一冊の本を広げている母さんがいた。近くには似たような本が数冊並んでいる。

「何」
「掃除してたら見つけたのよ」

見て見てと手招きをされ、近づけばその本がアルバムであることが分かった。広げたアルバムには俺と沙智の幼稚園児の時から写真が貼られていた。片手にはバレーボール、もう片手は沙智と手を繋いでいた。

「この頃から貴方、沙智ちゃん沙智ちゃんってベッタリだったのよね。どこ行くにもボールと沙智ちゃんが一緒で」
「………」

母さんの言う通り、どのページを見ても近くに沙智とボールが写っていた。多分幼稚園の運動会、誕生日会、プールに遠足、旅行で行ったのであろう遊園地に動物園。全部に沙智は写っている。

「沙智が好きなんだから一緒に居てもいいだろ」
「はいはい。今日も飛雄の惚気は絶好調ね」
「あ゛ぁん?」
「あ、そうだ!。この前撮った写真も貼りましょ!」

母さんは逃げる様にリビングから出て行った。でも、マジで何で俺を呼んだんだ。アルバムを見せたかったのか?。手持ち無沙汰になってしまい、パラパラとアルバムを捲っていくと、ある日を境に俺だけの写真ばかりが貼られるようになっていた。
その日は小学校の入学式だ。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□



家が近所だから、俺らは同じ小学校に通う予定だった。これから先も沙智と一緒に居られる!。そう信じて疑わなかったガキの頃。だけど、そんなモノは簡単に裏切られた。

「え……東京………?」
「……うん」

幼稚園から帰ってきて、近くの公園にあるブランコに揺られていた時に沙智は言った。
最初は急に変なことを言うなって思った。だけど、隣に座る彼女の顔が今にも涙を零してしまいそうで、本当なんだって。
まだガキだから、"東京"が何処に有るのかなんて分からない。でも、沙智が余りにも泣きそうな顔で言うから、そんなに簡単に会える距離ではないことはすぐに分かった。

「……………な、なんで」
「もともと、おとうさんのおしごとね、とうきょーなんだって……。にぃとににもとうきょーにいくから」

話終える前に沙智の目から涙が零れ落ちた。沙智のお父さんもお兄さん2人も遠くに行く。沙智を1人で置いて行けるわけが無い。そんなこと分かっている。分かっているけど、納得なんて出来るはずなかった。
沙智を強く抱き締める。離れたく無い。ずっと一緒に居られるって信じてる。なのに何で、零れ落ちちまうんだよ!。

「ひぃ、くん……わた、わたし」
「沙智…」
「はなれたく、ないよぉ」

あの後、俺と沙智は暗くなった街を逃げた。
俺たちを引き離す大人たちから逃げたかった。
沙智を奪うあの人たちが心底憎かった。
逃げて、逃げて、逃げて。
今で言う駆け落ちみたいな真似事。だけど、あの時は必死だったし、沙智が家に帰ったら2度と会えないと思った。其れに2人なら何処までも飛べる、幸せになれると本気で信じて、


捕まった。
当たり前の結果だった。幼稚園児の行動範囲はとても狭く、沢山の距離を走ったと思っても、大人からしたらちょびっとの距離でしかない。俺らの逃避行は3時間も満たなかった。その後も散々だった。身体が弱い沙智をボロボロにして、無理させてと兄2人と母さんに怒られ、沙智は引越しの直前までベットから出れなくて。
最後の思い出作りも碌に出来ずに"さようなら"。

手紙を書く。電話もする。夏休みには絶対に会いにいくと約束して別れ、傍に居るはずの彼女が不在のまま入学式を迎えた。入学式と書かれた看板と一緒に写る俺の写真。本当なら隣に沙智が居たはずなのにと、入学式当日まで不貞腐れてた気がする。

その後も一与さんとバレーをやりながら、覚えたてのひらがなで手紙を書き、母さんに怒られるまで長電話をする毎日。沙智から手紙は何時もいい匂いがして、俺と同じ年齢なのに、学校の先生が書く字の様に見やすくて綺麗な文字。電話で話すのも好きだけど、こうやって物として残るのはやっぱり、色褪せなくていい。沙智から貰った手紙を綺麗なお菓子の缶に仕舞いながら、緩む頬。やっとそこで、例え遠く離れても繋がっているんだと実感できたのだ。


だけど、5月のゴールデンウィークが開けた頃。段々と電話が繋がらなくなり、手紙の返事が来なくなった。変な事を言ってしまったか、書いてしまったのかとか焦ったが、肇さんと連絡を取り合った父さんから言われた言葉は

「沙智、倒れたって……」
「あぁ。肇さんが言うに新しい環境に無理してたものが一気に来たんじゃないかって。だから、返事が来なくなったのは沙智ちゃんがお前のことを嫌ったとかじゃないから、安心しろよ」
「……………沙智は」
「ん?」
「沙智は、泣いて、ないかな……」
「…お兄さんたちが居るから泣いても拭ってくれる人はいるだろうな」
「っ!」
「だけど、きっと沙智ちゃんはお前に拭いて貰いたいって思っているだろうね」

ポンっと大きな手が俺の頭を撫で回す。

「返事が返って来なくても、好きって想いはちゃんと伝えなさい。きっと沙智ちゃんの力になるから」
「分かった」

その日から電話は辞めて、手紙を沢山書くようにした。バレーボールのこと、学校のこと、そして父さんに言われたように沙智に好きと書いた。
特に"好きだ"の言葉は、他のどの文字よりも丁寧に見やすく大きく書いた。俺の気持ちが伝わって欲しくて。

手紙は形に残るもの。
遠く離れても繋がっているって実感できるもの。俺とお前は傍には居ないけど、見えない何かで繋がっていると沙智にも伝えたくて。



だけど、それでも、
やっぱり、当たり前だけど、

沙智の涙を拭うのは俺がいいな。







あれから夏が終わり、秋が始まった頃。
俺の我儘が神様に届いたのだろうか。
隣の屋敷に引越し業者が入り、見知らぬ男と肇さんが俺の家を訪ねてきた。
そして、肇さんの影に隠れる―――――


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□


「…お!とび……飛雄!!」
「っ!」
「飛雄!。どうしたの、ボーっとして」

写真の束を持った母さんが居た。アルバムを見てる内に昔のことを思い出していたようだ。
懐かしく、今迄で1番沙智と離れていた寂しい記憶。

「……沙智に会いに行ってくる」
「え?。いや、待ちなさい!。今何時だと思ってるの!」
「夜の9時前」
「分かってるなら辞めなさい!。迷惑でしょうが!」

母さんの言い分も分かる。
だけど、この寂しい感情を慰めてくれるのは彼女だけで、何より

「近くにいるなら、傍で好きだって伝えてェ」
「はい?ちょ、飛雄!」

母さんの説教を振り切って、外に飛び出す。外に出ちまえばこっちのものであり、屋敷の門まで走り出す。

早く、早く伝えたい。
好きだって、大好きだって。
お前の涙を拭うのは俺がいいって。

そんな時にズボンに入れっぱなしになっていたケータイが震えた。こんな時に誰だ?、母さんから戻って来いって電話なら無視しようと宛名を確認する。

「…ふっ。……もしもし」
『あ!ひーくん、もしもし。沙智です』
「知ってる。どうかしたか?」

今、お前の家に向かってンだよって言ったら、此奴驚くだろうな。

『遅くにごめんね。急にね、ひーくんとお話出来たら良いなって思って、電話しちゃった』
「…俺もそう思ってた」
『え!そうなの?』
「ん。だから、門あけろ」
『へ?』
「今、沙智の家の前にいるから。沙智に会いたくて来ちまった」
『へ!?。うそ、ま、待って!今開けるね!』
「沙智」
『はい!』
「好きだ」
『…………』
「手紙の良さは分かってるつもりだけど、もう離れンのは嫌だから。ずっと俺の隣に居ろよ」

沙智からの返事は無いまま、門が開いていく。
今は返事なくても、会ったら聞き出せば良いか。とりあえず、門を開けてくれた礼を言おうと口を開く前に、

『私も、』
「っ、」
『私ももう寂しいのは嫌だから、一緒に居てね』

そう言ってプツリと切れた通話。言い逃げのような切れ方だった。
だけど、願うものはガキの頃から何も変わっちゃ居ない。大好きだから傍に居る。あの寂しく空白の期間を埋めるように、もう2度あんな日々が訪れないように、俺たちは一緒にいる事を辞めない。








数分後。
沙智の部屋から俺からの手紙がオルゴール付きの綺麗な箱から発掘され、拙い手紙の恥ずかしさと大事にしてくれていた嬉しさから、沙智をキスだけで潰したのは内緒の話にしておく。




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