お前のことなら何でも

ベットで眠る沙智を眺めながら、今日部活であったことをノートに纏めていく。リベロである西谷先輩が居たこと、まだ見ぬエースがいたこと。そして、ペットボトルを倒すことは出来なかったが、サーブを狙い通り打てたこと。今回はペットボトルという的を狙っていたため、西谷先輩に拾われてしまったが、次は絶対ェ負けねェ。ある程度ノートを纏め終えると、思い出してしまう沙智の過呼吸を。
眠ってしまった沙智を保健室に運び終え、体育館に戻ると待ってましたと言わんばかりに、部活のメンバーが全員揃っており、しかも武田先生も居た。保健室に行く前に俺が全員揃ったらと言ってしまった手前、沙智の事を話すしかない。まぁ、隠さなきゃいけないことなんて無いんだけれど。

「沙智………」

顔に張り付いている髪の毛を除けながら、名前を呼ぶ。何時もなら俺の名前を呼んでくれるが、彼女の小さな口は閉じられている。

「ごめんな、お前の身体の弱さを伝えた」

元々免疫系が弱く、風邪を引きやすいこと。そして心臓が弱いこと。昔はまともな生活が出来なかったが、手術をして、動ける身体を持てたこと。
人に自分の弱さを伝えるのは嫌なのは分かる。だが、あの人達が沙智を仲間外れにするとは思えない。寧ろ力になってくれると思う。沙智に言わず勝手に判断したのは怒られるかも知んねェけど、間違った選択はしてねェはず。……沙智も先輩たちのこと好いていたから、大丈夫だろ……怒ってきたら素直に謝ろう。
ムムっと考えていると、ベットの上に転がしておいた俺のケータイが鳴る。誰だと画面を見ると、

「う゛」

沙智の2番目の兄である、雅さんの文字。
子供っぽく、地雷が分からない聖さんとは対称的で、雅さんは優しいし紳士的だ。余りの反対ぶりに本当に双子なのかと思ってしまうことが多々ある。だが、沙智の事に関しては2人はそっくり同じ態度を取る。常時沙智、沙智と五月蝿い2人(特に聖さんの方が五月蝿い)だが、

「もしもし、飛雄です」
「やぁ、飛雄。私だけど…夜分遅くにごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「其れなら良かったよ。君には答えて貰わないといけない事があるからねぇ」
「………」
「何で私のお姫様は倒れちゃったんだい?。何処の屑に傷つけられたんだ?。名前と住所、年齢…あと連絡先が合ったら助かるなァ」

こういう時に関しては雅さんの方がゾッとするほど怖い。声は優しいのに圧だけは強い。電話越しなのに、背筋が寒い。沙智が倒れたから、竜胆さんから肇さんと兄2人に連絡してくれたが、やっぱり伝えない方が良かったんじゃないか。此処で素直に西谷先輩の「根性無し」発言が切っ掛けですなんて言ったら、今度こそ西谷先輩が学校に来なくなる可能性がある。

今までの経験からして、1人の人生とその家族をハチャメチャにする力をこの人は持っている事は知っている。
前に肇さんから『沙智が泣いていると、聖は対症療法を、雅は原因療法を取るんだけれど……雅は苛烈過ぎて困るなァ』と言っていた。初めて聞いた時は何だそれ?と思ったが、言葉の意味を調べると肇さんの話に納得した。
対症療法は、症状を抑える目的で行う。原因療法は、症状の原因を取り除いて治すのが目的。
聖さんは沙智が泣くと涙を拭って、どうにか笑わせようとするが、雅さんは違う。沙智がどれだけ泣いても、その涙は拭わず、泣かせた奴を沙智が泣いた分よりも多く泣かせる。
だからこそ、俺が馬鹿正直に答えるとどうなるか、簡単に予想が着いてしまう。

「ァー、えっと…」
「飛雄」

誤魔化さないとと言葉を選んでいると、俺の思惑が分かったような口振りで名前を呼ばれる。

「先に言っておくけど、私は君にも怒っているからね」
「うっ」
「私は沙智を傷つける者は何人たりとも許さない。例え子供の頃から世話してあげた君も同じだよ、飛雄」
「……すみません」
「許して欲しいなら、本当の事を言え」
「…………今、俺の入ってる部活で仲違い?してる人達が居るんですけど、」

今日部活内であったことを雅さんに伝えた。
何で喧嘩しているかは分からないが、エースとリベロ…特にリベロの人がかなり怒っていること。そして、今日停学から復帰したリベロの人が、エースが練習に来てないことを知って、『根性無し』と怒鳴ったことを。

「沙智に言ってる訳じゃないんですけど、大きな声にビビって、其れが」
「自分が根性無しだと、沙智の頭の中で変換されたってことかな」
「はい、すみません」
「…………飛雄の話を聞く限りなら、タイミングが悪かったとしか言えないか」

雅さんはそう言うと「怖がらせてごめんね」と一言添えた。一応雅さんの中で方が着いたようだ。良かった、折角リベロがチームに入ったのに、また居なくなるところだった。一旦の危機は去ったはず、危ねェ…。

「沙智はかなり根性有るんだから、自信持って良いのに。好きな人の為に長時間のオペに耐えて、半年もリハビリして隣に立つなんて…根性がないと出来ないと思うんだけどねぇ?飛雄」
「ッス。…雅さん」
「何かな?」
「俺、今日沙智にお前は普通じゃないって言いました」
「…………へぇ」

また部屋の温度が下がった気がした。多分この話は俺と沙智の秘密にしてた方がいいのは分かっている。だけど、完全に手を引いてもらうために、沙智はもう大丈夫だと伝えねェと。

「沙智は其れを望んでますけど、パニックになる迄追い込んで欲しい訳じゃない、です。俺は普通でも普通じゃなくても沙智が沙智なら、俺は沙智の事がずっと好きだって伝えました」
「………」
「そうしたら泣き止んだンで、もう沙智は大丈夫です。根性無しって言われてもビビりはしても、今日みたいなことは起きねェと思います」

もう沙智は大丈夫だと。雅さんが何か手を出さなくても、此奴はもう前を向いている。だから、もう手出しは不要であることを暗に示す。
長い沈黙の後、先に声を出したのは雅さんだった。声と言っても長い、長い溜息だった。

「分かったよ。今回は手を引いてあげる」
「!。ありがとうございます!」
「沙智が強くなろうとしてるのを、私が邪魔するのは良くないからねぇ。……でも本当、子どもの成長は早いな。飛雄に待ったを掛けられる日が来るとは思ってもみなかった」
「この調子で沙智との結婚を認めさせます!!」
「其れは流石に有り得ないから。まぁ、私は聖と違って優しいから夢を奪う迄はしないよ。人の夢と書いて儚いって言うしね」
「??」

どっちもそんなに優しくないと思いますと言いかけたが、グッと堪えた。其れより、よく分からないことを言われたな。応援されたのだろうか。首を傾げていると、

「それそろ秘書が煩いから仕事するよ。じゃあね、飛雄。沙智を守るのは任せるけど、過度な接触は許してないからね」
「はい?」

過度な接触とは。何処まで許されてんだ?。手を繋いだり、抱きしめたり、キスはセーフか?。…まぁ、沙智が喜んでるから辞めなくていいか。
勝手に解釈して納得していると、雅さんの口から聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「今度見学に行かせてもらうよ。じゃあね、飛雄。沙智に愛してるって伝えておいて」

ピッと切れた電話。先程の言葉を繰り返し頭を巡るが、1番最初あの人はなんて言った?。「今度見学に行かせてもらうよ」??。まさか、いや、そんな

「有り得ない……よな…?」

思わず同意を求めるように沙智に視線移すが、彼女は穏やかな顔で眠っているだけだった。


嵐の予感がするが、うん。

「忘れよう」






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