2人一緒に、いつまでも

「菅原先輩っ!」
「お、沙智ちゃん」

朝練の準備をしている時に名前を呼ばれた。振り返れば、沙智ちゃんが俺に向かって歩いているところだった。足取りは軽やかで、昨日のこともあって心配だったが大丈夫そうだ。

影山から語られた沙智ちゃんの病気の話。
身近にそういう人がいないせいで、難病ってなると夏休みの最後にやる24時間テレビで流れるドラマのイメージしかない。薬を沢山飲んだり、苦しいリハビリを続けたり、長時間の手術を行ったり。そんなドラマの様な出来事が彼女にとって毎日の出来事だった。
影山はこれでも良くなったと言っていたが、其れでも朝昼晩と5錠も薬を飲んで、運動も全力疾走は禁止されている。俺から見たらなんて生きづらいんだと思ってしまうけど、沙智ちゃんにとって今の生活はずっと手に入れたかった毎日なんだろう。
昨日のことを思い出している間に沙智ちゃんは、俺の目の前に立っていた。そんなに早歩きしてなかったと思うけど、その息は荒い。元気そうだったけど、やっぱり完全復活って言う訳じゃないんだ。……影山も休めって言えば………いや、多分影山は沙智ちゃんに成る可く普通の生活をさせたいのかも。

「おはよ、沙智ちゃん」
「おはようございますっ。あの、菅原先輩に言わなきゃいけないことがあって……」
「俺?」

モジモジしながら沙智ちゃんはそう言った。
俺に言いたいこと…?。みんな、朝練の準備を進めているせいで俺たちの周りには誰もいないため、絶好の内緒話チャンス。恥ずかしそうに手遊びをする沙智ちゃん、近くに話を聞いてそうな人はいない、そして俺"に"言いたいこと………もしかして!?!?。

「こ、告はk「昨日はすみません!」………え?」

今……え?。謝られた??。何で?。そもそも告白タイムじゃなかったの?今?。俺が無意識に首を傾げていると、沙智ちゃんが慌てながら話してくれた。

「ひーくんから昨日突然倒れちゃったって聞いて……えっと、吃驚させてしまったことと、迷惑掛けてしまったので……本当にすみません!」

再び沙智ちゃんは勢いよく頭を下げた。

「いや!ちょ、ちょっと待って!。沙智ちゃんが謝ること何もしてないべ!」
「う、でも、」
「でもじゃありません!!!」

勢いよく沙智ちゃんの肩を掴む。薄い身体だった。この薄い身体に俺と同じ臓器とか色々入っているなんて驚いてしまう。でも、こんなに薄く小さい身体で、自分を蝕む病気と戦ってきたのだ。全ては影山のために。

「確かに驚いて、何も出来なかったけど……というか、何も出来なかった俺らの方が悪いから!。ごめん!!」
「え!で、でも、急に人がた、倒れたら、びっくりして何も出来ないのは仕方ないことなので…」
「そ、それはそうだね……。だけど、影山はかなり慣れてたな…」
「ひーくんは…私のせいで慣れちゃったので…えへへ」

にへらと笑う沙智ちゃんは、泣きそうに見えた。沙智ちゃんも影山に慣れて欲しくなかったのだろう。だけど、日常的に起きる事のせいで慣れるしかなかった影山を見て……。

「影山は、きっと沙智ちゃんの力になれてるなら、コレでいいって思ってるはずだよ」
「っ…!」
「過呼吸の対処とか沙智ちゃんの為に覚えたんだと思う。そんくらいスピーディで手馴れてた。……全部君の為に。其れを申し訳ないって顔で受け取るのは良くないよ、ありがとうって言わないと!。こう、さ!」

にいっと口角をあげて、にっこり笑顔を作る。序に何もしてない癖に俺も沙智ちゃんのごめんねより、ありがとうが聞きたーいって言うと、沙智ちゃんは大きな瞳から零れそうだった涙を拭って、

「し、心配してくれて?、ありがとうございます…?」

戸惑いながらもありがとう+にっこり笑顔を貰いました!。やっぱり、うん。何もしないとか可哀想って思うだけじゃ駄目だ。俺たちは一緒の部活をやっている仲間なんだ。

「大地と相談したんだけどさ」
「は、はい?」
「今度応急手当とか勉強しようって」
「?。応急手当、ですか?。…まぁ、知ってても損はないと思うんですけど…」
「今回影山がスっとやって、俺と大地、田中はワーワー騒いでただけで………やっばり情けなかったよなって思ってさ」
「そ、そんな事ないです!。ひーくんは慣れてるだけで、普通の反応です!。皆さんは情けなくないです!」
「アハハっ。ありがとう。でも、1人が出来てるだけじゃ駄目だと思うんだ。沙智ちゃんもちゃんとした俺たちの仲間の1人。仲間を助け合うのは当たり前のことだろ?」

ここまで言うと俺たちが突然応急手当を勉強するって言った意味がわかったらしく、再び大きな瞳を揺らしていた。影山が言ってたけど、沙智ちゃんはかなり泣き虫みたいだ。

「まぁ、使わないのが1番だけどな!」
「ふぇ………す、菅原せんぱ、い」
「本当泣き虫なんだなー、沙智ちゃんは。よしよーし」
「あり、ありがとぅござい、ま、すっ!」
「ん!」

ついに零れた涙を掬いとる。透明な硝子玉みたいな綺麗な涙だった。きっと今までも沢山流してきていただろう涙。そして、それを1番に拭ってきたのは、

「沙智、気ィ済んだか…って。お前、全員に泣くつもりなのかよ」
「うぇ、ひーくん……!」

沙智ちゃんは影山が現れるや否や、ビューっと彼の胸に抱きついた。其れを驚くことなく抱きしめ返す影山。部活中だぞ〜と小言を言いたくはなるが、もう既にこの2人が仲睦まじくしてる姿を見ると、何故かホッとしてしまう。あ〜、これが烏野の"普通"なんだよなぁみたいな。まだ入部して間もないのに、既に此奴らは俺にとって日常の1部なのだ。

「全員?」
「ッス。菅原さんに謝りに行く前に、澤村さんと田中さんに謝りに行ってたんで、此奴」
「あぁ、成程」

大地も田中も俺と似たような事を言っている筈なのに、どの言葉に対しても泣いてたんだと思う。それを態とらしいとか大袈裟だなって思えないのが、彼女が俺たちの思いを大事に受け取ってくれてるからだ。
"仲間に加えて貰えた"ってのが、嬉しくて仕方ないって。多分学校にそんなに通えてなかったって聞いたから、彼女の世界って同い年の女の子に比べて、小さくて狭いんだと思う。影山と家族、そして影山繋がりで結んだ中学のバレー部員とか。そんな狭い繋がりの中で彼女は『迷惑をかけたくない』、そんな意識から1歩引いて過ごしてた筈だ。中学の時はマネージャーやってなかったって聞いたし。
そんな彼女が1歩踏み出して、俺たちとバレーをやる事を選んでくれた。切っ掛けは影山かもしれない。だけど、普段の練習の時俺たちを支えようと一生懸命清水に教えを乞いて、丁寧に仕事をして、俺たちのプレーをまるで宝石でも見てるかのようにキラキラした瞳で応援してくれて。俺たちのことを本気で愛してくれていることが日々伝わっているから、

「いや〜、俺たちは恵まれてるなぁ〜」
「……はぁ」
「んぅ?」

2人は同時に首を傾げた。
俺たちは恵まれている。こんなにも愛し、応援してくれる最大の味方が傍にいるんだからさ。
まぁ、独占欲の高い影山にとっては美味しくない状況かもしれないがと、チラリと2人を見ると

「俺の事ちゃんと見とけよ」
「皆のこと応援したいから、贔屓はしませんっ」
「チッ!!」
「舌打ちしないの、めっ!」
「……なら、居残り練習付き合えよな」
「言われなくても付き合うよ?。ひーくんのプレー見るの、大好きだもん」
「お前はほんと……チッ」
「あ、また舌打ちした!」

心配無用のようだ。影山なら、見て欲しい時は見てって言えるタイプっぽいし、沙智ちゃんも無意識に影山が喜ぶ事を言ってそうだ。
後輩たちのイチャイチャぶりにちょっと妬ましさも覚えるけど、それ以上に……。

「末永く爆発しろよな、影山と沙智ちゃん!」
「「爆発!?!?」」



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