分けっこ、食べさせ合いっこ

「影山ー!沙智ちゃーん!」

お昼休みに入って直ぐのことだった。教室の扉が勢いよく開いたと思ったら、黄色のお弁当袋を片手に私たちを呼ぶ翔くんが居た。翔くんは私と目が合うと、居た!と声を上げて教室に入って来た。お弁当袋を持っているって事は一緒に食べようってお誘いかな。丁度私の前の席の人が不在だから、この椅子を使ってもらおう。

「話したいことがあってさ!。一緒に食べてもいい?」
「いいよ〜、一緒に食べよっ」

早速ここ使ってと前の席を進めると、翔くんは椅子を前後にひっくり返して、私の机にお弁当を広げた。ひーくんは何も言わないけど、翔くんの参加に文句は無いみたいで、私の机に黙々とお弁当を広げていた。何時もなら自分の机をくっ付けてくれるのに、今日はくっつけないらしい。そのお陰で1人用の机なのに3人分のお弁当が広がってるせいで、ミチミチしている。2人とも狭くないかな、大丈夫かな……。

「頂きます」
「いただきまーす!」
「!、いただきますっ」

パチンと両手を合わせて挨拶。2人とも私の心配を他所に、ガツガツとお弁当を食べ進めてる。一心不乱に食べていく感じが男の子だなぁって改めて思う。卵焼きを半分にして食べていると、

「あ」
「ん」

パカりと私に向けてひーくんが口を開けたので、いつもの様に半分にした卵焼きを食べさせる。私のお弁当はりんちゃんが毎朝作ってくれてるのだけれど、毎日入っている卵焼きは日替わりで味が変わる。今日はひーくんの好きなだし巻き玉子だったので、目敏く其れに気づいたひーくんからの無言のお願いだった。
もっもっと口を動かして、目をキラキラさせてて可愛い。もう1つ食べる?と聞くと、口の中の卵焼きを飲み込んだタイミングで、「食べる」と言うとまた口を開けたので、卵焼きを食べさせた。
結局りんちゃんの卵焼きは半分しか食べれなかったけど、ひーくんの可愛いところが見れたから満足。……何時もの事なんだけれど。
ふと視線を感じ、真正面を見ると翔くんが少し赤らめた顔で私たちを見ていた。

「どうしたの?」
「いや、えっーと…何時もこんな感じなのかなって」

何時も?。卵焼きのことかな。

「だし巻き玉子の時は強請られる事が多いかなぁ」
「チガクテ」
「んん?」
「沙智、口開けろ」
「ん?…あー」

口に入ってきたのはミートボールだった。甘いタレとお肉が美味しい!。ひーくんママの手作りかなともぐもぐしていると、

「弁当の中身の交換くらい、お前もやるだろ」
「いや、あの……もういいや…」
「何だよ、ハッキリ言えよ!」
「なんでもねーよ!!」
「んっ、け、喧嘩しないでよっ」

どうしてこの2人はちょっとした事で喧嘩しちゃうの、もう!。まぁまだ、待ったをかければ喧嘩を辞めてくれるだけ良いけど。にぃとににだと更にヒートアップしてお父さんかりんちゃんじゃないと止められないから。
ひーくんは舌打ちをしながらも再びお弁当に意識を向けてくれた。だけど、翔くんはじっと私…というよりお弁当を見つめてる。た、食べたいのかな…?。

「翔くんっ」
「は、はい!?」
「おかず交換する?」
「うぇ!?いいの!」
「うん!。ひーくんはどうする?」
「…………………………………やる」

眉間に皺を寄せながらも、仲間外れは嫌なのかひーくんは翔くんの前にお弁当箱を置いた。2人ともガツガツ食べていたこともあって、残りはそんなにない。あんまりメインディッシュを貰うのも悪いから……と、いい塩梅のおかずを探すと翔くんのお弁当にも卵焼きが入っていた。

「卵焼き貰ってもいい?」
「いいよ!おれは…」
「エビフライでしょ?。ずっと見てたよね?」
「ば、バレてる!!」

ふふっと笑いながらお弁当を差し出せば、思った通りにエビフライを持っていかれた。私も翔くんのお弁当から卵焼きを頂き、そのまま口へ。ん、翔くんのお家の卵焼きは甘めなものらしい。おいし〜!。

「んまっ!。エビ、ぷりぷりしてる!」
「んふふっ」

りんちゃんお手製のエビフライだもん。美味しいに決まってるけど、褒められるとやっぱり嬉しい。お家に帰ったら伝えてあげようっと。ひーくんも翔くんのお弁当から唐揚げを、その代わりに私にもくれたミートボールを2つ入れていた。なんかこういうのやっぱり良いなぁ。ひーくんとは毎日やってるけど、友達とお弁当の中身を交換ってやってみたかったんだよね。何時もよりお弁当もずっと美味しく感じるもん。

「そういや、日向」
「んー?」
「話したいことってなんだよ」

そう言えばそんなことを言って来たんだっけ。翔くんも忘れてたのか、口にミートボールを入れながら「んんー!」と大きな声をあげていた。急いで口の中を飲み込むと、

「おれ、エース見てみたい!」
「はァ?」
「エース?」
「うん!昨日話してたエース!」

昨日って西谷先輩が言ってた事だよね。名前は確かあさひさんって人。多分3年生。
私も何で来ないのか気になるけど……と、ちらりとひーくんに視線を動かせば

「放課後にしろ」

と一言。行くことが確定したみたいだ。ひーくんもセッターとして、烏野メンバーとして気になるのかな。

「え、この後行こーぜ」
「ダメだ」
「何で!」
「うるせェ!!。まだ沙智の飯が食い終わるのに時間が掛かるし、薬も飲ませなきゃいけねェから時間ねーんだ、ボケェ!!!」
「そ、そんなに怒鳴んなくてもいいだろー!」
「ごめんね、翔くん。食べるの遅くて、急いで食べるから!」

ひーくんの言う通り2人のお弁当はほぼ空だけど、私のお弁当にはまだ8割程残ってる。2人が早すぎるってのもあるかも知れないけど、私のせいで待たせちゃうのは申し訳ない。頑張るから!と箸を強く握ると、横からガッと手を掴まれた。相手は勿論ひーくんで、

「ゆっくり食べろ。腹がびっくりして戻しちまうぞ」
「え、でも」
「其れに今から探しに行っても、そのエースの人が外で食べてるかもしんねェだろ。放課後、HRが終わった辺りを狙った方が確実だ」
「う、確かに……」
「ちゃんと30回噛んで食えよ」
「……はーい」

ひーくんに言い負かされたのはちょっと悔しいけど、言っていることは的を得ているから言われた通りにしよう。ごめんねと翔くんに視線を移せば、

「ムカつくけど影山の言う通りだから!。焦らせて、おれの方こそごめんね」
「んーん。私の方こそごめんね」

おう!とニッと翔くんは笑って、残りのおかずを食べ始めた。

放課後、エースに逢いに行く。3年生も2年生も嫌ってる様子はなくて、エースを信頼してた。西谷先輩だって、根性無しと怒ってたけど、その言葉を言う前はキラキラと期待した瞳をしていた。みんな、エースのことが好きなんだ。じゃあ、何で来ないんだろう。其れに怪我じゃ無さそうなのに、先輩たちはエースの人を部活に来てもらおうと誘ったりしている様子もない。来なくなってしまった理由が、触れられない…触れにくい話題なのかも。……あんまり情報がないから、悩んでも仕方ないか。とりあえず、バレーが嫌いになってないと良いなぁ。

全員揃った烏野のバレーを見てみたいもの。



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