盲目

「多分あさひさんって人、3年生なはず…」
「どの組か分かる…沙智ちゃん……?」
「ごめんなさい。潔子先輩に聞こうと思ってたんだけど……」

私と翔くんは防火扉から3年生達の様子を伺う。昨日は倒れちゃったし、まさか会いに行くことになるなんて想像もしてなかったから、潔子先輩にどんな人なのか聞けていない。潔子先輩たちが居れば「どこに居ますか」って聞けるんだけどな…。流石に見ず知らずの先輩に突撃なんて怖くて出来ない。翔くんも同じ気持ちなのか、さっきまでGO!GO!って感じだったのに、見る影も無くなっている。

翔くんの制服を掴みながら、どうしようか思案していると、

「オラ、行くぞ」
「ひゃっ!」

手を取られて、ひーくんが3年生で溢れかえってる廊下に足を踏み出した。待って!心の準備出来てないから!と慌てても、その足は止まらない。私の後ろからこの勢いに乗って翔くんも着いてくる。うぇ、怖がってるの私だけなの…。ど、どうにでもなれ!とひーくんの腕に抱きつく。

「歩きづれェ」
「が、我慢して欲しいの…!」
「抱っこするか?」
「其れは恥ずかしいからダメ!」
「チッ」

顔を顰めて舌打ちをするひーくん。うんって頷いたら、本気でやるつもりだったのかな……。落ち着くとは思うけど、もう2度と3年生の階には来れなくなるよ、私。

「と言うか、おい日向。お前がエース見たいって言い出したんだろ!。前、歩けよ!」
「い、いや!遠慮する!。影山くんが前歩いて!」
「あ゛?」
「だって、3年の教室なんて恐くて入れない!!」

その気持ち、凄くわかると心中で翔くんに同意している時だった。

「待てよ、旭!!」
「「「"旭"!?」」」

聞き覚えのある優しい声と探していた人の名前。私たち3人は声がする方へ振り返ると、髭を生やした男の人が首を傾げながら「何?」と私たちに言った。そして、その男の人の隣には菅原先輩もいて、この人が私たちが探していたエースなんだとすぐに分かった。

会えたのは嬉しいけど、やっぱり初対面の人が怖い私はいつも通りにひーくんの背中に隠れながら様子を伺う。身長は蛍くんの方が少し高いかな。でも、澤村先輩と同じくらい体格が良くて、筋肉がしっかりついている。パワースパイカーっぽい体格の人だ。そして、足も肩も怪我をしている雰囲気はなく、心の方は分からないけど元気そうには見える。

「お前ら、こんなとこで何してんの」
「あっ、えっと…」

菅原先輩の問いにひーくんの隣に立つ翔くんが言い淀む。エースに会いに来たって言っていいのか迷っているのかな。菅原先輩は特に私たちを問い質すことなく、旭先輩に私たちの紹介を始めた。

「この前入った1年の日向と影山、マネージャーの沙智ちゃん」
「おお!1年かぁ。マネージャーも入ったなら、清水が喜んだだろ」
「「ちわっす!」」
「こ、こんにちは…」

ひーくんの影に隠れながら、小さく会釈。マナーは悪いけど、ひーくんも旭先輩も怒ってこない。特に先輩に対するマナーに厳しいひーくんが、何も言ってこないのは怖いけど、許してくれるなら甘えさせてもらおうと、ひーくんの手を握った。
菅原先輩と旭先輩はにこやかに会話を続けており、見た目より旭先輩はずっと優しい人なのかもしれない。そんな事を思っていると、2人の話が終わったのか旭先輩は翔くんの肩を叩きながら、「頑張れよ」と声を掛けた。

頑張れよ?。何でそんなに他人事のように言うのだろう。旭先輩も一緒の仲間なんじゃ。

そんな疑問を翔くんも思ったのか、

「一緒に頑張らないんですか?」
「!」
「おれ、エースになりたいから、本物のエースを生で見たいです!」

そんな後輩からの要望に先輩である旭さんは、何故か驚いた顔をしていた。エースって部活の中のポジションとして花形みたいな、特別な役割なのだから、皆なりたいものだ。そして新しく出来た後輩からライバル視されるのは、普通のことだと思うのに。なのに何で「俺に言うの?」みたいな顔をするのだろう。さっきの他人事のような応援も不思議で仕方ない。怪我もしてない、みんなからエースと呼ばれているのに。
旭先輩の背後から、友人らしき人が旭先輩の名前を呼んだ。先生からのお呼び出しがあるらしい。そして、

「……悪い。俺はエースじゃないよ」

片手を上げて笑って去っていった。

「エースじゃないって……怪我もしてなくて、みんなからそう呼ばれて信頼されてるのに……何でそんな簡単に捨てちゃうの…」

思わず零れた言葉は喧騒に掻き消え、聞こえてたのは目の前に立つ彼だけだったと思う。私を慰めるかのように手を強く握られた。

「元気そうでしたけど、何か…戻れない事情とかあるンスか?」
「いや…外部的な要因があるとかじゃないんだ。彼奴がバレーを嫌いになっちゃったかもしれないのが、問題なんだ」
「えええ!?。あんなに大っきくてエースって呼ばれて……何で…」
「…旭は烏野ウチでは1番デカかったし、パワーもあって、苦しい場面でも難しいボールでも決めてくれるから……皆、彼奴をエースと思ってて。でも、俺は彼奴に頼りすぎた」
「?」

翔くんは菅原先輩の言葉の意味が理解できていないようできょとんとしているが、私とひーくんは言いたいことをハッキリと理解した。
エースは強くて、どんな場面でも、どんなボールでも決めてくれるチームの主力の人。そんな人だから信頼して託し、得点が入れば入るほどチームの士気は上がる。だが逆を言えば、エースが何も出来ないとチームの士気は下がる一方で。だからこそ、

「…潰されたんですか?試合で」

エースは狙われる。ブロックでもサーブでも。
でも、そんな事試合経験が豊富なら良くあることなはず。でも、旭先輩は折れてしまった。其れだけその時の試合は為す術なく潰されたのだろう。
現に菅原先輩は、

「あの試合では、其れが兎に角徹底的で烏野は何も出来なくて…旭は人一倍責任を感じちゃう性格だから…」
「「「………」」」
「!、て言うかお前ら、急がないと部活始まるぞ!。俺も直ぐに行くから!」


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□


遅刻ギリギリな為、私をおんぶしたひーくんと翔くんは走る。菅原先輩と別れた後、私はひーくんに待ったをかける暇もなく抱き抱えられた。

揺れる背中の上で、さっきの出来事を考える。
エースは狙われて当たり前。だって、チームの主力を潰した方が有利だから。旭先輩もそんな事はわかってるはず。だけど、そんな気持ちを折るほどの執拗な攻めに彼は部活から背を向けたんだ。きっと自分が居ても足を引っ張るだけだからって。
みんなからエースって呼ばれる信頼に応えられない自分が嫌で嫌で、迷惑かけたくないから逃げている。私も誰かの迷惑になりたくないからって引いたことも逃げたこともあるから気持ちは痛いほど分かるけど、

「……本当に嫌いになっちゃったのかなぁ」

ぽつりと呟くと、翔くんがう〜〜んと唸りながら、

「ブロックされるの凄く凄く嫌なのは分かるけど…、それだけで嫌いになっちゃうモンなのかなぁ〜」
「その試合で…何か…もっと色々あったんだろ」

ひーくんの言う通り、西谷先輩は試合の事を引き摺っていると言うよりかは、その後に合った"何か"を気にしているようだった。1人だけ停学や部活禁止になった原因がそこにあるのかな。

「まぁまだ嫌いになったとは決まってないだろ」
「おおっ!!」
「ふふっ。そうだね……!。意外と仲直りの切っ掛けが突然降ってくるかもしれないもんね」
「だな。そんで仲直りして、バレーやれば全部解決」
「だね!」

嬉しくなってひーくんの首に抱きつけば、「しっかり捕まってろよ」と囁かれた。何時もなら苦しいって文句を言うのに、ひーくんもテンションが上がってるみたいだ。

「…今更だけどさ、沙智ちゃん」
「んぅ?」
「めちゃくちゃ注目浴びてるけど…」
「…………………は!」

そっと翔くんに言われ、辺りを見渡すと何時ぞや時の様に部活中の人たちが私たち…というか、私とひーくんを見詰めていた。カッと頬が熱くなるのを感じた。

「ひ、ひーくん下ろして!私、遅刻して行くから!」
「は?何、馬鹿なこと言ってンだ、沙智」
「だって、凄く見られ」
「見せつけてンだからいーんだよ、コレで」
「「…………え?」」
「沙智は俺のモンだからな」

まっすぐ前を見たまま言うひーくん。
違う意味で頬が、というか身体が熱くなった。
なにそれ、何それ!。

「……………すき」
「知ってる」

不敵に笑う顔を間近で見てしまって、更に心が苦しくなる。今日のひーくん、かっこよすぎて無理です。













「あ、沙智ちゃん恥ずか死した。…それにしても影山く〜ん、今日も沙智ちゃんに対して絶好調ですね〜。お熱い〜!」
「うぜェ、うるせェ、キメェ、俺たちに近づくなボケ」
「すげー悪口言うじゃん!!。でもよー、影山。今日は一段と独占欲高くね?。今もそうだけど、沙智ちゃんを3年生の所に連れて行ったりさ。おれ、沙智ちゃんが怖がりそうだから、絶対置いていくかと思った」
「…彼処に沙智の事が気になるってほざく奴が、凄ェ居るって聞いたから害虫駆除しただけだ」
「害虫って…関わりはねーけど、先輩だぞ〜」
「知るか。俺の宝物沙智に手を出そうとしたんだ。虫で十分だろ」
「ひぃ…こっわ!」
「沙智は虫が嫌いだから、ちゃんと駆除しとかねェとな…」

そう言って走り去っていく影山の背中に向けて、俺は問いかける。

「沙智ちゃん、こんな怖い奴の何処がいいの…」

って。でも、恋は盲目って言うから、沙智ちゃんはあんな影山を見ても怖がったりしないんだろうな。


prev back next
top