巣食っているもの


潔子先輩が買い出しに行っている間、私一人でマネージャー業に励む。潔子先輩は3年生で、早ければIHが終わったら、遅くても春高が終わったら部活は引退する。まだ4月だからどっちにしても当分先の話だけど、何時かは1人で頑張る時がやってくる。怖いし、心配だし、何より緊張する。だけど、ひーくんが、チームが凄いんだってみんなに知ってもらう為に、私は一生懸命支えないと。グッと気合を入れて、澤村先輩にボールを渡しながら、皆のレシーブ練習を応援していたら、

「ローリングッサンダァァァ!!!」

西谷先輩が何やら大きな声を出しながら、回転レシーブをした。ボールはセッターの位置に置いてある籠にきちんと返っている。おぉ、ナイスレシーブ!。思わずぱちぱちと拍手。西谷先輩も満足気な顔で列に戻っていくが、他の皆さんは呆気に取られており、

「…あっ、うん。ナイスレシーブ!」
「ブブッ、普通の回転レシーブじゃねーか!。"サンダー"どこ行った!」
「コラー、変な事叫びながら動くんじゃないよ。危ないぞー」
「何で叫んだんですか?」
「何…今の……っ!」
「ぶっ、ふふっ!」
「影山、月島、山口纏めて説教してやる、屈め!!。いや座れ!俺の目線より下に来い!!」
「教えてー!ローリングサンダー教えてぇ〜〜!」

ぴょんぴょん跳ねる翔くん以外、何故か半笑いや爆笑、ひーくんなんて真顔だ。今のレシーブ、凄かったと思うんだけど……?。西谷先輩、何か面白いこと言ってたかなぁ。ローリングサンダーって決め台詞?必殺技?だって、高校生の時ににぃが生み出した技である"アンリミテッド・スター(直訳:果ての無い星)"よりかっこいいと思うんだけど。何かかっこいいプレーとかするとドヤ顔で何時も叫んでたなぁ。ににも言ってたけど、絶対黙ってやった方が100倍かっこいいのに。そんな事を思い出していると、体育館の扉が大きな音をたてて開いた。

「お疲れ様ー!」

久しぶりの武田先生だ!。澤村先輩の号令の元、武田先生の周りに集まると先生は意気揚々に

「皆、今年もやるんだよね!?」
「?」

今年?。何か毎年やっている行事でも有るのだろうか。右隣に立つひーくんに視線を移すが、彼も同じタイミングで私を見下ろした。『知ってる?』『知らねェ』。そんなアイコンタクトを交わし、再び先生に視線を移す。そして、

「GW合宿!」
「はい。まだまたま練習が足りないですから」

がっしゅく……………合宿!。そうだよね、高校生だもんね。合宿くらいするもんね…!。わ、私も行っても良いのかな。そわそわしていると、武田先生は更にビックニュースを携えてきており、

「GW最終日、練習試合組めました!。相手は東京の古豪"音駒高校"」
「?、東京?、ねこま?」

聞き覚えのある学校名だ。もしかしてにぃが前に言ってた凄いリベロが居るところかな。一昨年行われたユース合宿に誘おうとしたが、その年のリベロが豊作だった上に自分にスカウト権がないって泣いて、次はスカウト権限奪い取ってやるって燃える切っ掛けになった人が居るはずだ。実際去年からは、監督と一緒ににぃは全国の凄い選手をスカウトしているのだから、本当にぃの有言実行能力は凄い。
でも、何で東京の高校が宮城の烏野と練習試合が組めたんだろう。普通なら近くの高校とかじゃないのかな。其れこそ青葉城西とか。うーんと考えていると、

「音駒ってあの…ずっーと烏野と因縁のライバルだったっていう…?」
「うん!。確か通称は"ネコ"」

まさかのライバル相手。菅原先輩の言葉から、ここ最近の繋がりは希薄っぽいけど、烏養監督時代は遠い県同士なのに頻繁に試合をしていたのかもしれないなぁと思っていると、田中先輩と菅原先輩が音駒高校について説明してくれた。何でも監督同士がライバルで実力が近いからいい練習試合が出来ていたみたいだ。

「練習試合が有ると近所の人は皆、見に行ったらしいよ。名勝負!"猫対烏!ゴミ捨て場の決戦"って」
「それ本当に名勝負だったんですか」
「可愛くて私は好きだよ。ふふっ、誰が考えたんだろうね。こんな可愛いネーミング」
「唯の烏と猫の縄張り争いを例えにされてるの、僕は嫌なんだけど」

左隣に立っていた蛍くんはげんなりした顔をしていて、更に笑ってしまった。少なくともネコちゃんもカラスも食い散らかすのは得意そうだよなぁと思っていると、蛍くんから「そう言えば」と声が掛る。

「沙智は合宿来るの?」
「……行きたいとは思ってるけど…」

ちらりと隣に立つ彼を伺えば、顰めっ面をしていた。

「めちゃくちゃ顔歪んでんジャン、王様」
「うるせェ!悩んでンだよ!」
「王様なら問答無用に沙智を連れてくると思った」
「……連れて行きてェに決まってんだろ」
「ひーくん…」
「でも、何かあって泣くのは此奴で、俺はそれを拭う事出来ないかもしれねェ」

きっぱりと言うひーくん。
何か合ったら。倒れたり、合宿中に身体を壊したり。そもそも準備してた癖に熱が出て行けないってこともある。その時私は泣いて、ひーくんと一緒にいたいって、我儘を言うかもしれない。彼の重荷になるのは嫌だけど、もうひーくんと一緒に居られない方が辛いことを知っているから。だけど、ひーくんは部活中でいつものように私を慰めてくれるとは限らない。私の涙を拭うことは出来ないかもしれない。
私はまた引き離されるのが嫌で、ひーくんは私を1人で泣かせるのが嫌。嫌なことばっかりだ。

こういう時にGW明けるまで元気に過ごすから!なんて言えたらいいのに。そしたら、こんな事で悩んだりしないで参加できるのに。そんな無い物ねだりをしてしまう。だけど、幾ら欲しいって言っても、私の身体が直ぐに強くなる訳でもない。悲しい気持ち、頭が痛くなる。ひーくんの手を握ってみたけど、頭痛は治まらない。本当に嫌になる。

「ふーん。と言うかそもそも、沙智の家族の人が合宿参加認めてくれる訳?。男ばっかりの合宿に」
「「……………あ」」



prev back next
top