どんな一時もお前と

あ゛ぁ、くそ、どうする。
いつの間にか帰ってきていた清水さんと話している沙智を眺めながら考える。
合宿。北一の時も合ったが、あの頃は基本沙智と一緒にいる時間の方が短かったから、普段からバラバラに過ごしていた。電話やメールは毎日の様にしていたが、俺は学校に部活、沙智は病院。会えても面会時間の時だけ。其れが沙智の努力のおかげで、中3の3学期頃からは一緒に居られる時間は格段に増えた。
目の前に彼奴が居て、笑って、手を繋いで、一緒に寝れて。ずっと欲しかった毎日を今、俺たちは過ごしている。たった数日、GW期間中我慢すればと思うかもしれないが、今まで我慢してた分全然喰い足りない。
まだ俺の腹は満たされてねェ。

一分一秒も離れたくない。
だからこそ、沙智を合宿に連れて行きたい。

だが、慣れない合宿、しかも集団生活に絶対彼奴にとってストレスになる。其れが合宿後に熱として出るならまだしも、合宿中に出たらどうする。其の儘帰宅になるだろうが、そしたら俺は沙智の傍には居られない。合宿を辞退して沙智の傍に居ることも出来るが、そんな事をしたら更に沙智を傷つけることになる。だから、それはやらねェけど、苦しんでいる沙智を1人にするのは嫌だ。

其れに月島の言う通り、沙智の保護者から許可が出るのかが1番の問題だ。
体調を崩す、崩さないとか俺の気持ちとか全部置いといて、合宿に行きたいかと沙智に聞けば、きっと行きたいと答える。だが、行く意思があっても、家族が許さないなら先生は参加を認める事はしないだろう。
特にあの兄2人……。竜胆さんも許可しなさそう。ギリ肇さんは許してくれるか?。でも、肇さんは忙しいから、基本沙智の事とかは兄2人と竜胆さんで解決させていく方針だ。今回も肇さんまでに話が行かずに、あの3人で話し合って不許可ですで終わる可能性がある。寧ろその未来しか見えねェ……。
せめて肇さんが出てきてくれたら…!。

「ひーくん」
「…あぁ。清水さんとの話は終わったのか?」

考え込んでいたら、いつの間にか目の前に沙智が居た。沙智は小さく頷き、俺は何話してたんだと聞いてみると、

「潔子先輩、練習には参加するけど、お家が近いからお泊まりはしないんだって…」
「…………ソウカ」

前言撤回。肇さんも許可出さなさそう。
沙智も俺と同じことを考えてるのか、気まずい時間が流れる。見るからに落ち込んでいる沙智を見るのが嫌で頭を撫でてみる。少しだけ目元が垂れたが、身体には力が入っている。
悲しませたくないし、ずっと一緒に居たい。沙智もそう思っていてくれている。なら、掴んだ手を離さないように俺がするべき事はなんだ。

これから先、沙智と一緒にいるなら、あの人たちと何時かは本気でぶつかる。だが、今回は何時もの喧嘩だ。娘さんを俺にくださいってかっ攫う。

「沙智、あの人た「影山、沙智ちゃーん!」チッ!!!」

馬鹿デカい声で俺らを呼ぶ日向。タイミング悪すぎだろボケ!!!と睨み付けると、ひぇ!と可愛くもねェ叫び声を上げながら、「な、何だよ!」とキャンキャン吠えてる。ムカつく、殴るか。拳を握ると、俺の殺気に気がついた沙智が、腕に抱き着いてきた。チッ、沙智に免じて生かしてやるか。

「ど、どうしたの。翔くん?」
「いや、えっーと…」
「早く言えボケ!」
「ひっ!。……"アサヒさん"が戻ってくれば、菅原さんも西谷さんも何か色々うまくいくのかなって…」
「知らね」
「ひーくん!」

沙智に腹を肘で突かれたが、俺の中では沙智の合宿の事で頭が一杯なんだから仕方ねェだろ。
其れに菅原さんと"アサヒさん"が、ぶつかっている内容自体、どのスポーツをやっても良くあることだ。エースはチームから頼られ、エースはその信頼に応える。そうしてチームは良くなっていく。エース頑張って決めてくれている、なら俺達も頑張ろうって。今回はエースが潰された事で、その歯車が噛み合わなくなっただけ。噛み合わなくなったのは、

「どっちも自分に責任感じてんだろ。頼りすぎたから自分で何とかしねーとって」
「菅原先輩は旭先輩を傷つけた事を頼れなくなって、旭先輩は信頼に応えられなくてチームから逃げてる。一緒にバレーをしたいって、2人とも思ってるだろうけど、今のままじゃ……」
「……まぁ、1人で全部何とかしようとするから苦しいんだろ。バレーは繋ぐスポーツ…1人で勝てる訳ないのにな」
「ふ、ふふっ」
「……何だよ」
「だって、ひーくんが」
「お前が其れ言う〜〜!?!?」

沙智の言葉が日向によって遮られる。だが、沙智は日向に同意するかの様に首を縦に振っていた。日向は俺を指差して、

「おれはお前の"名言"、鮮明に覚えてるぞ!。『レシーブもトスもスパイクも、全部俺1人でやれればいいのにって思います』」

無駄に跳ねてる髪の毛を抑え、目を釣りあげて俺の真似をしながら言ってきた。その台詞は入部できなかった時に澤村さんに言った言葉で、沙智には最も聞かせたく無かった言葉だ!。
ちらりと横を見ると「…ひぃくん……?」と悲しそうな瞳で俺を見つめていた。あぁ、クソ!1人じゃ勝てないって沙智に教えて貰った癖に、また傷つけちまった!!。でもあの時は部活に入れねェって事で焦ってたんだ!と、心の中で言い訳を零しながら日向の胸倉を掴む。そもそも此奴が変な事言わなきゃ、バレなかったのによ!。

「辞めろ!!」
「『やれればいいのにって思ってますっ』」

それでも辞めない日向を持ち上げてぶん投げる。怪我させるとか一瞬考えたが、其れよりも此奴を黙らせる方が先だった。だが、無駄に運動神経がいい日向は綺麗に一回転をし着地を決めた。

「…ネットの"こっち側"はもれなく味方のはずなのに」
「あ゛?」
「"こっち側"がぎすぎすしてんのやだな。どうすれば戻って来んのかな、"アサヒさん"」

少なくとも事情を何も知らねェ俺らに出来ることは、"何も知らないまま"アサヒさんを部活に誘うことだろう。元々いるメンバー以外からも、貴方のエース姿が見たいって気づかせるべきだ。

「…明日もアサヒさんのとこ行くか?」
「行く!!!。あ、沙智ちゃんも一緒……って」
「……沙智?」

変なところで止まる日向を不思議に思って振り返れば、俯いている沙智が居た。
……あ、コレはヤバい。
スっと顔を上げた沙智。その頬はぷっくり膨らんでおり、

「ひーくん…?」
「ハイ」
「私が怒ってる理由、分かる?」
「ハイ。俺が全面的に悪いです。すみません!!」

勢いよく頭を下げる。久しぶりに沙智が本気で怒っている。理由は分かる、俺が1人で全部やると言ったからだ。あの試合の後に沙智に泣きながら教えられたのに、俺は部活に入れない怒りのあまりに零れた本音に怒ってる。ひとりぼっちにならないでってあんなに言われたのに。

「そもそも1人で全部やるなんて反則だよ」
「ハイ。沙智の言う通りです…」
「ひーくんは凄いよ。でも、凄いひーくん独りじゃ勝てないんだからね」
「……ハイ」
「…………ひーくんのばかっ」

コツンと頭に叩かれた。其れを合図に頭を上げれば、んっと腕を伸ばしてる沙智が居た。仲直りの合図。ガバッと勢いよく沙智を抱きしめる。腕の中で苦しいよと笑う沙智。ごめん、ごめんな。分かってるから、もう怒りに任せても言わねェから。

「傷つけて悪い…」
「いいよ。もうひーくんは大丈夫だもんね」
「あぁ。沙智に教えて貰ったから」
「ふふっ。負けず嫌いで頑張り屋さんなひーくん。もっと色んな人とバレーして素敵なもの見せてね」
「おう。約束する。………あ」

日向のせいですっかりタイミングを逃していた。沙智の耳に口を寄せて、

「沙智の家族にお前を攫っていいか許可貰いに行ってもいいか?」
「……………へ?」



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