ぎこちない感情に苛まれる

先輩たちと別れ、手を繋いで2人で歩く帰り道。そう言えばとあの時有耶無耶になってしまった事を聞いた。

「ひーくん。私を攫うってどういう事?」
「…あぁ」

片付けやら何やらで仲直りした後は別行動を取っていた為、ずっと聞くタイミングを逃していたのだ。

「そのまんまの意味」
「そのまま?」
「おー。沙智と合宿行く為にあの兄たちからお前を攫う」
「……ひーくんは」
「ん?」
「私が参加するの許してくれる、の?」

蛍くんに聞かれた時に、ひーくんは悩んでいると答えた。私と同じで一緒に居たいって思ってくれてる反面、私を心配して辞めさせるべきかと。ひーくんは優しいから私が辛い思いするのが嫌がる。だから、潔子先輩みたいにお家からりんちゃんに送られて行った方が遥かに安全な為、合宿は諦めろと言われるかなと思っていたけど。一緒に居ることを許してくれた!。

「伝えるだけ伝えて、話し合って。それでも駄目なら1週間我慢するが、最近お前は元気そうだし、まだ可能性あんなら話す価値あるだろ」
「!、うん!。えへへ、私、私ね、ひーくんと一緒に居たいのもあるけど、皆のバレーたくさん見たいの。それと沢山の人とお泊まりもやってみたい!」

嬉しくなって、繋がった手をぶんぶん振ってしまう。ひーくんも何処か嬉しそうで口角が上がってる気がする。今なら何でもできそうなきがする。この勢いでお願いしてみようかな。

「お父さんとにぃ達にお話してみる…!」
「そうだな。…聖さんと雅さんはキレながら駄目って言ってきそうだけどよ」
「あ、あははっ……」

否定できないから愛想笑いで濁した。カバンからスマホを取り出して、家族のグループラインを開く。時間帯的にみんな、ご飯の時間だろうか。気がついてくれるかな。片手で打つのは苦手だから、何時もよりゆっくり文字を打っていると、ひーくんが「彼処、座ろうぜ」と声を掛けてきた。指差す方には小さな公園が有り、街頭に照らされたベンチが見えた。
確かに座って文字を打った方が危なくないかもと頷いて、公園に向かう。公園には人っ子一人居らず、寂しい感じだ。1人だと怖くて入れなさそうだ。先にベンチに座ったひーくんの隣に座ると、ひーくんは隙間を埋めるように詰めてきた。

「くっつくの好きだねぇ」
「沙智とくっつくのが好きなだけだ」
「ふふっ。ひーくん、かわいい」
「沙智の方が可愛い。…ほら、連絡しろよ。今なら肇さんの返事も返ってくんじゃね?」
「ん。にぃとにには返事早そう…」
「あの人たちはお前の返事に対しては何時も早ェだろ。俺の連絡、3日くらい返ってこねーぞ」

向こうから話しかけてくる癖になと、不貞腐れ始めた。りんちゃんもひーくんと同じことを言っていた。私の話だと返事が早いけど、違う内容だと未読無視。せめて既読はつけて欲しいって。仕事でもそんな態度を取っていないか、本当に心配だ。

両手でスマホを持ちながら、『ゴールデンウィークに部活のみんなで合宿やるのだけど、参加したいです』と文字を打つ。
やっぱり駄目って言われるんだろうなぁ。ちょっと怖い。私のことを思って、そう言ってくれてるのは分かるのだけど、否定されるのはやっぱり悲しい。
その時突然頬に手が添えられ、

チュッ

「ぴっ!?」

唇じゃないけど、唇の端っこにひーくんがキスしてきた。ふにっと優しく触れた其れに顔がどんどん熱くなる。

「な、な、なっ!」
「ビビってるみてーだったから、気ィ紛らわしてやろうと思って。成功したな」
「…………ひぇ」

ふっと微笑むひーくんが眩しい。カッコイイ凄い、うぇ……好き。感動で震えてしまう。何て言ったらいいのか分からず、魚みたいにあうあうと口を開けたり閉めたりしていると、「もっと要るか?」と言われた。これ以上はドキドキしすぎて死んじゃうから!!と全力否定。もう大丈夫だもん、ひーくんのかっこいいとここれ以上浴びたら死んじゃうから!。私の慌てぶりにくすくすと笑う声が隣からするけど、もう無理!カッコよすぎるの!。逃げる様にスマホの画面に視線を移すと、

「あ………うぅ」
「お………まぁ、予想通りの返答だな」

びっくりした拍子に送ってしまったのだろう。いつの間にか送られていた私の言葉ににぃとににが『駄目だ!!!!』と一言送られていた。予想通りだな…と俯いていると、続々とカヴァス似の白い犬が手をばってんにさせてダメと言っているスタンプが流れてくる。

分かってた。でも、分かってても悔しいって思ってしまう。にぃたちが私を心配してダメって言うのも、私は置いていかれちゃうのも。無意識に流れていくスタンプたちを目で追っていると、スっとスマホを奪われた。

「この2人が反対すんのは予想通りだろ。あまり落ち込むな」
「……うん。分かってたけど……」
「……おう」
「うぅ……」

零れてしまいそうな涙を隠したくて、ひーくんの腕に抱きついた。同時に頭を優しく撫でられる。
分かってたのに、ダメって言われるって分かってたのに。それでもちょっとだけいいよって言われるかなって思ってた。最近元気だし、部活を許してくれたから、合宿も頑張れって背中を押してくれるかなって勝手に想像してた。全部自分が勝手に期待したせい。裏切られたなんて思っちゃダメなのに。
私を心配してるんだって何度も何度も自分に言い聞かせる。じゃないと、にぃとににに酷いことを言ってしまいそうになる。我慢するから、ちょっとだけ泣くのは許してくれるかなぁ。

その時だった。スタンプの通知で震えてたスマホが、今度は着信で震えた。画面には"お父さん"の文字。
お父さんからの電話は珍しいから、何時もなら嬉しくなってるんるんな気持ちで出るのに、今は気がそそられない。お父さんまでダメって言ったら、どうしたらいいのか分からなくなる。
私が身動きひとつしないのを不思議がって、ひーくんが出ないのかと聞いてきた。なんて返せばいいのか言い淀んでいると、

「もしもし。飛雄です」

スマホを取られて、ひーくんが私の代わりに電話に出てくれた。お父さん、私に掛けたのにひーくんが出てびっくりしてるかな。ぼっーと眺めながら考えていると、何回か応答を繰り返したひーくんが、スマホから耳を離し、

「スピーカーにするぞ」
「へ」

そう言うとポチッとスピーカーに切り替えた。わ、私まだ何も言ってないのに!。

『沙智』
「……う、」
『沙智?おや、聞こえてないのかな?沙智?』
「き、聞こえてる…」
『お、やっと可愛い声が聞こえたね。だけど、ちょっとご機嫌ナナメかな』

軽やかに笑うお父さんの声が響いた。
さっきも言ったが、お父さんと電話する機会は早々ない。1ヶ月に1回出来たらいい方だし、入学式や誕生日とかそういう大事な行事の時以外会うこともあまり無い。でも、会えたり、お話すると、ひーくんみたいに最後まで私のお話を聞いてくれるし、甘やかしてくれる大好きなお父さんなのだ。
でも、今日は意地悪な日みたい。私の機嫌が斜めの理由知ってるくせに知らないフリしてるもん。グループラインで起きているあのスタンプの応酬を見てるから、私の意見が全否定されてるの知ってるのに!。
むぅと頬を膨らませていると、隣に座る彼が頬を啄いてくる。ちょっと邪魔だけど、お父さんとお話は出来るから好きにさせておこう。

『最近の体調はどうかな?。竜胆から少し熱出したとは聞いたけど』
「んと、最近は元気だよ。ご飯も沢山食べてるの」
『おや、本当かい?』
「肇さん、嘘ですよ。此奴、そんなに量変わってません」
「ひーくん!?」
『おやおや』
「俺には報告義務あるから」
「でも、今じゃないと思うの!」

元気じゃないとお父さんまで駄目って言うかもしれないのに。元気だよ、元気だもん!と何度も言って誤魔化してみるけど、お父さんは楽しそうに笑ってる。コレはどういう意味で笑ってるの。無駄な足掻きだなぁって笑ってるの?。ぐるぐる悪い方へと考えていると、お父さんの笑い声が止まって

『GWに合宿行くんだって?』
「っ!」
『飛雄くんは勿論参加かな?』
「ッス。学校にある合宿施設?みてーのに泊まります」
『おや。敷地内にそんな施設があるのか。なら、安心だね』
「…あんしん?」
『ん?…あぁ。流石に県外に合宿だと竜胆も大変だろうからね。学校でやるなら何かあったら竜胆が迎えに行けるし、かかりつけ医にも診てもらえるだろう?』
「!。お、お父さんは許してくれる、の?」

一瞬の沈黙。そして、

『勿論。沙智も烏野メンバーだもんね』

ぽたりと目から涙が落ちた。止めなきゃと目を擦ってみたけど、1度決壊したせいで止まらない。ひっくと嗚咽まで漏れて、お父さんにも私が泣いてることは伝わってる。

ずっとずっと諦めるだけで遠くから羨んでた。ひーくんと一緒に頑張ってる、同じ土俵に居られるみんなが羨ましかった。そして、折角動ける様になって、羨ましかった部活にやっと入れたのに、同じことが出来ないなんて。そんなのってない。私も同じ時間を過ごしたい、仲間外れなんかにしないでよって。ずっと心の奥で思ってた願い。

「うっ、ひっく…わた、し……な、仲間にいれて、」
『沙智が頑張ったから、手に入れられたんだよ。きっと沙智が好いている子達だから、いい子が多そうだ』
「んっ…!」

みんな、とっても素敵なんだよ。私にも優しくしてくれてにこにこしてるの。プレーもキラキラしてて、お父さんも応援したくなるはずなの。
言いたいことが沢山有るのに、嗚咽のせいで言葉にならない。焦るともっと酷くなってしまうのは経験則で分かってるから、深呼吸をしながら整えていく。

「沙智、余り目を擦るな。兎みてーになるぞ」
『家に帰ったら、きちんと冷やすんだよ沙智?』

ひーくんがハンカチで私の涙を拭きながら、背中を叩いてくれる。何時も寝る時にやってくれるトントンと同じリズム感で眠くなってしまう。しかも、抱きついているひーくんの腕が丁度抱き枕を抱いてるみたいで丁度いい。まだ寝たくないの、お父さんとお話したいのに。そんな私の想いに反して、瞳はうつらうつらしてしまう。

「肇さん、すみません。沙智、寝そうです」
『おや?薬はもう飲んだ後だったのかい?』
「いや……まだ俺たち帰ってる途中で…」
『あぁ、そうだったのか。じゃあ、今日は此処迄にさせてもらうよ。すまないね、飛雄くん。沙智のことを頼んだよ』
「ッス。任せてください」
『ふふっ。飛雄くんのおかげで沙智の笑顔は守られてるよ』

お父さんが電話を切ろうとしてる。まだ烏野の凄いところ言ってない。ひーくんの最近かっこよかったところとかもお話したいのに。
うぅーと唸っていると、電話と頭上から笑い声が微かに聞こえる。泣いて慰められたら眠くなるって、本当子供みたい。落ちていく意識の中で、2人が何か話してるのは聞こえたけど、何のお話かは分からなかった。










『ふふっ。沙智と飛雄くんが仲良しでよかった。其れで君たちは何処まで進んだんだい?。Aまでは進んでるかな?』
「A……………??」
『おや?恋愛のABCを知らない?。ふむ、コレがジェネレーションギャップか…』






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