悪者の役を被る

「………」
「「………」」

昼休み。潔子先輩から聞いた旭先輩の教室に、ひーくんと翔くんと訪れた。私は今日もひーくんの後ろから旭先輩を伺う。やっぱり見た目は怖そうな人だけど、

「何で一緒に練習もした事ない俺が気になるの?。今の面子であの青葉城西に勝ったんだろ?。西谷も無しで」

話すとそこ迄怖くない。寧ろ優しい人だ。
話したことも無い私たちが押しかけても邪険にしないで、話を聞こうとしてくれている。

旭先輩は何時かの試合で潰されて以降、部活から逃げた。そして旭先輩に西谷先輩不在でもあの4強、青葉城西に勝ったことで、更に自分が居なくても烏野は強いって思っているのだろう。勝ってはいるけど、ギリギリだったし、及川先輩がフルで出ていたら今の烏野では負けていた。レシーブ力もスパイクの決定力もそこ迄高くない。だからこそ、エースとリベロがいて欲しいって思った。其れに2年生や3年生の先輩たちは、きっと勝つとか負けるとかそんなんじゃなく、旭先輩と西谷先輩と一緒にバレーをやりたいんだと思う。だから、2人が喧嘩している今。

「アサヒさんが戻って来ないと、2・3年生が元気無いから!!ですっ」
「声でけーよ」

大きな声で叫ぶ翔くんに突っ込むひーくん。こういうところはいいコンビだと思う。喧嘩は多いけど。
翔くんの言う通り、西谷先輩が戻ってから、更に元気が無いもの。翔くんってチーム全体の雰囲気を良く感じ取ってる。そして、無意識にいい雰囲気にするにはどうするか考えてる。エースを見たいって気持ちも有るんだろうけど、チームが良くなる為に動いている。中学の時にちゃんとしたチームを作れなかったから、初めて手に入れたチームを大切に守ろうとしてるのかも。

その気持ちが嬉しくて、ふふっと笑っていると、旭先輩もひーくんと翔くんのやり取りが面白かったのか、口元を隠しながら笑っていた。ちょっといい雰囲気?。少なくとも旭先輩にひーくんたちは好かれたかな……。

「フハッ。面白いな、お前ら。けど…悪いな。俺は高いブロックを目の前にして、其れを打ち抜くイメージみたいなのが全然見えなくなっちゃったんだよ…。必ずシャットアウトされるか、其れにビビって自滅する自分が過るんだ…」

潔子先輩曰く旭先輩は中学の部活でもエースって言われていたらしい。その頃からエースを背負っていて、沢山点を決めてきただろうけど、ブロックに捕まった事も有るはず。ブロックに捕まるのが初めてって訳じゃないのに、此処迄トラウマを植え付けた試合は苛烈なものだったのだろう。それでも、

「みんなは「1年のチビに…」…あっ」

私の小さな声は翔くんの声に被り掻き消されてしまった。伝えたいことがあったけど、同じスパイカーでエースに憧れる後輩からの言葉の方が、背中を押す切っ掛けになるかも。此処は素直に引いて、後でお話しよう。再び口を噤んで、ひーくんの制服を握る。

「こんな事言われたら生意気って思うかもしれないですけど…」
「思わないよ、なに?」
「おれ、それわかります。おれ、背が低くて技術もないから、ブロックに捕まってばっかで」

ふと、3対3の時のことを思い出した。翔くんは早くて高く跳べるけど、最初は蛍くんのブロックに捕まってばかりだった。ブロックを使って点を取ったり、逃げる技術もなく、当たって砕けるだけのスパイク。
でも、ひーくんのトスが加われば、翔くんの早さを生かしたままブロックを躱して点を取れるようになった。翔くんもその時の感動と快感が忘れられないようで、

「今は影山のトスがあるから、どんな高いブロックも躱せます!。ブロックが目の前から居なくなって、ネットの"向こう側"がばぁっと見えるんです」

頂の景色。
最高到達点で見える、ブロックも遮らない相手コートの景色。

旭先輩もその景色には見覚えが有るのか、少し寂しそうな顔をした。その顔、初めて見た。
翔くんは続けてボールが手に当たる感触の話をし始めると、此方も旭先輩は経験したことがある様で、自分の掌を見つめながら、恋しそうな顔をする。その顔が出来るなら、バレーが嫌いになったわけじゃない。菅原先輩が言う通り、点を取れなかった責任を取るために逃げてるだけだ。なら、その責任は不要である事を気づかせないと。寧ろ、違う事でみんなを寂しがらせてることを気づいて。

「おれ、アサヒさんが羨ましいです。今のおれには1人でブロックをぶち抜くタッパもパワーも無いけど、アサヒさんには其れがある。今迄沢山ブロックされて来たかもしれないけど、其れよりもっと一杯のスパイクを決めて来たんですよね?。だから、みんな…アサヒさんを"エース"って呼ぶんだ」
「……!」

本気で羨ましそうで、悔しそうで、でも負けられないと意志が宿ったその瞳で翔くんは旭先輩を射貫いた。
翔くんは旭先輩に憧れを抱いてるのかもしれないけど、その瞳はどう見てもライバル意識が見え見えだった。旭先輩はどんな気持ちなのだろう。後輩に羨望と敵視を向けられて。怖いと思ってるのかな、それとも負けたくないって思ってるかな。出来れば後者がいいな。

遠くてチャイムの音が響いた。昼休みが終わってしまった。1年の教室は3年生の階より離れてるから、早く戻らないと遅刻になってしまう。ひーくんも同じことを思ったのか、翔くんのフードを掴みながら戻るぞと声をかけた。が、1歩も動こうとしない翔くんに怒って、頭を叩いて「早く来いアホ、遅刻する」と更に声を掛けた。思いっきり叩かれていた翔くんは頭を抑えながら、やっと歩を進めた。其れを見送って、私は足を止める。私も言いたいことがあるの。

たまたまだけどひーくんと同じタイミングで、振り返った。

「あの、1人で勝てないのは当たり前です。コートには6人居るんだから…」
「!、ひーくん……」

中学、そして昨日言った言葉だ。思わず目を見開いてひーくんを見つめると、私の視線に気がついたのか一瞬だけ目が合った。そして、少し顔を赤らめながら、

「俺も其れ分かったの、ついこの間なんで…偉そうに言えないッスけど……」

バレーボールは繋ぐスポーツ。6人でボールを操って、3回で相手コートにボールを落とす球技だ。1人で2回は触れない。レシーブが上がらないとトスは上がらない。トスが上がらないなら、スパイクにも繋がらない。全ての作業が全部繋がっている。だからこそ、1人が諦めたらそこで終わり。

「もしバレーが個人競技で旭先輩だけが諦めるなら、別に良いんです」
「……おい、沙智?」
「だけど、トスをあげた菅原先輩、ボールを拾った西谷先輩が諦めずに繋げたボールを、勝手に諦めるのは駄目です」
「っ!」
「決められなくて責任を感じるのは分かります。でも、きっと皆さんはどんなにダメダメでも、旭先輩にボールを上げるはずです。みんな、エースを信頼してるから」

ひーくんが、もう辞めろって手を引っ張ってくる。だけど、ごめんね。これだけは言わせて欲しいの。こんなにも愛されてるのに、見て見ぬふりするのは許せないから。

「翔くんの言う通り、止められた数より点を決めた数、チームを救った回数の方が多いはずです。だから、みんな、旭先輩を信頼してエースって呼ぶんです!。そんな皆の想いを、」

私がこんな事言ってもいい立場かは分からない。でも、旭先輩の事を何も知らないからこそ、皆の代わりに言える立場でもある。
辛いことを言ってごめんなさい。そんな悲しい顔をさせてごめんなさい。だけど、悲しい想いをしてるのは貴方だけじゃ無いし、貴方のせいでもあるのって知って欲しい。




「要らないって逃げ出すのは、酷い、ですよ…」





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