消えない矛盾を抱えて


『要らないって逃げ出すのは、酷い、ですよ…』

小さな女の子…白崎さんが言った言葉が頭を巡る。後ろめたさが有りながら、多分俺が逃げた事に皆が思ってそうで、でも言えない事を彼女は言った。悪い役をあの子は烏野の為に被ったのだ。

無意識に足が体育館に向かうと、中からボールの弾む音とボールを呼ぶ声が聞こえた。下校のチャイムが鳴ったのさっきだぞ、早過ぎないか。少し開いていた扉を覗き込んでみると、

『ドッ!』

凄いバネ。完璧なタイミングのトス。
日向が「今は影山のトスがあるから、どんな高いブロックも躱せます!」と言っていたが、成程って思った。あの時は純粋に影山のトスは上手いと褒めてると思ったけど、スパイカーの最高打点に置くようなトスを見せつけられたら、こんなの上手いって所の話じゃないだろ。其れに違和感もなく、"此奴はトスを持ってきてくれる"と100%信じて、高く跳ぶ日向も日向だ。
でも、羨ましいと思った。俺もあんな風に、スガのトスをもう一度打ちたいって。でも、



『俺、全部拾って繋ぎます!。だからそのボール、ガッツリスパイク決めてくださいね!!旭さん!』

西谷の屈託のない笑み。本気で俺を信じて、彼奴は繋げてくれていた。俺も其れに応えるべく、何度もトスを呼んだ。"俺に持ってこい"。"俺が決めてやる"。
苦しい時にボールが回ってくるのがエースで、それを決めるのがエース。チームのみんなが俺をエースと呼んでくれている、なら俺はエースの仕事を果たさないと本気で俺は。
でも、あの試合で何本もブロックされ、西谷があんなにも拾って繋げてんのに、俺は全然決められんなかった。俺を立たせていた志に罅が入る音が聞こえた。
そして、その内、俺はトスを呼ぶのが怖くなった。

俺が呼んだところで決められない。
其れなら違う奴に上げた方がいいって。

『要らないって逃げ出すのは、酷い、ですよ…』

またしても白崎さんの言葉が胸に刺さる。
要らないって言ったつもりは無かった。でも、彼女の様に傍から見たらそう見えるだろうし、スガも西谷も俺が信頼ボールは、もう要らないって思ってると感じてるかもしれない。少なくとも彼奴のあの時の顔は酷く辛い顔をしていた。…傷つけたのは俺だ、俺が勝手に諦めたから。

「よっしゃ!!。対音駒戦も速攻決めるぞォーッ!」

爪を掌に食い込ませながら、色々考えていると日向がそう叫んだ。ネコ…?、音駒!?。あの音駒と試合すんのか…!。何時かやりたいと思っていた試合が、

「GW最終日に練習試合なんだ」
「っ!?」

背後から聞き覚えのある声。優しいと怒ると滅茶苦茶怖いことを知っている。ゆっくり振り返ってみるが、想像通りの人物が立っており、思わず「ゲッ!」と叫んでしまった。

「"ゲッ!"って何だ!というか、逃げるな!」

本能で逃げようとしたが、先に怒られてしまった。

「だって、お前怒ると怖いんだもん!」
「今、別に怒ってないだろ!」

大地と話すのは久しぶりだ。怒ってないって本人は言っているが、俺は大地たちを怒らせるような事をしてるのは自覚してる為、ちょっと怖い。自分のせいって分かってるけど、逃げてしまいたいと思ってしまう。でも大地は、

「聞いたろ?。あの音駒が来るんだ」

今までと変わらない声と態度で俺に話してくる。

「まぁ、俺達からすれば音駒の事って昔ばなしみたいな感じで聞いてたし、今の代の烏野と音駒に何か因縁があるワケじゃない。…でも、良く話を聞いてたあの"ネコ"と今、俺達が数年ぶりの再戦ってなるとちょっとテンション上がるよな」

確かに日向が音駒と戦うと叫んだ時、心が踊った。前の先輩から因縁のライバルがいると聞いた時と同じだ。名勝負と言われる試合を俺らもやってみたいって、機会がないかなってソワソワして。
其れが遂にやるってなるとテンションが上がるに決まってる。きっと大地もいい機会だから戻ってこないかとか思ってくれてるかもしれない。でも、

「俺は…スガにも西谷にも合わせる顔が無い」

大地は少し驚いた顔をしたけど、小さな溜息を吐いたと思ったら、ニッコリ笑いながら俺の肩を叩いた。

「全くお前は……デカい図体して相変わらずへなちょこだな!。西谷と対極にもほどがある!」
「もう少し言葉をオブラートに包めよ……」
「安心しろ!。スガは勿論西谷も問題ない!。お前と違って懐が深いからな!」
「お前って"基本優しい"っていうキャラじゃなかったっけ…?」
「お前は対象外だ!。へなちょこだからな!」
「………」

何回へなちょこって言うんだ…。いやまあ、スガや西谷たちと比べるとへなちょこだけども!!。言い返せないままでいると、大地は振り返って体育館へと歩き出した。

「ひと月もサボった事とか何か色々気まずいとか来辛いとかそういうの、関係ないからな」
「……っ」
「まだバレーが好きかもしれないなら、戻ってくる理由は十分だ」
「!」
「其れに"エース"に夢、抱いてる奴も居るんだからな」

日向のことだ。あの憧れと敵意に満ちた瞳。
大地の言う通り気まずいとか色々あって、体育館に進む足は日に日に重くなっていくばかりだけど、バレーはやりたいし、日向に簡単にエースの座を奪われてなるものかと負けたくないって思う。

「さっき白崎さんにも喝入れられたよ、大地」
「は?沙智ちゃん?」
「要らないって言うのは酷いですって。悪者役やらせちゃった…」

大地は歩くのを辞めて振り返る。その顔は困惑を露にしていて、思わず笑ってしまう。

「何も知らないからこそ、スガと西谷…皆の事を思って、皆が心のどこかで思っても可笑しくない。でも簡単には言えない事を真っ正面から言ってくれた。俺を"酷い"って。俺は酷いことをしてるんだぞ、逃げるなって。……いいマネージャー入ったな、大地」
「ふっ。そんなのとっくに知ってるよ」
「そっか、そうだよな」

俺なんかより付き合い長いもんな。清水も良い後継者が出来て喜んでそうだ。1、2年生もあんな度胸があってチームを思ってくれる可愛いマネージャーが居たら、安泰だろうな。清水みたいに愛されるマネージャーになりそう。あ、でも、俺に会いにくる度に影山と手を繋いでたから、先約済みか。

「其れにしても流石影山の幼馴染だな。3年の先輩相手に物申すとか肝が据わってる」
「え!?影山の幼馴染だったの!?。手、繋いでたから恋人同士だと思ってたんだけど!?」
「あー、んー……多分其れデフォルトだ。部活中はそうでも無いけど、終わると何時もそんな感じだから」
「え!?!?」
「本人たち曰く付き合ってはないけど、結婚はするって言ってるしな」
「はっ!?!?それってどういう」
「そんな事より、旭」
「此処で話変えるの!?」
「沙智ちゃんにそこ迄言ってもらったなら、一緒に部活行くか?」
「……………………心の準備がまだ…」
「お前、ホントへなちょこだな……」

肩をグーパンで思いっ切り殴られた。



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