声を落として「大好き」と囁けば

「沙智。偶にお前、無意識に人を煽るよな」
「…んぅ?」

部活中の束の間の休憩時間。ひーくんの隣に座っていたら、ドリンクを飲みながら彼はそう言った。煽るとは?。私、誰かを煽ったりしてたっけ?。首を傾げながら、思い出していると、

「アサヒさんを煽ってたろ」
「…………え?」
「ほら、無意識」

大きな溜息を吐かれた。ちょっとその態度は酷すぎる。だって、煽った記憶が無いんだもの。思い出してみてもひーくんの背中に隠れて、話を聞いて、最後にちょっとだけお話をしたただけだ。
内容はかなり酷いことを言ったとは思ってるけど、1度振り返って欲しかったから後悔はしてない。完全復帰したら謝るけど、

「おかしな事は言ってないと思う……」
「言ってはねェけどよ。人によっては怒られる内容だったぞ、外野が知った口聞くな、うるせェって」
「……確かに…。旭先輩、1年生の私たちのお話をちゃんと最後まで聞いてくれる人だったから、甘えてたかも…。」
「でもまぁ、振り返ってもちゃんと待ってる奴が居て、謝る理由が明確なら逃げてばかりじゃ要られない。何時かは謝らなきゃいけねェ。其れを思い出させたかったなら、言って正解だろ」

そう言うと再びドリンクを飲み始めた。
傷つけることを言うと覚悟はあったし、嫌われるとも思った。でもそれだけのリスクが合っても、旭先輩には『自分が何をしてしまったのか』をちゃんと知って欲しかった。逃げる事は仕方ない事であり、私も逃げてばかりだからダメだよ!なんて言える立場じゃない。でも、逃げてばかりじゃ居られないし、逃げるのであれば違う方法で攻略するやり方を探さなきゃダメだと思う。だって、諦める事が1番駄目なのだ。応援してくれる人、信頼してくれてる人を裏切り、置いていかれる事になるもの。傍に居たいなら、一緒にいる術を探し続けないと。
まぁ、私もこう思うようになったのは最近の話だし、そのきっかけをくれたのは隣に居てくれるひーくんのおかげだ。彼の為に私は頑張るし、彼と一緒にいる為に私は一緒にいる方法を探すのを諦めない。

旭先輩も皆とバレーをやりたいと少しでも思ってくれてるなら、今回の経験を得て、勝手に諦めるのを辞めてくれるといいなぁ。
旭先輩が戻って来てくれたら、菅原先輩も西谷先輩もにこにこの元気になれそうだし!。未来の事を考えて、んふふっと笑っていると部室棟に行っていた潔子先輩が私の名前を呼んだ。その手には白い紙袋。

「沙智ちゃん、おそくなってごめんね。はい、これ」
「?。なんですか?」

受け取った紙袋の中には黒い何かが入ってた。何これ?でも、何処か見覚えのあるような。そんなことを思いながら、黒い何かを袋から取り出すと、

「あっ!!!」
「烏野のジャージ。一応1番小さいサイズで注文したんだけど、小さすぎたら教えてね」
「ありがとうございます、潔子先輩!わぁ!」

ひーくん達が着ている烏野バレー部のジャージだった。やったぁ!ずっと欲しかったんだよね!。急に入部したから、みんなとの注文時期もズレてたので、貰えるの当分先だと思ってたけど、まさか合宿前に貰えるなんて!。ひーくんもわたしの喜び様に近づいてきて、「よかったな」と頭を撫でてくれた。

「き、着てもいいですか…!」
「えぇ。タグはもう切ってあるから。…あ、でも沙智ちゃんは此処で着替えたらダメ。倉庫で着替えて」
「う?でも、ジャージ着「駄目」…はい」

ジャージを着るだけだから、別に倉庫じゃなくてもと思ったが、潔子先輩の目力が強くて言えなかった。しかも、何かを感じ取ったのか、私たちとは反対方向で座りながら休憩している蛍くんもこのタイミングで此方を見ている。……そう言えば蛍くんと潔子先輩からジャージを脱ぐなと約束したんだった。脱いだら痴女呼ばわりされてしまう…!。それは嫌だ!。

紙袋にジャージを入れ直して、倉庫へ足を向けると、

「何で付いてくるの、ひーくん?」
「沙智のジャージ姿、1番に見てェ」
「着たらひーくんの所に真っ先に行くつもりだけど…」
「だとしても、体育館に俺以外の奴も沢山居ンだろ。1番じゃねェ」

少しムスッとしながら言うひーくんが可愛くて笑ってしまう。私の意識はひーくんにしか向いてないけど、視線は沢山あるもんね。私を独占したいって思ってくれるのが嬉しくて、胸がきゅーっとなる。

「ふふっ。なら、お着替え手伝ってね」
「…………言い方エロ」
「?、ひーくん、何か言った?」
「何も。沙智が可愛いって言った」
「んん???」

聞き取れなくて質問したけど、何となくはぐらかされた気分。首を傾げてみても可愛い可愛いと何故か慰められた。何故。そんな事をしてる間に倉庫に着いたので、中に入る。ひーくんがピシャリと扉を閉めてしまったので、ちょっと薄暗い。電気をつけるか迷ったけど、ジャージを着るだけだから我慢しよう。

「紙袋持つ」
「ありがと」

紙袋をひーくんに渡して、再びジャージを取り出す。さっきは余りちゃんと広げて見れなかったけど、ピンッと広げてみればみんなとお揃いのジャージ。黒いジャージってあんまり見かけないけど、かっこいいなぁ。本当カラスみたいだ。

「小っさ」
「む!。そんな事ないもんっ」
「いや、小さいだろ。SSサイズか?……俺が着たらはち切れそう」
「………其れはそれで見てみたいかも」

来た瞬間に破けてしまう瞬間を想像しながら、ひーくんに借りていたジャージのファスナーを下ろそうとしたが、

「うにっ!?な、何…!」

勢いよく私の指ごとファスナーを掴まれた。中途半端な所でファスナーは止まっており、何やらデジャブ。既視感。何時の日かの蛍くんの時みたいに「どういう事だ」と顔にありありと書かれて怒ってらっしゃる…。どうと聞かれてもひーくんから借りたTシャツとジャージを着てるだけなんだけども。毎日りんちゃんが洗濯してくれてるから汚れてる訳ないしなぁと自分の服装を見ていたら、クイッと両頬を掴まれて視線が交わる。

「説明」
「せ、せつめい……?」

何を……?。借りた服着てるだけなのに、何の説明が必要なの。うーんと頭を悩ませるけど答えは出てこない。私が悩んでるのが伝わったのか、ひーくんは大きな溜息をついて、鼻が触れる程お互いの顔が近づいた。

「こんなエロい格好で部活やってたのかよ」
「う、え、えろい…!?」
「鎖骨見えすぎ」

するりと鎖骨を謎りながら囁かれる。ひーくんの綺麗な指が擽ったくて、身を捩るが肩を掴まれてるせいで動けない。動いたことに怒ったのか、ひーくんの顔が私の胸元に近づき、

「ひゃぁ!?」

ぴちゃりと水音が聞こえたと思ったら、生暖かい何かで謎られる。骨を沿って、偶に窪みをソレで押されたり。そして、

「いっ!」
「っ、悪い。驚かせたか」

突然走った痛みに悲鳴を上げると、ひーくんは顔を上げた。小さく頷きながら、何があったのかと胸元を見れば、テラテラと光る鎖骨と骨を噛み砕こうとしたかのような噛み跡が残されていた。
それだけで分かった。生暖かい何かはひーくんの舌で、痛みは噛まれたせいだって。ボンッと爆発するかのように顔が熱くなる。いつの日かの時の様にお腹の奥がキュッとして辛い。もう恥ずかしくて十分と思う反面に、もっと欲しいって我儘を言いたくなる。舐められたのは初めて、痕を付けられるのだって勿論初めて。嬉しい。内に宿る熱を我慢するようにキュッと目を閉じた。

「沙智」

優しく囁かれる呼び声に身体が無意識に跳ねる。

「キス、してェ」

返事なんて必要ない。だって、私も。
ゆっくり開いた潤んだ瞳でひーくんを見ると、

「フッ」

軽く笑われたと思ったら、柔らかい唇が私の口を塞いだ。今もいっぱいいっぱいだけど、少し慣れたのかひーくんの唇の柔らかさを堪能できてる気がする。気持ちよくて柔らかい。私はこれだけで満足しているけど、ひーくんは違うらしく。私の下唇を吸うと鎖骨を噛まれた時とは違い、甘噛みのような優しさで歯を立て、角度を変えて押し付けるだけのキスを繰り返す。何度もキスを繰り返す後に、止まっていた呼吸を戻そうとした瞬間。其れを狙っていたかのようなタイミングで、ひーくんはいつの間にか頭と腰に回っていた手に力を入れ、更に体重を掛ける様にして私を押さえつけた。

「ッ、んぅ、」
「ンっ…ふッ」

開いていた唇にずるりと入り込んできた舌に、またしても頭はパニックになる。バスでも家でも味わったのに、再び口内を好き勝手に舐め回される。そんなに自分勝手な塊が奥で縮こまっていた私の舌に触れると、待ってましたと言わんばかりに引っ張りあげられる。ぐじゅぐじゅと音が鳴ってると現実逃避をしながらも、ひーくんの長い舌が私の小さな舌を締めあげられていく度に、お腹の奥が熱くなる。

だが、時折舌を吸われる度に鳴る、ぢゅる、音が扉の外に聞こえてしまわないかと逃避しそうになる思考を取り戻してくれる。

「ぁ…ひぃ、ん、くん」
「ぢゅ……ん、ん?」
「んぅ、うぅ」

聞こうとしてくれるのに、私が何か話そうとすると再び舌を吸われる。意地悪だって思うのに、じわりじわりと身体を蝕む熱と気持ち良さに思考がどんどん止まっていく。視野が狭くなって、ひーくんのことしか考えられなくて、ひーくんのことしか見えなくなって。
怖いことなのに、嬉しいと思ってしまう私は心底ひーくんに依存している。

漸く口内で暴れていた舌を抜いたひーくんは、はふはふと必死に呼吸を整える私の頭を自分の胸に押し付けて、よしよしと撫で回してきた。私も甘える様にひーくんの服を握る。

「かわいい。…沙智、気持ちよかったか?」

綺麗な顔で分かりきった事を聞いてくる。本当いじわる。悔しくて答えずに居ると、私の唇をふにふにと押し始めてきた。其れがさっきまでの情事を思い出して嫌になる。思う壷って分かってるのに、身体は言うことを聞かなくて擽ったくて仕方ない。

「なァ、応えろよ沙智。気持ちよかったか?」
「……………………ひぃくんは」

質問を質問で返すと一瞬ぱちくりと目を丸くさせたが、またしても鼻同士が触れ合う距離まで近づき、

「もっと沙智で頭が一杯になりてェくらい、気持ちよかった」

柔らかく微笑む彼を見ると、少し意地を張ったのが馬鹿らしく感じてしまう。私も釣られて笑い、少しだけ背伸びをして、

ちゅっ

そんな控えめな音を倉庫に響かせる。
私からじゃ、これが精一杯の勇気なの。

「私も、ひぃくんでもっと頭いっぱいになりたい」
「!…ホントお前は煽るの得意だな…!」
「えへへ、、んぅ、ッ」

扉の外で私たちを探す声が聞こえるその時まで、私たちはお互いを求めあったのだった。




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