他愛のない報告会

「ボェーーッ!!」
「おい!足止まってんぞ!」

スパイクかサーブ練になるまで体育館の隅でひーくんと日向くんのパス練習を見ていたけど、

「これは確かに、ちょっと酷いかも……」

ひーくんがド下手くそと怒るのも無理はない気がする。初心者の様なレシーブ。真っ直ぐ上がらない、足を動かさないで腕で取りに行こうとする。
レシーブはバレーボールの基礎の基礎だと思っている。レシーブが無いとトス、スパイクに繋がらないから。日向くんはバレーボールの中でもスパイク打つのが好きってのは伝わってきたけど、スパイク打つには何が必要なのかわかっているのだろうか。色々言いたいことはあるけど、まだ練習初日だし、ひーくんと日向くんは昨日が初めましてっぽいから、話しかける切っ掛けになるかもしれない。私のせいで貴重な練習時間を潰す訳にはいかないし。
……いやでも、ひーくんは直ぐに下手くそって言うし、教えるの不得意だから喧嘩になるんじゃないかな…。やっぱり口出した方が円満に進むんじゃないか……。

ぐるぐると考えていると、大きな音を立てて体育館の扉が開いた。ひーくんのチームは日向くんと田中さん。そして、この練習はこの3人以外の人には内緒にしなきゃいけないこと……なのに、体育館の扉が開いたって事は内緒の特訓がバレてしまったってことなんじゃ!。ひーくんたちだけが怒られるのは嫌で、慌ててひーくんの腕にしがみつく。勝手に体育館使うより、部外者の私がいる方が悪い、怒るなら私を怒って欲しくて。でも、やっぱり怒られるのは苦手で怖いから、目をぎゅっと閉じてしまった。
だけど、

「おーす」
「っ!?スガさん、何で!?」
「だってお前、昨日明らかに変だったじゃん。何時も遅刻ギリギリの癖に鍵の管理申し出ちゃったりしてさ」
「えっ…!あっ、くっ……!!」

田中先輩の声と優しそうな声が聞こえる。
しかも、田中先輩が敬語で喋っている。という事は、優しそうな声の人は先輩なのかな…。多分田中先輩は2年生だから、3年生とか……??。恐る恐る目を開けると、パチリとその先輩と目が合った。声と同じ、優しそうな顔。でも、私はひーくんたちと違って、完全な部外者。おこ、怒られる…!。

「えっと……君は?」
「俺の幼馴染ッス。沙智、挨拶。怖くねーから」

ポンとひーくんに頭を撫でられる。それだけで壊れそうになった心臓が、ゆっくりと元に戻っていくのを感じる。深呼吸をひとつする。ひーくんの身体に隠れるのを辞め、隣に立つ。でも、少しだけ怖いから、ひーくんの手を握る。何も言わないってことは、手から勇気を貰うのは許してくれるみたいだ。

「し、白崎沙智です。1年3組…で、練習のお手伝いがしたくて……えっと…」

次に繋がる言葉が思いつかなくて、口が魚みたいに開いたり開いたりしてしまう。参加したいです?でも、そんなに動き回れないし。来ました、だと上から目線なのかな、アレ、なんて言うのが良いんだろう……。

「あー、えーと、此奴ら練習を手伝ってくれるのは有難いよ。俺は菅原孝支、バレー部の副キャプテン。ヨロシクな、白崎さん」
「あ、はい!。よろしくお願いします、菅原先輩っ」

部外者の私にも優しくしてくれた。ひーくんの先輩はみんな、いい人!。ここならひーくんの悪癖を注意してくれる人がいるかもしれない。
コート外なら私はひーくんとずっと居れるけど、コート上には入れない。一緒にバレーは出来ない。あの独りで仲間だった人達を見詰めるひーくんを、もう二度と見たくない。思わず、握っていたひーくんの手に力を込めてしまった。どうした?と顔をのぞき込まれたけど、先程考えていた事を日向くんや先輩の人たちの目の前で言うの憚られ、頑張ったなぁと思って、と嘘を着いた。でも流石ひーくん。私の嘘は簡単に見破られてしまい、「後で聞く」と釘を刺された。練習終わるまでに言い訳考えとかないと…。
ひーくんから目を離し、再び菅原先輩に視線を移すと先輩はジィっと私、と言うより私とひーくんを見詰めていた。何かしちゃったかなと日向くん、田中先輩の顔を伺うと、2人とも菅原先輩と同じ様に私たちを見ていた(田中先輩に至っては唇を噛み締めていた)。そして、ひーくんも3人の視線が集まって居ることに気づいたが、何で見てくるんだ?と私へアイコンタクト。分からないよと首を振り、

「「……??」」

一緒のタイミングで首を傾げた。
私たちの頭上に浮かぶはてなマークに気付いてくれた菅原先輩が、「いや、あのさ」と話し始めた。

「影山と白崎さんって付き合ってんの…?」

付き合う………??。何処に?練習にってこと?。嫌でもそれだと文章が可笑しいよね……どういう意味なの。助けてひーくん!と顔を見上げるとひーくんはきょとんとした顔をしていた。

「いいえ、付き合ってませんけど」
「「え゛!?」」
「はぁ!?!」
「幼馴染ってさっき言ったと思うんスけど……」
「いや、影山!おま、練習の時以外ずっっーーと白崎さんと、こ、ここ恋人繋ぎしてただろ!!」
「え゛、マジ?そうなの、日向」
「はい!!!」
「スガさん、俺もずっと見てたッスけど、影山とこの天使ちゃん…………100%出来たッス、腹立つくらいに!!」
「落ち着け、田中!顔がヤクザになってんぞ!」
「………恋人繋ぎ……?ひーくん、分かる?」
「沙智が分かんねェこと、俺が分かると思うか」

うん、ごめん。恋人繋ぎって何だろうとケータイで調べようとしたら、菅原先輩から「それだよ!それ!」と指を差された。それ、とは。私はひーくんを、ひーくんは私をじっと見たが、特にいつもと変わらない。変な所もない。何がそれなの…。

「えぇ、分かんないの…。その手の繋ぎ方が恋人繋ぎって言うんだよ、知らなかったのか?」
「これが……」
「こいびと、つなぎ?」
「この反応、マジで知らなかったのか………」

この繋ぎ方?に名前があったなんて。
これは幼稚園の頃に何があっても私と離れないようにとひーくんが発明したものだった。次いでに幼稚園の先生とか、近所の人やすれ違った人達から「仲良しねぇ」と言われたことあったことも思い出した。

「少女漫画とかドラマとか見た事ないの、影山と白崎さん…」
「持ってねェし、見てねェ」
「私もです…。家だとひーくんと一緒にカヴァスが満足する迄遊ぶくらいなので…」
「家でも一緒なの!?」
「か、カヴァスって何……」
「俺と沙智の家、隣同士なんで。後、カヴァスは沙智の家の愛犬です。白くてもふもふしてます」
「…あぁ、そう………」

その返事を最後に3人は何故か円になって話し始めた。

「なんなんだ、本当…」
「私たち変な事言っちゃったのかな…」
「言ってねェだろ。幼馴染って答えただけだ」
「うん……」

こちらも此方でコソコソ話していたら、3人の円は形が崩れ、横並びになった。話し合いは終わったって事かな。

「本当に、ほんとーーーーに付き合って、ないんだな?」
「?、はい」

付き合うの定義とか成り立ちは分からないけど、そういう関係性になった覚えはない。ひーくんも同じように頷いて、

「付き合ってはないッスけど、結婚はします」
「「「…………はっ!?!?!?!?」」」
「まだ年齢と沙智の兄の承諾と、死ぬまで沙智を養える職業と金もないけど、結婚はします」

な?と声をかけられたので、こくんと頷く。
初めて会った時に約束をし、そこに辿り着くための課題は明確だった。年齢と承諾とお金。年齢とお金は兎も角ひーくんのパパとママに美羽ちゃん、私のお父さんはいいよと言ってくれては居る。だけど、にぃとににがまだ駄目……というか、嫌だ!!!と駄々を捏ねている。まだ、妹離れしたくないんだよとお父さんは言ってる。ひーくんと結婚しても兄妹なのは変わりないのに。

「け、っこん………影山が……けっこん???」
「分からない、俺には…大地助けて…日本語訳して……」
「後輩…結婚……許嫁……うら、羨ま死……ヒュ」
「田中先輩!?、菅原先輩、田中先輩が息してないです!!」

倒れる田中先輩。
介抱する日向くん。
天を仰ぐ菅原先輩。
それを首を傾げて見詰める私。
そして、

「とりあえず時間無いんで、練習しませんか」

時計を指差すひーくん。マイペースだなぁ。



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