愛に満ちた声

それにしても驚いた。
影山の噂は高校生の俺達に、というか宮城県でバレーをやっている奴には届いていた。「コート上の王様」。兎に角上手い。すげぇセンスの良いセッター。優れた司令塔だと。実際大地と田中で試合を見たことがあったが、噂は本物であった。唯、熱意が高すぎるあまり味方を置いていってしまう疵があったが。
試合の最中は影山は何時も怒鳴っていた気がする。眉間に皺を寄せて、ずっと怒っているように見えた。昨日の体験入部も日向と喧嘩していたって事もあったが、ずっとキレ散らかしている。だから、今の影山は本物の影山なのか?と疑ってしまう。

「あんまり走るなよ。こまめに水分取れ。俺のスポドリ飲んでいいから」
「まだ2往復しかしてないから、そんなに喉乾いてないよ。其れより田中先輩のトス練やって。まだトスの高さ定まって無いでしょ」
「……分かってる」

幼馴染の女の子を心配し、図星を突かれているのに怒鳴らない影山。日向が同じこと言ったら、喧嘩を始めていただろう。少なくとも影山にとって白崎さんは特別な存在ってのが分かる。まあ、さっきの【付き合ってはないけど、結婚はする】と意味のわからない発言からでも分かるけど。改めて考えても意味…というか、理解が出来ない。恋人繋ぎをして、夜は一緒に過ごして、結婚の約束をしている。それって結婚を前提にお付き合いしてますって状態だろ。なのに、何で頑なに付き合ってはないって否定するんだ?。

んーーと考えるが、まだ影山と会って2日、白崎さんにいったっては数時間の付き合いだ。分かるわけないか。それにこの2人の関係に首を突っ込む前にどうにかしなきゃいけない問題がある。それは、

「日向、余所見すんな!」

余所見をしていた日向の頭に俺のパスしたボールが当たる。影山と田中はスパイク練、白崎さんはボール拾い、そして俺は日向のレシーブを指導していた。最初はちゃんとレシーブ練していたが、田中のスパイクが調子よく決まり出すと、日向の視線は完全に其方に向いてしまった。日向の集中力が完全に切れた瞬間だった。

「おれもスパイク打ちたい!おれにもトス上げてくれよ!」

1本だけ試しに!と日向が影山に声を掛ける。確かに影山と日向を合わせる事も大事だし、何より1本で日向の集中力が戻るなら、中断してもいいかと思った。だが、

「……嫌だ」

影山から無慈悲な一言。
その言葉から日向と田中が野次を飛ばす。俺もトスくらいチョイチョイと上げてやればいいのに思う。

「レシーブあってのトスと攻撃だ。それがグズグズの癖に偉そうに言うな。土曜の3対3でもトスは、極力田中さんに集める。攻撃は田中さんに任せて、お前は足を引っ張らない努力をしろよ」
「………………おれが満足にレシーブできる様になったら、お前はおれにもトス上げんのか」
「【勝ち】に必要な奴になら誰にだってトスは上げる。試合中、止むを得ずお前に上げることもあるかもな。でも、今のお前が」

影山は冷たい視線を日向に向けた。

「【勝ち】に必要だとは思えない」

それは所謂戦力外通告。バレーをやりに来た日向にとって、それは鋭利な刃物同然だろう。影山も日向の気持ちは理解っている筈なのに、どうして此奴はオブラートに包んで言えないんだ。とりあえず、日向のフォローを…

「ひーくん」
「あ?」
「言い過ぎ。3人でやる試合なのに2人で挑むつもりなの?。日向くんはちゃんと必要な人だよ」
「レシーブがド下手くそだぞ。攻撃だけ出来ても意味ねェだろ」
「確かにレシーブは1週間そこらで上達する程簡単なものじゃないけど、1週間ちゃんとやるとやらないじゃ差は生まれるよ」

白崎さんは拾ってきたボールを籠に仕舞うと、にっこりと日向に微笑んだ。日向に向けているって分かってはいても、その笑みはすげぇ綺麗で特別なものに見えた。そんな綺麗な微笑みを自分に向けられたなんて、日向が羨ましすぎる。

「日向くん、運動神経と反射神経が良いし、自分の体を思うがままに扱えるセンスがある。ねぇ、日向くん。もしかして中学の時部員数少なかったりした?」
「うぇ!?あっ、うん、そうだけど…おれの中学、バレー愛好会は合ったけど、部活は無くて……。3年生になって、1年が3人入部してくれて、それで」
「友達も入れて、やっとまともに練習と試合が出来たって感じ、かな」
「そう!凄い、白崎さん。おれのこと近くで見てたみてぇに、全部当たってる!」

マジか。それは本当に凄い。俺と田中は、日向が出てた試合を見てたから、日向のチームが日向以外初心者だと知っているけど、白崎さんと日向は今日初めて会ったと聞いた。ボール拾いをしながら、日向のレシーブを見ていたのだろうけど、日向が持つ才能とセンスを見つけ、過去を言い当てる。日向が近くで見てたんじゃないかと言うのも納得してしまう。俺が日向の立場だとしても、同じことを言うな。
つーか、白崎さんは目と頭がいいな…。

「ふふっ。ちょっと想像豊かなだけだよ。…とりあえず、日向くんは練習時間が圧倒的に足りてないし、中学生の時はスパイク練しかして無さそう」
「うぐっ!」
「でも、仕方ないと思うよ。スパイクはいいトスを望まないのであれば、誰かがトスを上げてくれるだけで練習できる。だけど、レシーブ練習はそうじゃない。ある程度経験者、上手な人とやらないと練習にならないから。壁とやるとしてもディグは出来ないしね」
「た、確かに……」
「でもさ、今は違うでしょ?」

白崎さんは、俺、田中、そして最後に影山を見詰め、

「日向くんは1人じゃない。日向くんにしかない素敵な才能とセンスがある。まだ、唯の石ころからもしれないけど、毎日磨いたら、きっと」

どの応援も尊いもので素敵なものだと分かっている。だけど、真っ赤に染った日向の中でトップクラスの応援だっただろう。何故なら、彼女がくれたその鼓舞は日向の傷を癒すもので、そして

「輝く宝石になれるよ」

心臓を撃ち抜くものだったんだから。

集中している時の旭の様に誰か殺ったかのような顔をしながら、白崎さんの背中を見詰める影山が視界に入る。この子を独占すんの大変だろな、影山と、思わず同情してしまった。
でもだからこそ、離れていかないように、あんなに手を絡め、恋人という一時の関係ではなく、一生を共にする結婚にこだわっているのかもしれない。



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