見えもしない影に怯え


休憩中だったが、影山にトスを上げて欲しくて名前を呼んでみたけど、返事が返ってくることは無く、そもそも体育館に彼奴の姿が見当たらない。しかも沙智ちゃんも。……まさか、またあの2人隠れてイチャイチャしてるんじゃ!。昼休みに一緒に飯を食べてみたけど、その時も恋人のように"あーん"をしてたし、何処へ行くにも手を繋いで歩いてたあの2人。まだ2人と出会ってそんなに経ってないけど、イチャイチャしたり、傍に居ないと死ぬ病気なの?って聞きたくなるくらい、2人は何時も一緒にいる。だから、今も2人の姿を見かけない=一緒に隠れてイチャイチャしてるに決まってる!。大きな声で影山ァー!と呼ぶと近くにいた月島と山口から五月蝿いと怒られた。

「だって、また影山と沙智ちゃん!隠れてイチャついてるから!」
「はァ?どういう事?」
「言われて見れば影山も沙智ちゃん居ないね…?」
「……清水さんからジャージ受け取ってたのは見た」

月島はそう言うと顎に手を当てて考え出し、は!と何か思いついたのか、一目散に倉庫へと駆け出した。ツッキー!?と追いかける山口の後ろについて行き、

「ちょっと王様!開けっ」

月島が断りを入れる前に倉庫の扉が勢い良く開いた。中から何時ものように手を繋いでいる影山と沙智ちゃんが居たが、沙智ちゃんの着ているジャージが学校指定の物じゃなくおれたちと同じ、

「沙智ちゃんもジャージ貰ったの!?」
「ぇっ!う、うん。そうなの、さっき…!」

と、何処か焦った風に答えられた。んん?何か顔もちょっと赤い様な……。前に影山が沙智ちゃんは滅茶苦茶身体が弱いって言ってたから、まさか風邪!?。合宿前なのに大変だと声を掛けようとしたが、その前に月島が2人に声を掛けた。

「男と女、2人っきりの密室、何も起きないはずがない……王様、沙智に何したの。事に寄っては主将と先生に言いつける」
「ハァ!?…な、ナンモシテネェ…」

プイッと効果音が付きそうな勢いでそっぽを向きながら答える影山。いやどう見ても何かあったじゃん…。沙智ちゃんも挙動不審だし…。似た者同士ってこういうことを言うんだろうな…。

「嘘つくなら、もっと上手に隠せよ、影山……」
「素直でいい事なんだけどね…ははっ」
「沙智、こっち来て。そんなケダモノに近づかないで」
「え、で、でも…」
「沙智は渡せねぇぞ!月島!!」

影山は沙智ちゃんを取られまいと胸に抱き寄せるが、月島は負けじと彼女の腕を引っ張る。夏が持ってた少女漫画でこんなシーンがあったな。

「沙智を離せよ、月島」
「はァ?王様こそ離しなよ。僕はケダモノから沙智を守ろうとしてるだけ」
「あ゛?何もしてねェって言ってんだろ!」
「ダウト。目は挙動不審だし、ジャージを着替えに倉庫に行ったんだろうけど長すぎ。絶対何かあった」
「あの、2人、痛っ」
「普通に着替えを手伝ってやっただけだ!」
「絶対嘘。ケダモノの王様ならキスとかしたんデショ」
「〜〜っ!!」

2人の言い争いがヒートアップしていくにつれ、沙智がどんどん痛そうな顔をしていく。おれと山口でおい!と声を掛けるが、喧嘩中の2人には耳に入って来ない様で。というか、影山。反論しないってことはマジでしたのかよ……と、頭の片隅で呆れていると、遂に

「痛いの!!!!」
「「っ!?」」

叫んだ沙智ちゃんが月島の手を払い、影山の胸を押して逃げて、山口の後ろに隠れた。目は潤んでいるが、2人を睨みつけており(全然怖くない)、おれは慰めるように背中を摩ってあげた。

「うぅ……!」
「よしよーし、沙智ちゃん。痛かったよな〜」
「ツッキーに影山。喧嘩するのは仕方ないけど、沙智ちゃんを泣かせるのは本意じゃないでしょ?。謝りな?」
「悪い…」
「ご、ごめん。沙智」

つ、強ェ〜!山口!。俺様な影山と性格悪い月島を謝らせた!!。沙智ちゃんも2人が謝ってくれたからか、引きずる事無く山口の背中から出てきて「良いよ」と許していた。おれだったらジュース奢れ〜!とか言うけど、謝ってくれたら其れで終わりらしい。山口もうんうんとにこやかな頷いていて、お父さんみたいだ。何かキャプテンとか縁下さんに似てんな…。
一応喧嘩?も終わったみたいだから、話を変えてもいいだろうか。倉庫で何してたのか気になるけど、影山は怒りそうだし、沙智ちゃんも困るだろうし。

「其れにしても沙智ちゃん、似合ってんね!ジャージ!」
「!。ほんと、翔くん!」
「うん!。なんかこう…カッコイイ!」
「語彙力無さすぎデショ」
「何だと月島ァー!」

茶々を入れてくる月島に吠えると、ホントのことじゃん?と真顔で言ってくる。ホント此奴はァー!。ムキーッと飛び掛かろうとしたら、

「部活終わったら、みんなでお写真撮ってもいい?」

こてんと可愛らしく首を傾げて沙智ちゃんは頼んできた。特に断る理由もないため、即座にいいよ!とおれが言うと月島も山口もいいよと言う。沙智ちゃんって写真撮るの好きだよな。おれと影山が入部した時も写真撮ろって誘われた気がする。そんな事を思い出していると、今まで何も話さなかった影山が口を開いた。

「またあの人達に送んのか?」
「ん。にぃとににに送って、自慢するの。かっこいいでしょ!って」

沙智ちゃんのお兄さん。確か2人居て、おれでも知ってるスポーツメーカーの次期社長さんと日本バレーボール協会の人だ。それ以上の事は聞いたことがないけど、どっちもスポーツに関係する仕事をしてるから、スポーツが好きなのだろうか。特にバレーボール協会なんて、絶対バレーボール好きじゃん!。昔やっていたりしたのかな!。

「沙智ちゃん、沙智ちゃん!」
「ん?どうしたの?」
「沙智ちゃんのお兄さんってバレー好きなの!?」
「え。うーん……」

沙智ちゃんは何故か悩み出して、いつの間にか彼女の隣に立っていた影山に視線を向けた。影山も沙智ちゃん同様に顎に手を当てて唸っている。何、その反応。そんなに悩むことおれ、聞いた??。

「にぃは…好きなんだけど、やるより…こう、チームを作るのが好きみたい」
「チーム?。え、監督とかコーチやってるの?」
「ううん。全国ですごい選手をスカウトして、世界に通用するチームを作るのがにぃのお仕事なんだって」
「全国!?世界!?!?」
「す、すっげぇー!沙智ちゃんのお兄さん!」
「凄いバレー好きじゃん」

月島の言う通り、世界相手に戦うチームを作ろうとするなんて絶対バレー好きじゃん!。あれ、という事は沙智ちゃんのお兄さんにいい所を見せたら、おれも日本代表のバレー選手に成れたりすんのかな!。おぉすげぇ!と興奮しているおれを他所に沙智ちゃんは何処か浮かない顔をしていた。其れをフォローする様に影山が話し始める。

「好きだと思うんだけど、何か目的が合ってやってるみたいなの」
「目的?」
「うん。私にもひーくんにも教えてくれないから、それが何かは分からないのだけど…」

チラリと影山を見るが、影山も「あぁ」と同意した。
目的…目的か。なんだろう……。世界1になりたいとか?。でも、其れが目的なら自分も選手として参加してみたくなんねーかな。おれは絶対そうなる。おれも世界の強い奴等と戦いてーもん!。見てるだけ、作るだけじゃ勿体なくね!?。

「にには普通、かな。バレーだけじゃなくてスポーツ全般やるより見てる方が好きみたい」
「あの人は頑張ってる奴を応援すンのが好きみてーだぞ」
「確かに…甲子園見てる時よく泣いてたね、ふふっ」

甲子園で泣く……結構涙脆いのか?。動物の感動映画ものでも泣くのかな、その2番目のお兄さん。
何となく1番目のお兄さんより優しそうだ。会ったことも無いくせに、涙脆いってだけで判断してるけど。

その後も沙智ちゃんのお兄さんの話を聞いていたら、清水さんに沙智ちゃんは呼ばれて行ってしまった。ゼッケンの準備って言ってたから、試合でもすんのかな!楽しみだ!。ぴょんぴょんとジャンプをしてアップをしてると、

「……沙智の兄は凄ェ人だけど」

苦い物でも食ったのか、顔を歪めながら影山は話し出した。

「基本沙智至上主義のシスコンで、自分が楽しければ、後はどうでもいいって人達だ」
「え?」
「何それ、王様の自己紹介?」
「あ゛!?」

確かに。影山も沙智ちゃん大好きだし、俺様で自分勝手でスパイクもレシーブも全部俺一人でやりたいなんて言う程、勝つ為には周りの奴らを置いて行ってしまおうとした前科がある。本人はもうしないって言ってるけど、昔を知ってる月島とかにしたら自己紹介に聞こえるのかも。

「月島と及川さんを足して出来たような人たちだから、沙智が居ねェ時に関わらない方がいい」
「うわ!性格悪そっ!」
「なんだとぉ!ツッキーは性格悪くないから!」
「山口、五月蝿い」

月島と大王様を足して出来た人達なんて、どんだけ怖い人なんだ……。影山も何処かげんなりした顔してる。お前、よく虐められたり、玩具にされてたんだろ。
影山は続け様に「肇さんも双子の人を思いやる心とか良心はお母さんのお腹に置いてきて、沙智が其れ全部持って産まれてきてるって言ってたくらいだ」と話す。肇さんって確か沙智ちゃんの父親で、親からそんな事を言われるって…。ふ、不良ってこと!?。いやでも次期社長にスカウトマン?だ。そんな人達がオラオラ言ってるところは想像出来ないけど……ひぃい怖すぎ!。さっきまで優しそうな人かな?とか思ってたのに!。前言撤回だ!。

ガクガク震えてたら、体育館の扉が大きな音をたてて開いた。開けたのは武田先生らしく、少し息を切らしながら入ってくる。そして、武田先生の隣に何処か見覚えのある人も一緒に入ってきた。

「みんな、集合ー!」

号令と共に駆け寄れば、その人の顔が良く見えて。……あ、坂の下商店の人だ!。でも、なんでこの人がここに?。他の人たちも同じ事を考えてるらしく、首を傾げている。そして、

「今日からコーチを務めてくれる烏養くんです!」

……………コーチ!?!?。



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