早く目を覚ましてあげて



「紹介します!。今日からコーチをお願いする烏養君です!」
「音駒との試合までだからな」

潔子先輩とゼッケンの準備をしている間に訪れていた武田先生がそう言った。先生の隣には坂ノ下商店の店員さんの姿が。あと、烏養って……ひーくんが言っていた烏養監督の身内の人だろうか。潔子先輩の隣で首を傾げていると、田中先輩が「え、でも坂ノ下の兄ちゃんだよな?。本当にコーチ?」と先生に問い掛ける。

「彼は君達の先輩で、あの烏養監督のお孫さんです!」

やっぱり身内の人!。先輩って事は、烏野高校出身でバレーをやっていたってことだろう。其れにおじちゃんと孫でバレーをやっていたなんて、ひーくんと同じだ。一与さんもバレーのコーチをやっていて、ひーくんはよく一緒にバレーをしてた。私は何時も応援してたなぁ。

「"坂ノ下"じゃないの!?ですか!?」
「母方の実家の店なんだよ」

覚束無い翔くんの敬語を無視して、烏養コーチは答えた。そう言えば何で音駒との練習試合迄なんだろう。昔は音駒とよく試合をしてたらしいから、今の音駒に知り合いでもいるのだろうか。だとしても、今後ずっとコーチして欲しいなって思う。やっぱりバレーを経験した人に教わった方がいいし、武田先生も考えているかもしれないけど、"烏養"っていう名前の価値は大きい。切れてしまった他校との繋がりも復活するかもしれない。復活すれば練習試合も沢山組めるかもしれない!。音駒との練習試合迄に、今の烏野が凄いんだぞ!って思って貰えたら、期間が無期限延長にならないかな…。普通に練習見てもらうのも大事だけど、やっぱり試合で沢山勝つ方がインパクト有るよね…試合、試合……GW迄そんなに無いけど試合組めるかなと考えていると、烏養コーチから絶好の機会を与えられた。

「時間が無ぇんだ。さっさとやるぞ!。お前らがどんな感じか見てえから6時半から試合な!」
「えっ!?相手は!?」
「烏野町内会チームだ」


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□


「ひーくん、試合頑張ってね!」
「おう。やるからには勝つ」

相手が大人でもひーくんはいつも通りだ。6人で強い方が強い。大人とか子供とか関係ないもんね。ふふっと笑っているとひーくんに頬を擽られる。

「ご機嫌だな」
「ん。ジャージを貰えて、試合も出来て嬉しいの」
「………アレは?」
「ん?あれ?」

質問の意味が分からなくて首を傾げると、内緒話をする様にひーくんが私の耳に囁いた。

「俺とのキス」
「ぴっ!」

忘れていた訳じゃないけど、思い出さないようにしていた事だ。現に恥ずかしさで顔が赤くなっていく。逃げる様にひーくんの胸を押すが、其れより強い力で肩を掴まれてひっくり返された。そして逃げ道を塞ぐ様に背中から抱き締められた。腕を引っ張っても力負けしており、寧ろ大人しくしろと頭にひーくんの顔が乗っけられた。

「ぶ、部活中!」
「逃げようとする沙智が悪い」
「恥ずかしいんだもん!仕方ないの!」
「仕方なくねェ」

ひーくんがお仕置とでも言うかのように、右手が私の頬を摘んだ。痛い訳じゃないけど、話しずらい!。「いひゃい!」と叫んでもひーくんは「柔らけェ」と聞いてない。何なの、もー!と唸っているとパチンと携帯電話を閉じる音が聞こえた。さっきまで烏養コーチは色んな人に電話を掛けてる様子だったけど、終わったのかな。でも、顔はちょっと残念そうだ。此処に来る前に集めておいた!と言ってはいたけど、人数が足りないのかも。今日は平日だから、大人は仕事をしてるもんね。
私の予想は当たっていたらしく、烏養コーチは溜息を吐きながら、

「…くっそ…やっぱり平日のこの時間に、全員は無理か」

そう言うと同時に体育館の扉が開き、4人の男性が入ってきた。あの方たちが町内会チームだろうけど、やっぱり人数が足りない。烏養コーチが入っても5人だけど、コーチは試合に参加するより外で見たいだろうし。其れにしても皆さん、若いなぁ。大人になってもバレーを続けているようだから体力は有りそう。んー、ちょっと苦戦しそうだ。

「ひぃくん」
「ん?」
「ほんお、がんばっちぇね」

頬を掴まれているせいで上手く言えなかったが、思いは伝わったらしく、「おう」と返事と共に頬から手が離れた。無意識に引っ張られていた頬を摩っていると、烏養コーチから「そろそろ始めるぞ」との言葉。試合大好き組である翔くんやひーくん、田中先輩の大きな返事の中で、俯いて迷ってそうな西谷先輩がいた。西谷先輩も試合とか好きそうなのに、緊張しやすいのかも。俯いて立ち止まっている先輩に気づいた烏養コーチが声を掛けるが、澤村先輩が待ったをかけた。

「すみません。そいつはちょっと…」
「何だ?訳ありか?怪我か?」
「いや、そうじゃないんですが……」

申し訳なさそうな顔をしている先輩2人。
何となく旭先輩関連かなと思う。西谷先輩って男気溢れる義理堅いタイプっぽいから、旭先輩が不在な今自分がチームに入って試合に勝ってしまったら、旭先輩が居なくても勝てるって証明するのが嫌なのかもしれない。たまたま、まぐれで勝ったとしても、白星が着いてしまうのが嫌なのだ。でも、自分も不在のままなら勝っても負けても、旭先輩が傷つくことは無い。今回は町内会チームとの試合だけど、このままだと音駒との練習試合でも西谷先輩は出ないって言いそうだ。西谷先輩の気持ちも分からなくもないけど、折角リベロが揃った新しい烏野のチームが見れないのは残念だと思ってしまう。欲張りだなぁ、私。
みんなが納得した形でバレーをやるのが1番なのに。

「怪我じゃねえの?。…よく分かんねえけど、じゃあ町内会チームには入れるか?。こっちのリベロは仕事で来れねえんだよ」
「あ、其れなら……」

西谷先輩は特に何も言わずに、町内会チームのコートに入っていく。今は仕方ないとしても、烏野として戦いたいって心の何処かで思っていてくれるといいなぁ。じっと先輩の背中を見ていると、「あっ、アサヒさんだっ!!!」と大きな声が体育館に響いた。その声の主は翔くんで、翔くんは何故か窓に張り付いていた。何だかその姿が気に張り付くセミのようだ。翔くんもセミの鳴き声かのように「アサヒさん!」と連呼している。この騒ぎのおかげで旭先輩の存在に気がついた烏養コーチは、体育館の扉を開けて旭先輩を引き込んだ。

てっきり見学とか様子見で来ていたところを翔くんに見つかったのかと思ったけど、旭先輩の格好は烏野のジャージを着ており、バレーシューズも持っていた。コレはどう見たって参加しに来た感じで……!。
思わずひーくんの裾を引っ張って、

「戻ってきてくれた!」
「…とりあえずな」
「ふふっ。其れで嬉しい!」
「沙智の煽りが効いたかもな」
「…はっ。後で謝りに行くの……」
「喜んだり落ち込んだり忙しいな、沙智は」

そうだった。煽ったつもりは無かったけど、ひーくん曰く煽ってると言われるし、思い出してみたけどかなり失礼な事を言っていた。ちゃんと聞いてくれたお礼も込めて謝罪しに行こう……。ひーくん、着いてきてくれるかな。いや、1人で謝った方がいいよね…。さっきまでわくわくしてたのに、試合後のことを考えるとずーんとしてしまう。怖い人じゃないって分かってるのに。

私の気持ちとは裏腹に町内会チームのメンバーはどんどん揃っていき、後はセッターのみとなった。

「"三浦"とも連絡着かねえし、俺は外から見てなきゃだしな…」

三浦…?。何処にでも居るような苗字。だけど、私の身近の人で同じ苗字の人がいるせいで反応してしまう。ひーくんも気になったのか、私に視線を向けてきた。
私の執事であるりんちゃんこと、三浦竜胆。でも、りんちゃんがバレーをやっていたとか町内会チームに入ってるって話は聞いたことは無い。……でも、ひーくんとにぃでバレーをやっている所は何度も見たことあるし、烏野高校出身って言っていた。…いやいや、そんなまさかと首を振る。

三浦って人がりんちゃんかりんちゃんじゃないかとは置いとくとして、町内会チームからセッターが足りないのは確かであり、セッターが居ないとチームにならない。だから、烏養コーチが

「お前らの方から1人セッター貸してくれ」

と、お願いしてくるのは分かっていた。ひーくんと菅原先輩。翔くんの囮とかを機能させるなら青城同様にひーくんが出る方がいい。でも、烏野本来の正セッターは菅原先輩で、私も菅原先輩主軸の烏野バレーも見てみたいとは思う。んん、悩みどころだ。セットごとに交代とかダメかな。だけど、菅原先輩はスタスタと町内会チーム側へと歩いていってしまった。その姿は妥協と諦め……要は譲っているように見えた。ひーくんもそれを感じたのか

「…俺に譲るとかじゃないですよね。菅原さんが退いて俺が繰り上げ……みたいのゴメンですよ」

部活に入部できた日の帰り道を思い出す。
あの頃からひーくんは変わらず、菅原先輩と勝負してセッターをやりたいと望んでいる。譲られてなりたい訳じゃない。ひーくんの静かな怒りを感じる。菅原先輩も其れを感じ取って居るのか、握った拳が僅かに震えた。だが、もう一度握り直した拳に迷いは無く。

「俺は…影山が入って来て、正セッター争いをしてやるって反面、どっかで…ほっとしてた気がする」

あの時の瞳と意志は嘘じゃない。
菅原先輩はちゃんとひーくんと争う気でいてくれた。

「セッターはチームの"軸"だ。1番頑丈でなくちゃいけない。でも、俺はトスを上げることに…ビビってた」
「………」
「俺のトスでまたスパイカーが何度もブロックに捕まるのが恐くて、圧倒的な実力の影山の陰に隠れて……安心……してたんだ…!」

旭先輩、西谷先輩の復帰の事もあり、菅原先輩の恐怖心は膨れ上がっていたのだろう。自分のトスでスパイカーが捕まるのが怖い。また仲違いするのが怖い。チームがバラバラになるのは嫌だと。
確かにひーくんの実力は頭抜けてるし、もしかしたら旭先輩の前に立つブロックを切り開くことが出来るかもしれない。

だけど、本当に其れでいいの?。
菅原先輩は、

「旭先輩と西谷先輩と一緒に戦いたいんじゃないの?。ひーくん」
「っ!?」
「あ?」

振り返ったひーくんに更に続けて言う。

「菅原先輩が今1番トスをあげたいのは、私たちじゃないってこと」

違うかな?と菅原先輩を見つめると、先輩は豆鉄砲が当たった鳩みたいに目を丸くしていた。でも、直ぐにいつもの悪戯っ子顔でにいっと笑う。
ひーくんに安心していたのかもしれない。そもそもひーくんのような凄い人が居たら頼ってしまう気持ちも分かる。でも、菅原先輩はまだ勝負に降りたつもりはない。先輩は旭先輩と目を合わせると

「もう1回俺にトスを上げさせてくれ、旭」
「!」

菅原先輩はもう戦う気だよ。旭先輩はまだ立ち止まったままでいいの。此処に来た理由って何。一緒に戦う為にここに来たんじゃないの。旭先輩の驚いた顔を見ながら、ぐるぐると考える。

「だから、俺はこっちに入るよ影山。負けないからな」
「俺もッス」

晴れやかなその顔にもう迷いはない。
迷ってるのはあと一人だ。


早く気づいて。
先輩はひとりぼっちじゃないよ。



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