ずっとこのままでいよう

「……………」
「……………」

気まずい。その一言に尽きる。
朝練の後から何故かひーくんの機嫌が悪い。話しかけたら話してくれるけど、ひーくんから声を掛けてこない。何時もならひーくんから話しかけてくれることが多いのに。それに綺麗な顔にずっと眉間に皺が寄っている。今に跡が着いてしまいそうで心配である。
何か朝練の時合ったかなと授業中、休み時間と考えてみたけど、これといって思いつかない。ちゃんと体育館は使えたし、菅原先輩という協力者も見付けた。田中先輩と合わせられたし、セットアップの調子も良かった。なのに何で。
まあ、ずっとご機嫌で居てってとは思わないけど、

「ご飯の時くらい、ムスッてしないでよ…」
「あ゛?」

今は昼休み。ひーくんママが作ってくれた2人分のお弁当を机に広げながら、ひーくんと食べている。左隣に座る不機嫌なひーくんとの食事は楽しくない。折角ひーくんママが作ってくれたのだ、美味しく頂きたい。

「何で怒ってるの?」
「怒ってねェよ」
「嘘つかないで」

箸を置いて詰め寄るとひーくんも食べていたおにぎりを置いた。

「唯、ご機嫌が斜めなの?。それとも私が何かしちゃった?」
「………お前、よく素直に聞けるよな」
「本当は自分で考えて謝るのがいいけど、昼休みになる迄考えたけど分からなかったんだもん……。それに理由が分かってないくせに、謝られるのは嫌でしょ?」
「それはそーだけどよ……はぁ」
「私のせいでご機嫌斜めなら、ちゃんと謝って直したい。…嫌われたくないもん……」

ひーくんはまた大きな溜息を吐いた。そして、頬杖していた手を伸ばして、ムギュっと左頬を引っ張られる。痛いと驚いているのもつかの間、右頬も引っ張られ、両頬が痛い。

「いひゃい……にゃんで……」
「沙智が馬鹿なこと言ったからだろ」
「ひぇ………」

ひーくんに馬鹿って言われた。凄いショック。バレーのゲームメイク、知識は負けるけど、それ以外は絶対私の方が頭良いのに!。悔しくて引っ張る両手を掴んんでみるけど、力は負けるのでひーくんの手は中々外れない。

「沙智には怒ってねェよ」
「んんー、ひっぱりゅの、や…!」
「ムカついてんのは………チッ。おい、沙智」
「にゃ、に……?」

話しかけてくれるのは嬉しいけど、手を離して欲しい。お願いしようかと思ったけど、ひーくんは、真っ直ぐに私の瞳を見詰めるから言い出せなかった。

「ずっと一緒に……俺だけを見てろ、よ」

ひーくんがなんでそんな当たり前のことを言うのかが分からなかった。でも、ひーくんの表情は何処か不安げで、私は兎に角彼を安心させたくて頷いた。
その反応に溜飲が下がったのか、やっと頬を掴む手が降りた。

「何が嫌だったのか分からないけど、」
「………」
「私はひーくんとずっと一緒にいるよ。ひーくんのこと大好きだもん」
「おう……俺も沙智が好きだ、大切、離したくねェ…」
「……大切なら頬抓ったこと謝って」
「アレはお前が悪いから、俺は謝らねェ」

腫れた頬を膨らませて、ひーくんを睨みつける。ひーくんも負け時と睨んで来るけど、先程の様な冷たさは無くなっていた。何時もの調子が戻ったみたい。
ひーくんの機嫌が治ったのは良かったけど、謝ってくれないひーくんにちょっとムカついたので、食後に2人分の苺を1個多めに食べた。其れに気づかないひーくんに対して

「やっぱりひーくんの方がおバカさんだよ」
「急になんだよ」
「秘密!」
「……そういや、沙智。普段全然飯食わねェけど、今日は食欲あったな。苺、俺の分まで食べたし。美味かったか?」
「………まさか気づいてたの…!?」
「何が?。まぁ、沢山食えよ。じゃねェと折っちまいそうになる」
「折りっ!?」
「後で食後の運動にジュース買いに行くぞ。今日はミルクティーの気分だろ」
「え、うん。じゃなくて、折るってどういう…」
「あ、薬の準備しねェと。水、残ってるか?」
「あ、うん……」

ゴソゴソのりんちゃんから預かっている私の薬をバックから取り出している姿を見て思う。
ひーくんはバレーと私の事に対しては天才なのかもしれない。ズバズバ言い当てられてちょっと怖いけど……。

「そういや朝練の時嘘ついただろ。アレ、…何」
「ぴっ!」



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□


薬を飲み、ひーくんと一緒に食後の散歩がてら自販機にやって来た。今日菅原先輩に教えてもらった恋人繋ぎをしながら。ここに来るまで色んな人に見られたけど、ひーくんは特に気にして無さそうに私に話しかける。

「気持ち悪くなったりしてねェか?」
「………」
「おい、沙智」
「あっ、ごめんなさい。気持ち悪くはないよ」
「考え事か?」

小さく頷く。今迄あんまり気にはしてなかったけど、周りの人から見たら私とひーくんは仲良しに見えるのかなって。そしたら嬉しいなぁって。

「……まぁ、仲悪そうには見えねーだろ」

確かにそうだ。なら、私以外でひーくんと手を繋ぐ人が居たら、今の私たちみたいに仲良しに見えるのかな。それは嫌だなぁ。私の方がひーくんと仲良しだし、大好きだもの。居るかも分からない空想の人物を考えると胸の当たりがモヤモヤして、気持ち悪くなる。

「そうだね。……あのね、ひーくん。お願いがあるんだけどね」
「ん?」
「恋人繋ぎをするのは、私だけにして欲しいなぁ…」
「……………」

ひーくんの足が止まる。繋がっている私も一緒に引っ張られるように止まってしまった。あれ、私、変な事言っちゃったかなと振り返ると、耳迄真っ赤に染まり、天を仰ぐひーくんが居た。照れて、る??。

「………心臓が…痛てェ……」
「え!?ひーくん大丈夫!?」
「あァ…うん、大丈夫………多分」
「多分!?」

あわわ、ひーくんが死んじゃう!。何時もは其方側だから、こういう時何をすべきか直ぐに浮かんで来なくて、ひーくんの傍で慌ててしまう。だけど、私の焦りがひーくんに伝わっていないのか、握られている手を強く握り締められた。アレ、力を込められるって事は平気そう?。

「ひーくん、本当に大丈夫……?」
「…おう。沙智、お前、急に可愛いこと言うの禁止な。死にかける」
「どういうこと…??」

可愛い事言ったかな、私。
お願いしただけなんだけどなぁ。
ひーくんの顔色が戻ったので再び歩き始める。

「……沙智も」
「ん?」
「沙智も俺以外と恋人繋ぎ、すんなよ」
「うん。ひーくんとしかしないよ。約束」
「おう」

また新しい約束を紡いでいると、目的地の自販機に到着。ミルクティーにしようとポケットからカヴァス似の小銭入れ(執事:竜胆作)を取り出す。ひーくんは既に何時ものぐんぐんヨーグルトを買っていた。待たせる訳にも行かないから、慌てて小銭を入れていると菅原先輩の声が聞こえた。ひーくんも気づいたみたいで、建物の影に隠れながら、声のする方に聞き耳を立てていた。私もミルクティーを持って、ひーくんの様に聞き耳を立てる。

「日向はさ、影山を倒したくてバレーやるの?」

日向くんも居るの?とひーくんに視線を向けると、小さく頷いた。もしかしたら菅原先輩と一緒に昼休みも練習していたんだ。朝練の時にひーくんに結構キツめにいわれてけど、負けず嫌い精神に火が付いたのかも。

「えーっと…影山を倒せるくらい強くなりたいんです」

ずっと気になっていたけど、何でお互いにライバル意識が高いんだろう。チーム内でも競争心があるのはいい事、切磋琢磨し合えるから。2人が合ったのって昨日が初めてだと思ったけど、実は違うのかも。中学の時の対戦相手とか?。日向くん、3年生の時やっと試合に出れてたと言ってた。その時の対戦相手だったのかな。中学の時、殆ど入院したり自宅療養だったから、最後のひーくんの試合以外行けなかった。今思えば、無理してでも見に行けばよかった。そしたら、2人の確執も分かるのに。ちょっと寂しい。

「そうすれば、きっと色んな強い相手とも互角に戦えるし、試合で簡単に負けたりしない。………おれ、もう負けたくないです」

なんかこの感じ、隣に立つこの人と似てる。
チラリとその人を見れば、彼の闘争心に火がついた様で。

「行くぞ」
「うん。…………ねぇ、ひーくん」
「おう」
「負けられないね」
「負けねェよ。……彼奴には絶対ェ負けねェ」

良かった。同じくらい高い熱意と闘争心を持つ人が居て。仲間内にライバルがいる限り、ひーくんはひとりぼっちにならない。

ありがとう、日向くん。




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