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絶望より悪いもの

「オムライスと、具無しですがコンソメスープです。お口に合うといいんですが…」
「わぁ………!」
「後、すみません。卵とお米とか使い切ってしまって」

花撫はブンブンと首を振る。寧ろあの何も無い冷蔵庫から、良くここまで錬成できたものだ。卵はこの前おとうさんがつまみを用意しろと言われて、だし巻き玉子を作る際に買ったものだったが、お米なんて何処にあったのか。そんな疑問が顔に出てたのか、降谷はキッチン棚の奥にしまってありましたよと答えた。

「スープのお代わりは沢山あるので、欲しくなったら言ってくださいね」
「は、はい」

小動物の様に震える花撫を横目にいただきますと挨拶し、スープを1口。うん、まあまあだな。野菜とか有ればもっといい物を用意できたが、無いものは仕方ないか。花撫も降谷の真似をする様にいただきますと両手を合わせて、スープを1口。

「……あったか、い」
「フフ、なら良かった。身体、きちんと温めてくださいね」
「は、い」

降谷はさっきあったことを振り返る。
お湯にはいい思い出がない花撫は、何時も冷水で髪や身体を洗っていた。例え降谷がお風呂を沸かしてくれたとしてもお湯にトラウマがある彼女は使えなかったのだ。お風呂から出ても冷えきった身体は何時ものことな花撫だが、腫れた頬を治療しようと待っていた降谷にとっては驚愕の一言だった。
髪から滴る水も、触れた頬も氷のように冷たい。降谷はもう一度きちんとお湯で身体を温めてきてくれとお願いしようとしたが、降谷が驚いたせいで花撫は"冷えきった身体は良くないものだった"ってことを知り、降谷が持っていた救急箱を奪い取ると、逃げ出す様に自分の部屋へと駆け込んだったのだった。

ビックリしてますなんて顔に出すんじゃなかったなと後悔。伸ばした手は空気を掴むだけで、掴みたかった彼女は逃げるように部屋に籠ってる。俺のせいだが、本当に不甲斐ない。飯は食べてくれるのだろうか。そんなつもりは無いが、『君のために夕飯を作ったんだ』という圧は彼女に伝わっているだろう。なら、例え俺のことが苦手でも怖くても食べに部屋から出てくるだろう。こういう子供は命令に逆らうと怖い思いをすると知っているから。

「…………温め直すか…」

胸糞悪い。


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予想通りに彼女は部屋から出てきた。
真っ赤に腫れた頬を大きな湿布で隠して。
まだ体温が上がってきてないみたいで、花撫の身体は小さく震えており、急いでオムライスとスープを盛り付ける。温め直しておいてよかった。

小さな口をもぐもぐと一生懸命に動かしながら食べてる花撫を観察しながら、降谷も食事を進める。
ウサギみたいだなと、ウサギの食事シーンを思い出した。女子高生ってこんなに小さな生き物だったか?。この子だからか??。

無言の為食べるスピードも早くなり、降谷の方が先に食べ終わった。

「ご馳走様でした」
「あっ……」

俺がそう言うと彼女はさっき迄よりスピードを上げて食べ始めた。頬を膨らませて食べるおり、ハムスターの様だ。

「いいんですよ、僕に合わせなくて」
「むぐ、…ん、え?」
「僕は食べるの早い方なんで。花撫さんはゆっくり食べる人でしょう?。それに慌てて食べたら喉を詰まらせますよ」
「…………降谷さん、は」
「はい」
「………なんでもない、です。ごめんなさい」
「いいえ、言いたくなったら教えてください」

目を潤ませる彼女は、何と言いたかったのだろうか。
優しい人?いい人?。
どれも不正解。
俺はずっと怖くて嘘つきな人だ。

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「ごち、そうさまでした」
「お粗末さまでした」

降谷さんの真似をする様にパチリと両手を合わせて言うと、降谷さんは柔らかく微笑む。
今迄誰も私に向けてくれなかったそんな顔で。
胸が苦しくなる。泣きたくなる。
どうしてこんなにも優しくしてくれるの?。
こんな私を。
やっぱり神様なのかなぁ。

さっき、そう伝えたかったけど、言ったらこの魔法のような幸せな時間が解けてしまうのが怖くて言い出せなかった。いつか見たシンデレラの絵本と同じ。24時になったら魔法が解けるように、この幸せな時間にもきっと終わりが来る。多分降谷さんが帰ろうとしたその時にこの魔法は解けてしまうのだろう。だけどその時まで私はこのぬるま湯のような空間にひたっていたい。これから先この思い出だけで生きられるような、そんな。

「花撫さん?花撫さん、大丈夫ですか?」
「………あ、はい!」
「ボーっとして大丈夫ですか?。体調が悪くなったり」
「だ、大丈夫です…!」

神様に心配をかけてしまった。駄目だ、いけない子。私は元気です、大丈夫ですと血反吐を吐くまで覚えさせられた言葉を降谷さんに言えば、降谷さんは一瞬眉を歪めたが、『ならよかった』といつもの微笑みを浮かべてくれた。

「では、僕は食器を洗ったら帰りますね。近々にきちんとしたお礼の品を持って、また逢いに来ます」
「か、帰る………」
「えぇ。仕事があるので」

ピシャリと線を引かれたを感じた。
引き留めるなと暗に言われた。
大丈夫、分かってる。降谷さんは日本を守る公安警察の人。大忙しな人。私なんかの面倒なんて見てる暇もないくらい忙しい人なのだから。………あ。

「そう言えば」

食器の水洗いの音で花撫の声は掻き消された。花撫は、このタイミングである事を思い出したのだった。
降谷の身分を調べる時に所持品を漁った、あの時を。

花撫は一番最初に警察手帳を見たが、その後に彼女は降谷の財布の中も見たのだった。決してお金を盗もうとか不純な気持ちではなく、この警察手帳が本物か区別が花撫にはつかなかったため、財布の中にあるであろう運転免許証や保険証も見ておきたかったのだ。
そして知ったのだ。

降谷零はちゃんと存在した人物であること。
降谷零のもう1つの名前が安室透であること。
降谷零は、

「降谷さん、お聞きしたい、ことがあります」

花撫の声色が変わったのを感じたのか、降谷は水を止めて彼女に体を向けた。

「どうしたんですか?怖い顔をして」
「あ、ごめんな、さい」
「いえ……。僕に答えられることなら何でも聞いてください」
「あり、ありがとうござ、いま、す」

花撫は少しだけ迷った。気になりはした。だから、学校の図書室で調べたのだ。
でも、気にしないでさようならをした方が、降谷にとってはいいのではないかとも思った。
だが、もし、本当に、本気で、誤字とかじゃなくて、真実だとしたら?。そんな"もし"を考えると花撫は話す事を止められなかった。
だって、もし、そうなら。
降谷さんは、神様は、独りぼっちってことでしょう?。

「東都の米花町って、何処、ですか?」
「……え?」
「あ、先に謝らさせてくださ、い。財布の中も、漁らせて、もら、いました。ごめんなさ、い」
「あ、いえ、見ず知らずの人を家に置くんです。調べるのは仕方ないことかと………いや、そんな事より花撫さん。貴女の質問の意味が分からないのですが」
「え……?。降谷さんの、免許証にそう書いてあり、ますよね?」
「え、えぇ、はい」

確かに書いてある。降谷零のものにも安室透のものにも。だって、此処は東都で米花町な筈だから。だが、彼女の言葉の意味を考えると、そんな、馬鹿なことが。

「学校で、東都と米花町を調べた、のですが、見つからなくて、。それに警察庁は各都道府県警察の監督、とかするとこ、ろで」
「………」
「ボスみたい、な、存在ですよね。だか、ら警察庁は日本の、首都、東京都の霞ヶ関にあります。東都じゃありませ、ん。………降谷さんは」
「…………………まさ、か」

花撫は知っている。
降谷零はちゃんと存在した人物であること。
降谷零のもう1つの名前が安室透であること。
そして、


「本当に、この国の警察官、ですか?」






降谷零は、私の知らない日本に住んでること。