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焦燥感と不純な心


ピチョンとシンクに水滴が跳ねる音が響く程、静まり返っていた。花撫の言葉が真実ならば、降谷は『自分の知っている日本とはまた別の日本に居る』ことになる。切っ掛けはアレだろうと想像が着くが、そんなファンタジーのような馬鹿なことが有り得るのか。
自分の中の常識が覆る訳が無いと確固たる自信はあるが、目の前に小さくなって座る彼女は嘘ついているように見えない。こんなバレるに決まっている嘘を着く必要もないが。

だが、降谷は花撫の発言を(当たり前ではあるが)信じる事が出来ず、花撫に頼みスマホの充電器を借りていた。気を失う前は60%はあったはずのスマホの電池が無くなっており、風見に連絡ができなかったのだ。勝手に父親らしき部屋にあった充電器を借りようかと迷ったが、礼をする必要もあったので別に急いで風見を呼び付ける理由もないかと充電するのを辞めていたのだった。しかし、彼女が言う『東都・米花町が存在しない日本に俺がいる』ことが本当なら、風見には連絡がつかない可能性がある。そもそもスマホの電波も届かないかもしれない。俺が契約している携帯会社の名前を彼女に伝えても聞いたことも無い会社名らしく、彼女が1つも嘘をついていなければ、俺の住む日本と彼女の住む日本は、日本という国名は同じでも中身が違うらしい。

「では、工藤新一も毛利小五郎も知らないと?」
「す、すみません。ゆう、有名な、方なんですか…?」
「工藤新一の方は最近新聞に出てないですが、眠りの小五郎はほぼ毎日新聞、ニュースに出ている方です」
「……ゆうめ、いじんです、ね……」
「えぇ。有名な探偵です」
「探偵……?」
「おや?探偵が珍しいですか?」

花撫はこくんと頷く。
花撫にとって探偵=シャーロック・ホームズというイメージではあるが、実際事件が起きても解決するのは探偵ではなく、警察官である。そもそも探偵が事件に首を突っ込む方が珍しいくらいだ。そう降谷に伝えると降谷は指を顎に当てながら考え込む姿勢をとった。

「………すみません、テレビ付けてもいいですか?」
「あ、はい。どう、ぞ……」

近くに置いてあったリモコンを降谷に渡すと、降谷はテレビの電源を着け、ポチポチと番組を変えていく。音楽番組、クイズ番組、お笑いに教育番組。
そしてニュース番組を写したら、降谷はリモコンを机に置いた。

降谷さんはニュースが見たかったのだろうか。警察官だから、やっぱり気になるのかな。
花撫も降谷に倣うようにニュースに視線を移すと、丁度スポーツ関係のニュースに映った。野球で何処かのチームが勝ったとかホームラン打ったとか、ゴルフで何処かの国の人が優勝だとか。あんまり普段とは変わらないニュースばかりだ。彼が本当に見たかったのはこういったニュースだろうかと疑問に思っていると、怖々とした声で名前を呼ばれた。

「何時もこういう感じ…なのですか……?」
「こういう…かんじ?」
「えっーと、平和というか、事件…殺人とか爆弾とかそう言った犯罪に溢れかえったりとかは……?」

なんだ、そのヨハネスブルグは。
殺人事件とかは1ヶ月に数回はあるかもしれないが、爆弾が出てくる事件なんて聞いたことがない!と首をブンブンと振って降谷の発言を否定する。
もしかして降谷さんが居た日本はそんな危ない所なんじゃないか。そう言えば降谷さんのスーツ、所々破けてるし、焼けたような煤で汚れていたし。まさか、そんなと想像したらスっと身体が冷たくなっていくのを感じた。

その時、ブーッとバイブの音がした。降谷さんのスマホの充電がある程度出来たらしい。降谷さんは待っていましたと急ぐようにスマホを手にし、私に背を向けて操作をし始めた。見ちゃダメだもんね、公安警察だもんねと少々寂しさを感じながらも、言葉にしないで大人しくテレビを見ることにした。いつの間にかスポーツ関係のニュースは終わっており、動物の親子が映っていた。甘える子猫と子猫にじゃれ着く親猫。
………………いいなぁ、羨ましい。

「花撫さん」
「…あ、はい!」
「すみません。予想通りでしたが、やっぱり県外だったので電話を借りたいのですが…」
「でんわ…………」

降谷さんは申し訳そうに眉を垂らす。電話…携帯電話は持っていないし、固定電話はない。どうしよう、力になれない…。そんな焦りが降谷にも伝わったのか、無いなら明日公衆電話探すので!と両手を振りながら、慌てるように花撫を慰めた。
だが、降谷の発言によりある事を思い出した花撫は、パッと顔を上げて降谷に声をかける。

「こう、公衆、電話!あります!」
「へ?」
「このマンションの前に公園、が、あって、そこに!」
「公園……あぁ、なるほど。……時間が時間ですが、花撫さん。少し案内を頼んでもいいですか?」

優しい降谷、花撫にとっての神様である降谷にそうお願いされたら花撫の返事は決まっているも同然だった。

「はい!任せて、くださ、い!」