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先ほどから、背後でカミソリを開いたり閉じたりする音が聞こえる

『・・・・・』

鼻歌も聞こえるので、よほど機嫌がいいのだろう
私にしてみれば、いつ斬られるかわからない状況である

シュっと音がして、それっきり音はなくなった
鼻歌も止まり、ソファに預けていた背を起こす音が聞こえた

『?』

気にせずにページをめくったが
首筋に触れた手に、ピクリと少しだけ反応してしまった
少し笑う声が聞こえる

髪を2つに分け、やや上のあたりでリボンで縛られた
満足そうに息をつき
リボンをほどいた

次は、サイドで三つ編み、次は団子、ポニーテール
器用なものだ

また、何かを開いたり閉じたりする音が聞こえた

『!』

頭に何かが当たる感覚があり反応すると
また、小さな笑い声が聞こえた

「櫛で梳くだけだ」

そう言って、少しずつ私の髪の毛を梳いていった
そのゆったりとした動作に、心地よさを感じ、ページをめくる早さはゆっくりになった

「新零」

『・・・何?』

「君は、死ぬのは怖くないのか」

『・・・・怖くないと言ったら嘘になるわ。今ここで発作が来て死を迎えるかもしれない
 そう思うと、少しだけ怖い。まだ読み終わっていない本があるというのにね・・・未練が残っちゃう
 でも、その刺激が私が生きていると感じるために必要なのよ、きっと』

「君は僕より先に死ぬのか」

『・・・・さぁね、貴方にだって急な死が訪れるかもしれない』

「そうだね、いずれ僕を殺してくれる人間が現れるのを待つとするよ」

『気長に待つのね。今の社会じゃぁそうそういないんでしょう?』

「その通りだ、だから僕は、君に殺されるのも悪くないと思う」

『・・・・お断り』

「残念だ」

『きっと、私より適任の人がいるわ。・・・貴方の死を背負えるほど私は強くない』

「・・・・・新零」

髪を梳く手が止まった

『何?』

「君は、僕が死んだら泣いてくれるのか?」

『どうして?』

「今の君は、すごく寂しそうに見えた」

『・・・泣いてほしいの?』

「・・・そうかもしれないな」

『・・・・・・・私より、長く生きてよ』

私は今、なんて情けない顔をしているんだろう

「それは、どうかな」

『・・・・・・・・・』

思わず手に力が入る

「・・・・・・・・・」

そっと頭を撫でる手は、いつも優しい

この人からは、今までなかったものをもらった
こんな風に私に触れてくれる人は、誰もいなかった
遊んでくれて話してくれて、笑いかけてくれる
その裏に、私が読み切れない意図があったとしても
それでも嬉しかった

2人を知ったら、もう1人には戻りたくない

本の世界に入り浸ったのも現実を見たくなかったからだ
淋しい、1人は嫌だと叫ぶ自分から目を逸らしてきた

『私が死んだら、泣いてくれるの?』

「いや、君が死ぬときは、笑って看取ってあげるよ」

『ふふっ・・・いいなぁそれ』

「君が先か、僕が先か」

ソファから腰を上げ、私の髪を少し掬いキスを落とした
何かを考えるように少し目を伏せ
困ったように笑って、奥の部屋へと入って行った

戻って来た毛先を少し眺め
本に視線を戻した

聖護は、私がいなくなったら
少しは淋しいと思ってくれるのだろうか

・・・やめよう
彼の中の私は、大勢の中の1人だ
代わりはいくらでもいる

現に、私の代わりが既に、あの人の娘としているじゃないか


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