4 「・・・・新零?」 『聖護くんだぁ〜』 「・・・・・・・飲んだのか」 机の上に飲みかけのワインを置いて、本を取りに行ったのだが 戻ってみれば、顔を赤くした新零が床にペタリと座っていた グラスに水を注ぎ手渡せば、なかなか受け取ろうとしない ぼーっとこちらを見て、ゆっくりと瞬きをした 熱を持ち赤くなった彼女の頬に手の甲を当ててやれば 気持ちよさそうに目を細めた 一体どのくらい飲んだのか 彼女がグラスを両手で持ったのを確認して、ボトルの量を見たが それほど減ったようには見えない 自分がついだグラスの残りを飲んだくらいだろうか 「何を思って飲んだのかな」 『・・・葡萄の匂いがしたわ』 「・・・・アルコールの匂いもしただろう?」 『?』 わからないという顔で小首を傾げた 「早く、その水を飲んで布団に入りなよ」 『・・・・・』 水を飲んでも動こうとしない新零を眺めつつ、椅子に座り本を開いた しばらくして、ゆっくりと立ち上がり、ふらふらと数歩進み崩れた 床を這い、僕の足元まで来て、その細腕を足に巻きつけた 酔いが回って人肌が恋しいのか 何度か体勢を変えて、座りの良い場所で動きを止めた 片足にある暖かさとわずかな重みを感じつつ 本のページをめくった 何も話さないし、何もしない よくあることだ 同じ空間にいても、お互い別の生活リズムで動く ただの同居人 興味本位だった 自分と同じ色相が濁らない、もしかしたら犯罪係数も計れないかもしれない ・・・・・同族意識とでもいうのだろうか 自由で、マイペースで、この時代に生まれなければ別の人生があったはずの少女 それこそ寿命は今よりもどうすることもできないだろうが 親に愛される人生が、そこにはあっただろう 新零をシステムの元に置きたくない 藤間の際に、もし補導されていたのなら、彼女の自由はそこで断たれる 父親の元に引き渡され、研究に使われる 哀れだ 愚かに思わないのは、名前を付けたからだろうか 我ながら、自分らしくないと思う 1つの物に、ここまでの愛着を持つなんてことは滅多になかった そう思わせるものがなかったのかもしれない 本の内容が一向に頭に入らない その理由はわかりきっているのに、またページをめくる 暖かい場所は、どこを指していたのだろうか それは、ここでいいのだろうか 足にくっついた暖かさに疑問を思う 本当に、自分らしくない 構ってほしいと言えず 淋しいと言うこともできず 孤独を抑え込んで 不器用に甘えようとする 自然と新零の頭に手が伸びた ピクリと反応し、足に巻きついた手に少しだけ力が入る 名前を呼べば、ぼーっとしたままこちらを見た まだ酔いは冷めないのか、頬は赤い 立ち上がれば、自然とその手は離れた 行き場のなくなった手が床に落ちる 視線も手と共に床に落ちた アルコールが入り、素直になったのか、淋しいという気持ちが全面に出たのか しょんぼりと小さく丸まった 「新零・・・おいで」 置いて行かれるのを酷く嫌うのは、母親にそうされたからだろう 『・・・・・・・』 床に座り名前を呼んだ 酔っていても、たった4年間呼ばれた名前を認識できたのか 不安そうに瞳を揺らした新零と目があった ゆっくりと近づいた新零を正面から腕の中に収めた 僕のかわいいお人形さんだなんて、気味の悪いことは言わない 彼女が人間だからこそ愛おしいのだ 『・・・暖かい』 白い髪に触れ ゆっくりと梳きながら片側へと寄せていく 首筋に触れた手が冷たかったからか、短く声を漏らした 『・・・・聖護は、優しいね』 「・・・・・君は変なことを言う、僕が優しい?」 新零を少し離した 不思議そうに言葉を待つ彼女の肩に頭部を預けた 本の匂いがする もう4年ほど同じ空間で生活しているというのに まだ、あの図書館の匂いが残っているのか 『・・・違うの?』 「違うな・・・僕は、君を守るつもりはない」 もしも、彼女をどこにも誰にも触れさせたくないのなら ここから出さなければいい、檻に入れて飼えばいい 危険な場所に連れて行くこともない そんな考えを持つ自分の 彼女を危険に晒そうとする自分のどこが優しいというのか 『・・・・・・私、守ってなんて頼んでないわ』 「・・・・・そうだね」 『聖護は、ない物をくれたから・・・それ以上は望まない』 「もっと、欲張っても罰は当たらないと思うが?」 『これ以上、何を求めたらいいのか、わからない』 「・・・1つくらい、何か我儘を言ってみなよ」 『・・・・・・そうね、我儘か』 まだ、ほわほわとした口調だ 酔いが醒めず眠気を誘っているのだろう 「・・・・・・・」 『・・・ここ、暖かいからなぁ。次は・・・・うーん・・・・・・・・・』 「・・・・・・・」 『・・・・・・だれかの・・・・・・・・・・・・・・・』 力の抜け切った新零の身体を支え こてん、と横に倒れあらわになる白い首筋に顔を埋める 唇を這わせ、その根元にキスを落とした まるで自分の物だというように 残したそれを自身で嘲笑った 誰かの・・・、の先はなかった それでも、おそらく自分はその先の言葉を知っている気がした 愛されたいと言わないところが、どうにも新零らしい そう思った。 ←→ 目次 |