7 私がとても小さかったころ 檻の中にいる1人の女の子を見た なんの感情も持たない目に、怯えて母に泣きついたのを覚えている 父が捕まった時 偶然、彼女の写真を見てしまった 自分とは似ても似つかない、白髪に小柄な少女だった 「今日の宿題多いよね、明日提出のやつってどれだったけ」 「えーっと、確か、数学のプリントだった気がする」 「あれ、それって来週じゃないの?」 あの時まで、何の疑問も持たなかった 考えるとまた色相が濁ってしまう そう思って、あれから、あまり考えないようにしていた 「菖蒲、宿題終わった?」 「まだだよー、今日戻ったらやろうと思ってる」 「なら、みんなで集まってやろうよ、協力したら早く終わる!」 友人の提案に乗りつつ、夕暮れの廊下を寮へと向かって歩いていた どうしてこうも、今日はあの子のことばかり思い出すのだろう いや今日だけではない、少し前から度々思い出すようになった 「・・・」 向かえから誰かが歩いてくる足音がしたので 横並びだったところを2人の後ろへと下がった 「そういえば、新しく来た美術の先生、ちょっと変わってたよねー」 「うんうん、ちょっとかっこいいなぁって思った!」 「何、あーいうのがタイプなのー?!」 「だって今までの教師より顔面偏差値高いって」 「それは、確かに」 陰から現れた生徒に視線がいった こちらには気づいていないのか抱えた本より視線を上げることなく すれ違った どきりとした 「どうしたの菖蒲、さっきから会話に入ってこないし」 「・・・ごめん、忘れ物したから先に寮に戻ってて」 「え?うん、わかった・・・なら後で食堂でね!」 「うん」 どうしてこうも、あの子のことばかり考えるのか 2人の会話で思い出した 新しく来た美術教師の髪の色だ 来た道を小走りに戻りながら彼女の後を追った 『・・・・・・』 「ねぇ、貴女・・・・」 彼女が下級生であることに、声をかけてから気づいた あぁ、なんだ勘違いか 大体、もし彼女だったのなら 何を言おうと思ったのだろうか 『・・・・・』 「ごめんなさい、人違いだったの」 『・・・人違い?私のことを見間違えるの?』 「・・・・・・・!」 『こんな白い髪の知り合いが他にいる?』 「・・・嘘」 『なら、声なんてかけなければ良かったじゃない』 「・・・・」 『椿菖蒲さん?』 「・・・・どうして」 『心配しないで、貴女のいる場所を奪い返そうなんて思ってないから』 「・・・・・・・」 『貴女は、どこまで知っていて、あの家にいるの?あの家は楽しい?』 「・・・・」 『・・・・母は、元気かしら?』 「・・・・・・」 『・・・なんとか言ってくれないの?』 「・・・少し前に、お父さんが・・・・捕まったの。お母さんは、元気にしてる」 『知ってる』 「!!」 『ふふ・・・そんなに驚かないで。私が死んだとでも思ってた?』 「私は、貴女のことを何も知らないの・・・今の両親が、本当の両親でないことは、途中で気づいた ・・・貴女が、本当のあの家の娘なんでしょう?ねぇ、教えてよ・・・どうして私が」 どうして、私が椿菖蒲なの? 捕まった義父の部屋にあったデバイスに残っていた資料にあった 私の写真だと思って開いたフォルダには、記憶の片隅にいる、あの子の写真だった 『・・・何も知らなかったのね。なら、これ以上何も知ろうとしないことをお勧めするわ 貴女は、まぎれもなくあの家の娘で、椿菖蒲という人間だと疑わない』 『色相が濁るわ』と付け足した少女に聞きたいことが山ほどあった あの檻から、どう過ごしてきたのか どうしてここにいるのか、どうして自分を責めないのか 「ねぇ、貴女の名前は?」 『・・・・・』 「私が、貴女の名前を盗ってしまったんでしょう?」 『・・・貴女は悪くない』 「そんなことないっ・・・ねぇ、菖蒲」 『その名前で呼ばないで。菖蒲は貴女でしょう?』 「・・・」 なんの感情もうつさない瞳に声が震えた 『・・・今は、新零っていうの』 「新零・・・」 『この学園では、結崎愛華。ここに居る間は、そうで呼んで』 「・・・・・」 意味がよくわからなかった 「本当は、私のことを恨んでいるんでしょう!」 『恨んでないわ、恨むのなら、シビュラを恨む。シビュラに従った母を恨む』 「・・・・・」 彼女の言うことがわからない なんとなく、わかってはいけないようにも感じた 特に表情を変えることなく、まるで私がいることを知っていたかのように 慌てることもなかった 「私がいることを知っていて、この学校に?」 『えぇ』 「何のために」 『・・・特に深い理由はないわ。ただ私の代わりの貴女が、どんな人間なのか会ってみたかっただけよ』 「貴女の代わり・・・」 なら、私は誰なんだろう 私のいた場所はどこなんだろう 本当の両親は一体 「・・・私のことを何か知っているの?」 『・・・知らないわ』 「本当の両親のことについても?」 『事故で死んだと聞いてるわ』 「・・・え」 『どの時点で貴女が、菖蒲になったのか私も知らない。 偶然何等かの事故で貴女の両親が死んで残った貴女を菖蒲としたのか 偶然同じ日に生まれた貴女を死んだことにして、本当の親と切り離したか』 「そんな・・・」 『貴女が恨むべきは、貴女の義父よ。・・・あぁ、そうなると私もね、あの女に吹き込んだのはあの男か』 「・・・・・・」 『貴女は今まで通り暮らせばいい、生活に不便もないでしょう?』 「・・・ええ。・・・・・ねぇ、貴女は今どうしているの」 『・・・知ってどうするの』 「どうする・・・?知りたいだけだよ」 『・・・・・本を読んで、ゲームをして、バーチャル空間を構築して、寝ているわ』 「・・・・・1人で?」 『そうね、たまに1人だけど。居候相手と一緒の時もあるわ』 「居候・・・それは友達とか?」 『友達・・・・・・そんな感じかしらね』 「生活は、楽しい?」 『・・・・・・・・・・・』 とても複雑そうな顔でどこか遠くを見ていた 「その人は、貴女に強く当たったりしないの?」 『・・しないわ』 「・・・・そう」 『そういえば、新しい父親はどうなの?』 「とても、いい人よ」 『それは、良かったわね』 「本当に・・・」 『貴女も被害者でしょう?』 「・・・・・でも、もしも私の本当にお父さんとお母さんがすでにいなかったのなら 私は、菖蒲になることで1人にならずに済んだのね」 『・・・・そうねっ』 「新零?」 『・・・何』 「一度、お母さんに会って」 『・・・・・嫌』 「・・・・・・」 『あの人は、私を・・・・・』 何があったのか、私は知らない でも、彼女の表情は酷く淋しそうで、辛そうだった 私にとっての母は、優しくて暖かくて 彼女が見た母を想像できなかった 寮生活なこともあって、あまり新しい父とは話していないけれど とても感じの良い人だった 母とも良い雰囲気だった 『・・・・っ』 「・・・・!」 『・・・っふ・・・・・・っ』 「・・・え?・・ちょっと、大丈夫!!」 突然苦しみ出した彼女に近寄り 体を支えるが どうしてよいのかわからない・・・ 心臓が痛むのか、胸のあたりを押さえ蹲ってしまった 人を呼ぼうにも、周囲に人気はなく その場を離れるのも、躊躇われた 「・・・誰か、」 自分の端末を取り出して、連絡を入れようと操作しようとした 『・・だめっ』 「え?!でも、そんな状態じゃ」 『・・・・・いいのっ』 あまりに苦しそうな表情に、このまま死んでしまうのではないかという恐怖に駆られた 手で端末を押しのけ、バランスを崩し、そのまま倒れこんできた 肩に預けられた小さな白い頭から、苦しそうな息が聞こえる 『・・・・っ』 「やっぱり・・・って、新零!!」 急に力の抜けた身体の重みで少しバランスを崩したが なんとか床に2人そろって転がることにはならなかった 彼女が小さくて軽いおかげか 彼女とは似ても似つかない自分だからか 「・・・・ねぇっ・・・ねぇってば、・・・・新零?」 呼んでも反応がない、息はあるが・・・ やっぱり誰かに連絡して・・・ そう思ったが、彼女の否定の言葉を思い出して踏みとどまった 「・・・・・・」 保健室に運んだ方が良いのかもしれない でも、安静にしておくべき・・・? このまま時間が過ぎて、彼女が死んでしまったらどうしよう そう思うだけで、手が震えた 「?」 「!」 「・・・・先生っ!!あの・・・」 「落ち着いて、彼女は急に倒れたのかい?」 「はい・・今、話をしていたら急に・・・・・」 「わかった。後は僕が引き受けるから、君は早く寮に戻りなさい」 「・・・でも」 「大丈夫だ、彼女は持病があると聞いている。おそらく今回が初めてのことじゃない」 「持病・・・」 「心臓が弱くてね」 「・・・・・・大丈夫なんですよね?」 「それは、死んだりしないかってことかな」 「・・・・・はい」 「彼女のことが気になるかい?」 「え?」 ゆっくりと近づいてきた柴田先生が もたれかかっていた彼女を起こして、腕に抱えた すっと向けられた視線に、思わずドキリとした 質問の意味を考える “気になる”とは、どういう意味? 「・・・気になります」 「そうか・・・・・・・。新零は、長生きはできないんだ。もってあと数年」 「そんなっ」 「彼女の意思だ。僕にはどうすることもできない」 「・・・・・・」 「戻ったらセラピーを受けることをお勧めするよ」 「・・・先生、あの」 「まだ何か?」 「・・・・・・あの、えっと。もしかして、新零を引き取ったのは、先生ですか?」 振り向き様に薄く笑うのを見た つまり、そういうことなのだろう 2人の関係がわからない だがたしかに、彼女のことを“新零”と呼んだ 私のことも知っているようだった また会いたいと思う反面 自分の居場所を脅かす存在であることには違いないと思ってしまった 母が彼女のことを思い出したら、私はどうなるのだろう ←→ 目次 |