9 彼女にとって、僕は、代わりのきく存在なのだろう 僕である必要はない 君の“特別”は、僕自身への“特別”ではない あぁ、また読み直さなければ 「ねぇ、あなたは新零という子に会ったことはある?」 「新零ですか?ありますよ」 薬剤を水槽に入れながら、それらを運びに来ていた男に声をかけた 「槙島先生とは、一体どういった関係なのかしら」 「どう?と、言われましても、旦那のお気に入りとしか言いようがありませんが」 「男女の関係ではないと?」 「それは、ありえませんね」 「・・・そうかしら、私は少なくとも彼女の方はその気があると思うわ」 「俺は、旦那の方にあると思いますがねぇ。現状、関係は間違いなくありませんよ。 ただ、あの2人の関係は一般のそれとは大きく違う。我々の考え方では理解できない何かがね」 気になって聞いてみたが、はっきりしたことは彼も知らないのだろう 水槽に溜まっていく液体が波打つのを眺めながら 疑問に思う 「あの子は、いつ槙島先生と?」 「大体5年前って聞きましたよ」 思っていたよりも長い付き合いのようだ 「実際同年齢ですし、ゆっくり話をしてみたら案外気が合うかもしれませんよ」 「同年齢?」 「あぁ、新零の実年齢は、早生まれの17歳。本来なら3年生に転入なんですがねぇ」 「確かに、あの容姿では浮きそうね。でも、もう嫌われちゃったもの、無理な話よ」 美術室での不服そうな彼女を思い返せば 先生がいない限り誘っても来てはくれないだろう あの女子特有のすべすべの柔らかい肌と、幼い身体のラインに触れられないかと思うと 少し残念だ デバイスで女生徒の変装を済ませた男を見送りながら 外科手術用のノコギリを手に取った そろそろ二つ目の悪戯がニュースになるころだ 1日ぶりに教室を訪れれば 面倒見の良い2人に声をかけられた 心配されるのは、どうにも慣れない 「今日、愛華ちゃんの部屋に遊びに行ってもいい?」 『・・え』 「昨日出た宿題教えてあげるからさ」 『・・・でも』 「やっぱりまだ体調悪い?」 「無理にってわけじゃないんだけど」 『・・いや、体調は別に悪くないけど』 「なら決まりね」 『・・・・・・・』 「何、その微妙な顔は。嫌なら嫌って言わないと」 『いいよ、でも部屋、何もない・・・よ』 「気にしないよ、私たちは愛華ちゃんとお近づきになりたいだけなんだからさぁ」 「それは、黙っておくって、あんた言ったんでしょう!」 「あ」 「もう・・・まぁ、そういうことだからさ、愛華」 『・・・・・・うん』 椿菖蒲は、自分の予想に反して 普通の娘だった 彼女は被害者で 人の心配までする御人好し それが余計につらかった 環境が違えば、私は彼女のようになれたのだろうか 母の求めた娘になれたのだろうか あの人には会いたくなかった ただ、私のことを覚えているのか・・・それだけが気になった けれども会う勇気など持ち合わせていないのだ 「何か、あったのか」 『・・・連絡したらおかしいかしら?』 「いや、構わないよ」 『・・・どうしたらいいと思う?』 「?」 『・・・・・今日2人が部屋に来るって』 「2人とは、君の世話を焼いてくれる2人かな」 『えぇ』 「・・・・ふっ」 『・・・・・・・・』 「君がそんなことを言うようになるとは思わなかった」 『?!』 急に頭上から聞こえた声に、驚いて立ち上がれば後ろに聖護がいた 「こんなところで、さぼりかな?」 『体育の授業は見学なのよ』 「なるほど。それで話の続きだが、友人が部屋に来るので、どうしたら良いかを僕に聞きたいと」 『・・・・・・えぇ』 「彼女らが勝手に来るのだから、君は何もする必要はないと思うが」 『そういうものなの?』 「君が不器用なことくらい2人は知っているんだろう?」 『・・・・・・・』 「では、僕は失礼するよ」 この男は、今まで玩具にしてきた人間よりも 私は特別だと言った それはおそらく、大勢の中の1人ではなく 私を私として特別だと言ってくれたのだろう 聞きたかった答えではないが、もやもやとしていた気持ちはすっきりとした それと同時に、この数か月のやりとりを思い返し 何とも言えない気分になる 槙島聖護を見るということを この物語の読み手であることを願っていた自分が これでは、まるで物語の中に入ってしまっている 弱小プレイヤーは、物語の中では生きられない 変な話だ 彼の特別になれば 自分が読み手でいられないと分かっていたはずなのに・・・ 『・・・・・』 彼の? 「愛華ちゃん、この本って図書館の?」 『うん、もう読み終わったから返そうと思って』 「読み終わったって、これ全部?!」 『うん』 寮で借りている部屋に来た2人が、真っ先に本の量に驚いていた まぁ、床に積まれているそれを見たら 突っ込みたくなるのはわからなくもない 「愛華って抜けているようで、頭いいっていうかさ」 「そうだよね、愛華ちゃんって、ここ来る前はどこの学校にいたの?」 『学校?行ってなかったわ』 「え?」 「そんなことってあるのね」 「なら、勉強はどうしたのよ」 『本を読んだり、あと教えてもらったりもした』 「同居してたって人に?」 『うん、あと、もう1人』 「愛華ちゃんのお父さん、お母さんは、同居してる人のことを知ってるの?」 『・・・・知らないわ』 「それって、家出ってこと?」 『家出というより、追い出されて、逃げてるわ』 意味が分からないという2人の顔をちらりと見つつ 目の前の宿題をさくさくと終わらせる 理解できなくていい 理解してほしくない 「ごめんね、なんか聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな」 『いいよ、でもあまり詳しく聞かないことをお勧めするわ』 「・・・愛華ちゃんは、何が好き?」 「突然何聞いてるの?」 「だって、私たち、愛華ちゃんのこと全然知らない!友達なのに!!」 『友達・・・?』 「え、その反応は、ちょっと悲しい」 頬を膨らませてプルプルする彼女に驚きながら言葉を探す 『・・・ごめんなさい。こういうの慣れてなくて・・・ 同性の人とこんなに話したの初めてで、学校も』 「なら、今から慣れればいいよ!!ね!」 「そうそう、慌てなくたっていい。まだ2年以上ここに居るわけだし」 『・・・・・』 「愛華ちゃんが転入してきた時、驚いたなぁ」 「小さいし、髪の毛も白くて、あと表情硬すぎ」 『・・・・・』 「もっと笑いなよ、もったいない!」 「ほれほれ、覚悟しなさいよぉ」 『ちょっと・・え、何す・・・・っ』 目の前で動く指に、体がむずむずとした 「じゃぁ、また明日ね」 「そうだ、私達の部屋番号教えておくね。何かあったらいつでも歓迎するから」 『ありがとう、優歌、桜衣』 2人を見送って扉を閉め そのまま床に座った こんなに笑ったのは初めてかもしれない 素直に楽しいとさえ思った 育ちの違いだけじゃない 考え方そのものが違う モノの見方が違う 私は、同じ世界にいるのに彼女らと同じ世界を見ていないのだ わかっていたことだ シビュラに弾かれた私が 同じ世界を見られるはずがない 彼女たちは、この学校で何が起きているのかも知らない これ以上、彼女たちと関わったらいけない 聖護の様子からして年内には学園を去ることになる 藤間の時も、御堂の時も公安が動いていた おそらく今回も間違いなく動いている 他人を疑わない社会であっても 偽りだらけの私を見てくれた2人を巻き込みたくないと思った 友達ってこういうものなのかな ←→ 目次 |