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「新零」
『・・・椿菖蒲・・・先輩』
「抵抗がないなら、菖蒲でいいよ」
『学園では、愛華って呼んで』
「・・・うん。・・・身体はもう大丈夫なの?」
『迷惑かけたみたいでごめんなさいね。今は、平気』
「良かった・・・ねぇ、本当に会わなくていいの?私がどうにかして」
『それは、遠回しに私に会ってほしくないってことかしら』
「・・・・」
『私が会いたいって言ったら、どうするつもりなの?』
「それは」
『貴女の居場所は奪ったりしないと、そう言ったでしょう?』
「そうね・・・でも、もし、お母さんが思い出したら。私は、どうなるの」
『あの人を信じてあげたらいいじゃない。貴女の母親でしょう?』
「・・・・・・・」
『貴女が疑ったら、そこから崩れるわよ。だから、変なことは考えないで』
「・・・・・」
『誰かに言われた?自分の居場所を確保したいのなら、私を殺せとでも』
「・・・私の不安なんか貴女には、わからないでしょう」
『わからないわ。・・・貴女、何しようと思っているのかわかる?
自分で、その居場所を捨てようとしているのよ。それでいいの?
この学園だから今は大丈夫でも外では潜在犯認定されるわ・・・
お願いだから、あの人を悲しませないで』
「・・・・・・どうして、」
『・・・・あの人も被害者だもの。椿の家をこれ以上不幸にしないで』
「・・・・っ」
『・・・それで、誰に言われたの?』

おそらく右手に握られている注射器を気にしつつ彼女との距離を詰める
犯人はわかっているものの
確認はしておきたかった

「・・・ラパンブランっていうアバターよ。コミュフィールドで有名な」
『・・・・・』
「少し前から何度か声をかけられて、昨日も・・・それで、朝、これが」

人のアバターで何をしてくれるんだ
私が使っていない間に何をしているかと思えば、こういうことだったのか
・・・昨日というのは、聖護かグソンか、どちらだろうか

注射器の中身はわからない
私は彼の機嫌を損ねるようなことをしただろうか・・・?
ただのいつもの戯れと思うべきか


「?」

急に廊下がざわざわと騒がしくなった

『?』
「何の騒ぎ・・・?」

人混みに紛れて様子を覗けば、見覚えのある男が走ってきた

『!』
「!」

ちらりとこちらを見た黒髪の男と目があった
一瞬だが見開かれた目に、迷いが見られた
さらにその視線は、横にいた菖蒲にも向いた




「・・・新・・、愛華?」

彼が去ったあともざわつく廊下で、ふと横にいたはずの彼女を探すが
見失うはずのない白は、どこにも見当たらなかった






「新零」
『・・・・・』

学内で生徒の死体が発見されたと慌てて出て行った教師と入れ替わりに
少し不機嫌そうな新零が顔を出した

「彼女を止めたのか」
『もちろん。それで、あの注射器の中身はなんだったのかしら』
「ただの睡眠薬だ」
『・・・睡眠薬』
「彼女には、人を死に至らしめる薬品だと伝えた」
『・・・・・』

警備室のデータを破壊するのに、そう時間はかからなかった
クラッキングツールを回収し
複雑そうな顔で床を眺める新零を連れてあらかじめ決めておいたルートで
学園から姿を消した






銃声の聞こえた暗闇を覗きこもうと手すりに手をかければ
押さえつけるかのように頭の上に手を置かれた
・・・さすがに、私も落ちたりしない

聖護とグソンの話を聞きながら
狡噛という男と接触したことがあると話すべきかを考えていた

隣にいるこの男は、随分と楽しそうだった


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