03
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街でのアルバイトを熟しながら“追われている女の子”の話をそれとなく集めた。そこでわかってきたのは、ここから離れた街のはずれにある集落で起きた疫病のことだった。“追われている女の子”は、その出入りを禁じられた集落から逃げ出した可能性があるらしい。病原菌を持っていることが予想されるため、疫病の拡大を阻止するために捕まえようとしている…。もし仮に、ニーナがそうだとしたら、とっくの昔に別の街で疫病が発生しているはずだ。オレや仲間うちに広まっていてもおかしくない。けれど色々と聞いた話をまとめても、それはニーナのことで間違いがなさそうだった。
それから少し経ったころ、路銀を含めても割のいい、お遣いが舞い込んできた。割の良さに理由を聞くと、数年前に、その街の傍の集落で疫病が発生したせいで近づきたがる者が少ないからだと説明された。「本当かどうかは定かじゃないが変な噂のある場所には行きたくないだろ?」と言われ納得する。少しだけ迷いはあったものの、向かった先の街に変わった様子はなかった。ふつうに賑わっていて、お遣いを済ませて話を聞いていても病気が流行っているようには思えなかった。ただ一点、街を抜けて順に人気がない方へ歩いていくと封鎖された道があった。
「その先は、行き止まりだよ」
「この道って、どこに繋がってるんスか?」
「なんだい、余所者か。珍しいな」
「別の街からお遣いで来たんスよ。来たことない街だったんで、ちょっと散策をって思ったんスけど」
「そうかい。でも、その先は止めておきな。」
「理由を聞いても?」
バツが悪そうに視線を反らされた。けれど、何かを思うように理由を話してくれた。
数年前に疫病が発生したこと。街では収束していること。発生源は不明なまま街で出た患者も集落へ送り込み、その集落ごと封鎖し出入りを禁じたこと。今、どうなっているかわからないということ。
「よく小さな女の子が街に降りてきてたんだが、病のことがあってからは皆酷く冷たかったよ。皆、病が怖かったんだ。」
詳しく教えてくれた街の人に礼を言い、その姿が見えなくなるのを確認して、封鎖用の柵を乗り越えた。念のため、鼻と口を布で覆った。危険が伴うのはわかっている。それでも…それでも、ここまで来て知らずに帰ることはできそうになかった。
荒れた道を進むと人の気配を感じない集落があった。布越しに香る匂いを不思議に思いつつ中へ進む。近くの民家や店を覗いても人の気配どころかあらゆるものに砂やちりが積もり、至る所に蜘蛛が巣作っていた。鳥の囀りや小動物が動く音はする。見た感じ物取りが来た様子もない。金目のものがないのは、もしかするとニーナがここを出るときに持って行ったのかもしれない。貧しい場所だったと言っていたし、初めからなかったのかもしれないが。
正直、もっと悲惨な状態を予想していた。人がいない。遺体すら残っていない。集落の奥へ進んでいくと、香りが強くなってきた。ふと目に留まった家の前で足を止めた。この家だけ、他よりも少しだけ朽ちていないように見える。戸を叩いても返事はなく、そっと戸を開けて中を覗けば病院を思わせるような雰囲気があった。息苦しさはあるが、口周りに巻いた布を一重増やして中に入り、扉が開いたままの部屋へ足を進めた。机に飾られた色褪せた家族写真は誰が写っているか判断できるほど残っていなかった。その机の引き出しを開けると、病状記録のようなものが出てきた。別の引出を開けると、名前と年月日が書き連ねられた記録が出てきた。徐々に綺麗になって行く文字は、見覚えのあるものに変わっていく。最後に書かれた滲んでいる名前は、姓が“アラント”となっていた。見返すと、度々同じ姓が出て来る。
「……」
他の部屋を見渡して、アラント家を出た。香りが強くなる方へ足を進める。これは予感だった。どこにも死体がないのは、きっとニーナが…….
家に戻って来てから、帰りがけに子供たちがくれたものを齧った。少し大味だが素材の味だけで充分美味しく食べることができる。やっぱり普通の植物が、あの土地で実るはずがない。種が特殊なのか、ニーナが植えたことに意味があるのか。
あの集落で見た、幻想的で残酷な満開の花畑を思い出す。ニーナは最後まで全員を看取り、墓穴を掘り続け、全員を埋葬した。そして墓の周りに花の種を植えて、故郷を出たのだろう。それから、ずっと1人だったのだろうか。今、どこでどうしているのだろうか。どうして自分は、あの時、引き留めなかったのか。後のことは自分が上手くやればいいだけの話だったのに。
泣こうが喚こうが後悔しようが何も変わらないことは、痛いほど知っている。
名前も特徴的な容姿もわかっている。手がかりがないわけじゃない。見つけ出して…。だから、どうか無事でいてほしい。願い事なんて意味がないけれど、今の無力な自分には、そうすることしかできない現実が酷く残酷だった。