09

目が合った瞬間少しだけ明翠が笑ったように見えた
戻って来てから、そんな表情は見たことがなく懐かしく思った。
こうして自分の4年間を話してみると色々あったものだなと、そっと右目を札の上から触れてみる

少し焦りすぎているのだろうか
彼女が目を覚ましてから、まだそれほど日は経っていない
食事がとれないのも、この場にいることに慣れないのも仕方のないことかもしれない。過去のことを思い返せば、流暢なことを言っていられないが、それでも今回ばかりは触れすぎない方が良いのだろうか。
全てを抑え込んでしまう前に、全て吐き出させることが本当に良いことなのか、それで彼女が受け止めきれるのか...堂々巡りで答えが出ない

あの日、夏目貴志とのことを話したところで一度言葉を止めた

「明は、どうされたかった?」

『......』

「どうかしました?」

『昨日のこと何も覚えてないの?』

「え?」

『昨日、怒ってないかって聞いてきたの覚えてないの?』

「.........」

覚えがない。確かに片桐さんのことを伝えるために明翠の元へ向かった
その前に、いつもよりもずっとたくさんの酒を煽ったことは覚えている

『この酔っぱらい』

「変なこと言ってませんでしたか」

『知りません』

「...明翠」

『知りません』

ふいっとそっぽを向いた明翠に焦燥感にかられる
余計なことは言っていなさそうだし、変なこともしていないはずだ

「正直に言いなさい」

『.........』

じっとこちらを見た明翠が悪戯っぽく笑い、内緒と言って部屋に戻って行った。

伸ばしかけた手を戻して、片手で左目を覆う。右目よりも暗くなった視界の中で、彼女は自分の知っている明翠なのだと安堵した。疑っていたわけではない、それでもなぜだか嬉しさがこみ上げてきた。
あぁ、自分らしくない
そんなこと自分が一番わかっている

「...良かった」

『何が?』

部屋に戻って行ったはずの彼女が水の入ったグラスを持ちながら不思議そうにこちらを覗きこんでいる

「.........」

『覚えてないんでしょ?』

「...はい」

『私、怒ってないわ』

「......」

『ありがとう。助けてくれて、探してくれて...私を死んだことにしないでくれて、ありがとう、的場』

あぁ、こんな顔でそんなことを言うのか

『ごめんね、心配ばかりかけて』

「何をいまさら」

『.........』

「ん?」

『昨日の的場は、もっと素直でかわいかったのにと思って』

「.........」

しゃがんで膝を抱えた明翠が不服そうに上目で自分の方を見ている。一体昨日の自分は彼女に何を言って何をしたんだろうか、思い出せずに眉間に力入る。差し出されたグラスを受け取り少しだけ口にする。アルコールに強い自信はあったが、こんな形で天井を知りたくはなかった。よりにもよって1番失敗したくない相手に...。

「昨日、私が何を言ったか知りませんが。男にかわいいと言うのはやめてください」

『怒った?』

「怒ってません」

『本当に?』

「嬉しくはない」

『4年経って、男の人になってて少し驚いたの。的場は、かっこよくなったよ』

そんなことを、照れもせずにさらりと言ってのけ、さっさと立ち上がって部屋に戻って行くのを眺めた。
こっちの気も知らないで好き勝手言いやがってとため息をつく。

嘘のない笑顔の添えられた“ありがとう”に気持ちが軽くなるのを感じた
思っていたよりもずっと自分は気にしていたのだろう



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