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『静司、この名前、もしかしてあの周一さん?』

「そうですよ。今や人気若手俳優であちらこちらに引っ張りだこだ」

なんとなく新聞のテレビ欄を見ていると、ドラマの出演者欄に見覚えのある名前を見つけた。傍にいた静司に聞けば、そうだという。あの人が、人気俳優…たしかに顔は良かった気はするが俳優をするような人には見えなかった。

『意外』

「あの人も色々あったんですよ」

『作品みたことあるの?』

「あまりに面白くてすぐにチャンネルを変えた」

『祓い人は、やめたの?』

「いいえ、続けていますよ」

『どっちが副業?』

「今は祓い屋?」

『忙しいのね』

「今日、やるなら見てみるといい」

『そうしてみる』

「おれはもう行くから無茶はしないように」

『わかってるわ。いってらっしゃ…あ、』

「?」

『ネクタイ曲がってる』

「あんまり窮屈なのは好きじゃない」

一応見送りをしようと玄関まで付いてきた。
スーツ似合わないなぁという言葉はしまって、先ほどから気になっていた曲がったネクタイを直してみた。兄もネクタイを結ぶのが下手で手伝ったことを思い出していると「新婚みたいだ」と静司が呟いたので、思いっきり絞めてやった。

「明翠っ絞まってる」

『絞めてる』

「なかなか来ないと思えば朝っぱらから、何やってんだい」

『七瀬さん、これは』

「上手くやっているようで安心したが、仕事の時間だ」

「では、明翠。いってきます」

『いってらっしゃい』

静司を見送って、自分も出かける用意をする。
体力をつけるためのジョギング、術の確認、常に雪についてきてもらうことで過保護な幼馴染を言いくるめた。心配していた術は以前と同じように問題なく扱うことができた。前よりも力が増したせいか制御が難しくなり少し腕に痺れが出るが、これも加減に慣れれば問題なさそうだった。

あれだけ毎日のように通っていたのに、学校に行かないというのは不思議なものだ。1日の過ごし方を自分で決めるとなると、やりたいことが多すぎてよくばってしまう。今はまず、仕事ができる状態に戻すこと。静司が私が書いていた帳面を見て仕事を片付けていてくれたことには驚いたが、先数年分書いていた私を少しは褒めてほしいなんて思う。それから、借りて来ていた会合の記録を読んだり、4年分の世の中と祓い屋内の情報、代行者が記入してくれていた得意先の帳面の確認、読み切れていない椿の古書、読むべきものも多い。焦らないように1つずつ。

『雪…この辺りまで来ても苦しくない?』

「明翠の書いた護符があれば、邸の方にも問題なく行けるぞ?」

『無理はしないでね。的場の邸だもの、色々あるわ』

「問題ない」

『…いつまでも静司と生活を共にしてるのも複雑なのよ、問題あるって言ってよ』

「問題ない」

『意地悪。うちも、もう少し綺麗にして結界で固めたら住めないこともないと思うの』

「やめておけ」

『………1人暮らしだって、興味ある』

「何が嫌なんだ」

『生活時間が微妙に違うから、お互い過度に干渉することはないけど、ずっと客間を借りているのも心苦しいの。気が休まらないと言うか、なんというか』

「お前は、あいつに強がるからな」

『だって、女だからって遠慮されたくないもの』

「………あれは遠慮ではないだろ。競っていたころとは違う」

『…………』

「だんだんと仕事の時のお前の雰囲気になってきたのは、そういうことじゃないのか?」

『そう見える?』

「少なくとも、学校とか言うのに行っていた時に着ていたあれは似合わないだろうな」

『制服?別に、そうしようとは思ってなかった…。4年分成長してる?』

「心境の変化の方が大きい」

『…………』

「自分でわかっているだろう?」

『わかってる、あと5か月程度で捨てるものだった』

擦り寄る雪が慰めてくれている。静司に求めていたものは、もう意味をなさない。大人にならなければいけない。名残惜しさを不安に思う時期は過ぎてしまった。もう少しと我儘を言いたかった時間は帰って来ない。

『大人って、何かしらね』

「さぁな」






帰って来た静司に『おかえり』と普段は顔を出さない時間に言えば、少し驚いた顔で返事が返って来た。的場の邸の人たちに、自分が居座っていることが邪魔になっていないか恐る恐る聞いてみれば、とんでもないと首を横に振られてしまった。昔から顔を知っている人もいるから、私のことを知らないはずがないけれど、悪くは思われていないようで安心した。

「邸の者?明翠は、昔から出入りしていたんだから何を今更」

『でも』

「邪険になんか誰もしないでしょう?あの可愛いお嬢さんが立派になったって、喜んでいるくらいだ」

『だとしても』

「そんなに出て行きたい?」

『……』

「それなら、的場が管理している邸を1つ生活できるように整えることを考えてもいい」

『いいの?』

「明翠が管理者として住んでくれるなら余計な心配もいらない。その場合、おれもそちらに移動します」

『……』

「そんな嫌そうな顔をしないでください。出て行きたい気持ちもわからないわけじゃない」

『だったら』

「ただ明翠は、1人にしたら駄目な典型的なタイプだ。際限なく自分を酷使する」

『………』

「……もしも理由が必要なら、おれのためにってことで1つ我慢してください」

酷く優しく寂しく聞こえた声に、心がざわりとした。

「どうした?」

『静司も、まだまだ子どもで安心しただけよ。私がいないと寂しいと』

「寂しくて寂しくて夜な夜な探しに行く程度には」

『……ごめんなさい』

「ははっ、別にいい。それで、出て行く?」

『いかない』

「良かった」

こう言えば、こういう顔をすれば私が頷くと思っている。少しだけ狡いと思ったけれど、なんとなく本心が見え隠れしているのがわかるあたり、私は今でも幼馴染なんだなと思う。前よりずっとわかりにくいときもあるけれど、何か言おうとは思わなかった。

『長く一緒にいたけど、生活が一緒っていうのは変な感じね』

「悪くないとは思わない?」

『……悪いとは思わないけど、申し訳ないって気持ちがまだ強いわ』

「そんなもの、仕事に戻ったらあっという間に忘れる」

『そう?』

「明翠がいたら、仕事も人の捌き方も変わる。貴女に車と運転手を付けるだけで、場合によっては1日に5,6件は片付く」

『否定はしない』

「時々は、おれにも同行してください」

『静司がいたら私がいらないでしょう?』

「面倒な人付き合いや、パーティなんていうのも行かなければいけなくて」

『大家って大変ね』

「おれより先に、年齢を誤魔化して参加していたのは、どこの誰だったかな」

『……え』

「見たことのない良質な訪問着。あれを着ているところを、おれも見てみたい」

『そこまで調べたの?』

「貴女の仕事の記録が、とても丁寧だったので」

『…わかりました、わかりましたよ。お隣でお花になっていればいいんですね』

「いいと言うとでも?ちゃんと仕事しなよ」

『………』

「会合も社交界も、ほんの稀に面白いものが出る。だから、目を光らせて置いてほしい……何か?」

『……幼馴染が静司で、良かったと思って』

「は?何を今更」

『ふふっ、何でもない』

「………」

『そろそろ部屋に戻るわ、おやすみ』

「え、あぁ、おやすみ」




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