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木兎さんが、おうっと笑ったことに、何かしらざわりと音を立てた気がした。前に知り合いかと聞いたときは、誤魔化されたので今回もだろうと思ったのだが、そうでもなかった。仲がいいというのは、幼馴染とか、中学が一緒だとか色々と理由はあるが、木兎さんの言葉の続きを待ったがそれ以上は何も出てこなかった。急に黙った木兎さんを不思議に思えば酷く引きつった顔をしていた。その視線を辿れば、その先に椿がいた。彼女の隣で別の人が紙面を指差しながら説明しているのだが、そこから視線を外してこちらを睨みつけている。なんだろう、このすごい殺気のような何かは
「新零のやつ、何も言ってねぇだろうが」と独り言の様に呟いた木兎さんは、「それでだな」と突然本題に入り始めた。話している途中、ちらりと椿の方を見たけれど、その視線は紙面に落ちていた。

「椿と木兎さんって、幼馴染?」
「え゛?」

木兎さんとの話も終わって、椿が教室に戻るのを見計らって声をかければ、さっき見たような顔で見上げれた。仲がいいのか悪いのかわからない。

「・・・まぁ、そんなものです。そんなに仲はよくありません」
「そう?木兎さんの様子だと、そうでもなさそうだったけど」
「そんなことない」

最後の一言の押し切りたいですという気持ちが全面に出た声色に、それ以上は聞かなかった。2人の温度差について行けそうにない。幼馴染だろうが、何だろうがいいじゃないか、自分に何の関係がある。そう思うのに、拭い去れない違和感に口に入れた弁当の一部を咀嚼しながら教室の天井と壁のつなぎ目を眺めていた。「どうかしたのか?」と声をかける友人に、何でもないと答えれば木兎さんのことを聞かれた。


学祭のことと傘のことがあってから、その時の間隔より少し長く時間が経って、気温も低くなったころだった。木兎さんが、「あいつが弓引いてるところ見たことあるか?」と突然に話を振って来た。いいえと答えれば、じゃぁ見に行くかと部活終わりに足を運ぶことになった。自主練の後のため、残っている部員も少ない時間帯だというのに、こんな遅い時間にまで練習しているのかと不思議に思いつつもついて行けば、道場の電気はついたままだった。

「邪魔するぞー!!」
「ちょっと」

声が大きいと言おうとして、口を閉じた。いつもなら、うるさいと言いそうだというのに、一切こちらに気づいていない様子に驚く。道着姿は何度か見かけたことがあったけれど、こうして実際に弓を引くところは見たことがなかった。

「何度見ても、すごい集中力だよな」
「・・・」

ほかの部員はおらず、椿だけが弓を構えている。冷えた空気と同調するような様子に目が離せない。しゃんと伸びた背筋に、獲物を狙うような視線、力強く引かれた弓。そして、これだけ木兎さんが普通に話していても途切れない集中力。思わず魅入ってしまう。

「新零、外すなよー!!」
「木兎さん、うるさいですよ」
「いいんだよ。あいつ何も聞こえてねぇから」
「耳栓でもしてるんですか?」
「は?んなもんしてねぇよ。集中してて、こっちの声なんか聞こえてねぇの。ほら、赤葦もなんか言ってみろ」
「言ってみろって、あんた」
「ほらほら、なんか、あんだろー?新零―!!愛してるぞー!!」
「・・・・・」
「乗って来いよ赤葦!」
「・・・・・」
「あいつが、あーやって集中して弓道やってるの好きなんだよなー。こう、見てるこっちも気が引き締まるつうの?こう、ごちゃごちゃ考えてんのがすっきりする感じ?」
「木兎さん、そんなごちゃごちゃ考えてないでしょう?」
「そんなことねぇーよ!!俺だってな」
「でも・・わかる気がします」

飛んで行った弓が当たった先よりも、椿の動きから目が話せなかった。素直に、かっこいいと綺麗だと言える。可愛いだなんて称される彼女だけれど、小柄というだけで本来は前者の言葉の方が似合うのではないだろうか?

「新零がモテんの知ってるか?」
「・・・え、はい」
「あいつはいつも知らない奴にって、なんで、って言うけどな。たいていの奴が、こうやって新零が弓道やってんの見てんだよ・・・。まぁ、こんな堂々と見れんのは俺のおかげだけどなっ!!」

次の矢を番える様子に、本当にこちらに気づいていないのかと思わずにはいられない。確かに一度もこちらを見ていない。彼女が立てる音は必要最低限のものだけで、木兎さんが黙っていれば酷く静かな場所だ。床から来る冷えた空気に、寒さを感じ始めた時だった。

「・・・・な、何してるの?!」
「おー、やっと気づいたか!!お前、家まで送れって言っておきながらいつまでやってんだよ」
「え、嘘、もうそんな時間?!光太郎、ちゃんと声かけ・・・・・赤葦っ?!」

傍にあった荷物をひっつかんで、自分たちの方に走ってきた椿が俺を見て持っていた荷物を床に落とした。「なんでいるの?!」とキャンと一吠えして、着替えると言って奥の扉へ消えて行った。

「木兎さん、なんで俺を連れて来たんすか?」
「ん?別に深い意味はねぇけど、練習に付き合ってくれる可愛い後輩へのご褒美ってやつ?」

そう自慢げに笑って、外で待ってようぜ〜と先に道場を出て行った。落ちたままになっていた荷物を拾って、入り口付近に移動させ、自分も椿より先に道場を出た。

「じゃぁ、俺、先帰るんで」
「一緒に帰ればいーだろーが」
「・・・いや、用を思い出したので先に帰ります」

一緒に帰るという選択を自分で消したのは、自分が邪魔ものになると判断したからだ。木兎さんが良くても、椿はそうじゃないかもしれない、なんて思っても、結局はあの2人の会話に置いて行かれるのが嫌だと思ったのが本当だ。

「あれ?赤葦は?」
「用事があるから先に帰るってよ」
「用事?」
「詳しくは知らねぇ」



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