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家に自分しかおらず、夕飯作っておいておこうか?という母の提案も手間をかけさせるくらいなら、外で済ませればいいと思い断った。テーブルに置かれていた2000円は、俺の食欲を知っているからこその金額だろう。部活のエナメルから、洗濯物を指定の場所に置いて、制服から私服に着替えて最低限のものをポケットに入れて家を出た。2000円あれば、そこそこのものを食べられるが、色々と考えるのも面倒になって結局ファミレスでいいやと足をそちらへ向けた。


「そこ空いてる?」そう何の脈絡もなく電話口に告げれば、遠目に見ていた椿がキョロキョロとあたりを見渡した。こちらに気づいて驚いた様子を見せながらも返答は空いてるの一言だった。

「まさか、赤葦から電話が来るなんて思ってなかった」
「思ったより混んでたから、ちょうど良かった」
「席取りしてたわけじゃないんだけど」
「華の女子高生が1人でファミレスってどうなの?」
「仕方ないじゃん、お姉ちゃんが彼氏連れ込んでるし、親は出かけてるしなんだから」
「?」
「ドリンクバー頼んでるから、赤葦も付けてね」
「ん」

そう言って手渡されたメニューを眺めていると、またあの人工色の緑が視界に入った。私服で会うのは2度目だが、前回と違ってゆったりとした楽な服装だ。人に会うつもりのない服というのが正しいのだろうか?

「・・・」
「・・・・」
「・・・」
「赤葦、無言でこっち見ないで。何か言いたいことあるならちゃんと言ってよ!」
「化粧ってしてるの?」
「え?」
「学校とか」
「してないことが多い」
「今は?」
「してない」
「この前、話してた時は?」
「してた」
「・・・・・・」
「だったら、何?ノーメイク反対とか言うの?」
「いや、どっちもいいと思う」
「・・・・」
「ない方が俺はいいけど」

メニューを俺に渡したということは既に注文する物が決まっているのだろうと、さっさと呼び出しボタンを押した。すぐに来た店員に注文して、椿は?と聞けば、きょとんとしてこちらを見ているので、もう一度聞けば、メニューに視線を落としてコレと指を差した。注文を確認して去って行った店員と同時にドリンクバーに向かった。戻って来たときには、空になったグラスとデザートのメニューを眺めている椿がいた。

「華の男子高校生が、1人でファミレスなんてかわいそう」
「男子に華はいらないし。かわいそうなのは、椿じゃないの?」
「急だったし、人誘うのもめんどくさいし。赤葦こそ」
「みんな出かけていないから、適当に済ませようと思って」
「ふーん」

空になったグラスを持って飲み物を取りに行った椿は、烏龍茶を入れて戻って来た。理由を聞けば、食事にジュースは飲みたくないらしい。まぁ、それはわかると賛同しておいた。テストがどうだった、クラスや教師やらの世間話をしているうちにお互いに頼んだものがテーブルにならんだ。「いただきます」と手を合わせた椿とほぼ同時に自分も手を合わせていたので、なんだかおかしな気分になった。

「椿って、上がいるんだ」
「うん、4つ上の姉が1人」
「へぇ、似てるの?」
「あんまり似てない」

「写真見る?」と手渡されたスマホには、椿とは少しタイプの違う女性が写っていた。目の前の妹を美人というなら、姉はかわいい属性とでもいうのだろうか。ただ1つ言うとすれば、どちらが上かというと世間的にも妹を選ぶ・・気がする。贔屓目でないことを誰かに確認したい。

「男好きで、とっかえひっかえしてるんだよ」
「・・・・・・」
「そんで、私が家にいると。あんたが家にいると彼氏があんたの事ばっかり褒めるから出かけてって言うの」
「それで、今ここにいると」
「いえす、酷いでしょ?」

半分以上減っているパスタを器用にフォークでくるくると丸めて口に運ぶ様子は、それ以外にも理由があるような、影があるように感じた。この流れは、あの時と同じだなと自分もほぼ食べ終わろうとしている残りに手を付けた。

「赤葦、綺麗に食べるね」
「ん?」
「身近にいるのが、あいつだからか・・・」
「木兎さんは、豪快に食べるから」
「なんか、ごめんね」
「椿がどうして謝るの」
「・・知り合いが迷惑かけてるから」

言葉を濁した椿は、食べ終わったパスタの皿を少しどけて、デザートの最終決定を始めた。小柄な彼女からしたら、中々の量を食べていたように思う。あれだけ食べても背は伸びなかったのかと少しかわいそうに思って、食べかけの一切れを口に入れた。

「今、憐みの視線を感じた」
「・・・・」

目敏い。否定しておいたけれど、彼女は納得がいかないようだった。結局、季節のパフェを頼んで席を立ち、グラスに緑の液体を入れて戻って来た。デザートにはジュースでもいいらしい。椿が入れに行った際に同時にその場にいた、どこかの高校生がテーブルに戻るなり、椿のことを話しているのが聞こえてきた。おそらく彼女にも聞こえているのだが、特に触れることはなかった。

「よくあるの?こうやってファミレスで夕飯って」
「ん?あるよ?親がいても、お姉ちゃんが彼氏連れて来てたら、出かける。毎回ファミレスってこともないけど」
「向こうが1人暮らしする様子とかないの?」
「ない・・かな。そういう話題出ないし、多分お父さんが許してくれないと思う」
「今の状況もどうかと思うけど」
「そこが長女と次女の違いなんじゃない?2番目は自己防衛しないと」

運ばれてきたパフェを突きながら、たまに食べる?と差し出されるスプーンを断った。食べきれないなら食べるけどと付け足せば、食べれると即答されたので心配いらないらしい。口に運ぶたびに、顔が綻ぶのはやはり女子だなと思う。

「・・・お姉ちゃん、かわいいし女子力高いし、ちゃんと男の人選べば上手く行くと思うのにね。私に彼氏いた時なんて、本当に酷かった」
「その写真とかないの?」
「写真って、元彼の?!」
「ないの?」
「見たいの?」
「気にはなる」
「・・・・ちょっと待って、どっかに残ってるかもしれない」

そういえば携帯を買い替えたからって言っていたことを思い出して、ないならいいと付け足せば、集中してるのか反応がない。そんなことに集中しなくたっていいだろ。結局、データではなく鞄に入っていた手帳に入れっぱなしになっていた写真が出てきた。差し出されたそれを受け取るのを少しだけ躊躇った。彼女はこの男が好きだったわけじゃない、それでも一緒に写っている椿は綺麗に笑っていて、いい気分にはならなかった。突っ返した写真を不思議そうに受け取って、ポイっと雑に鞄に入れたのを見た。
写真を見る限り、完全に彼女の姉は妹に嫉妬したのだ。男から見てもイケメンというのはわかる、女子受けの良さそうな、男が言うかっこいいとは違うそれだ。

「確かに顔も性格もいいけど、こういう人には私より女の子女の子してる子がいいと思う」
「そうでもないんじゃない?向こうは、椿が自分に気がないって気づいてたけど何か月も付き合ってたんでしょ?なら、向こうは別れても好きだったってことになるんじゃない?」
「・・・・・・・・そういう歌あるね」
「雨の日だった?」
「いや、全然」
「・・・・・」
「・・・・お姉ちゃんを見て育ったからさ、中学でも高校でも上手くやってるつもりだよ。いじめ?みたいなのも、あんまりなかったし。噂されることはあっても、意地悪なんていうのはなかったし」
「・・・・」
「お姉ちゃんは、自分はかわいいから何でも許されると思ってるタイプだから、敵が多くてさ。今でも、女友達がいるのかよくわかんない」

半分ほど減ったパフェのコーンフレークの部分をバリバリと音を立てて片付けて行く。静かに食べる気はないらしいが、なんとなくおいしそうに聞こえるのが不思議だ。そう思って見ていると、また食べる?とスプーンが差し出されたので、断った。

「いつごろ家に帰るの?もう外暗いけど」
「うーん、お姉ちゃんから連絡が来るまで?」
「まだないの?」
「うん」
「あんまり遅いのは、それはそれで危ないだろ」
「そうだけど、仕方ない」

グラス片手に立ち上がった彼女を遮って、自分のグラスと彼女のグラスを持って席を立った。「赤葦?」と不思議そうに首を傾げて自分を見上げる仕草は狙ってなどいないのに、狡いと思う。同じものでいいかを確認して、その場を離れた。さっきの高校生はまだ大きな声で話している。

「ありがと」
「本当、それ好きだよね」
「うん。クリームソーダがあれば1番だけど」
「最近あるよね、自分でソフトクリーム作るやつがあるところ」
「そうそう、あれいいよね。楽しいし、私あれ上手くできる自信ある」
「俺もあるかな」
「・・・理由分かったわ」
「・・・・・・」

木兎さんが上手くできないからと言ってせがむのだ。彼女がそう言うのだから、おそらく理由は同じなのだろう。めんどくさいという顔でメロンソーダをストローでかき混ぜる様子を見ているとストローがグラスの底で曲がっているのに気づいた。特に気にする様子もないのだが、気になるので指摘すれば、「飲めるから平気」と言われ口を閉じた。


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