09



受け取ってしまった傘と走って行った赤葦を交互に見て、なぜ彼がその行動に至ったのかもわからず、しばらくその場に立っていた。これ以上濡れずにと言っても、既に十分濡れているわけだ。走って帰るのは私で良かったはずなのに、そんなに私と相合傘をするのが嫌だったのか。

「赤葦、傘、ありがとう」
「あの後、濡れずに帰った?」
「お、おかげさまで。赤葦、風邪引いてない?」
「椿よりは丈夫だろうから平気」
「でも、なんで」
「なんとなく」
「・・・・・まぁ、いいけど」

あぁ、そういえばと忘れていたかのように受け取られた折り畳み傘は、私の手では随分大きく見えるのに、赤葦が持てば普通の傘だった。紳士物の折り畳み傘なんて、しみじみと見た事なんてなかった。

「テスト前に風邪引いたら洒落にならないよ」
「言葉そのまま返すよ」
「・・・・・・」
「それと、あんまり女子が濡れたままでいるとかやめた方がいい」

意味わかるでしょと付け足され、反論しようとして開いた口を閉じた。表情の変化があまりないけれど、呆れられているのはわかった。

「赤葦もそういうの、なんか感じるんだ」
「俺も男なんで」
「どう見たって男だよ」

あからさまにため息をつかれ、つられてため息をついた。傘の返却も終わったことだしと赤葦から離れて友達の元に向かえば、何々と興味津々に絡まれ、面倒に思いつつも昨日あったことを話した。にやにやとされたけれど、それでも何もないと言えば、そっか、と軽く流してくれた。
高校に入ってできたクラスの友人のバスケ部所属の成戸愛希と写真部所属の米山梓沙とは、この前のこともあって、前よりも仲良くなれた気がする。お互い前よりも自分の事を話すようになって、相手の情報が増えるたびに付き合い方が分かってくるので気も楽になるのだ。

4時限目が終わり、お昼の用意をし始めたころだった。「赤葦―!!」と聞き覚えのありすぎる声に思わずガタリと机を揺らしてしまった。1年生の教室に堂々とやってきて大きな声で後輩の名前を呼んだ光太郎から思わず机に突っ伏して顔を隠した。「なんですか」と落ち着き払った赤葦が廊下の方へ行くの、こっそりと見て声が聞こえるうちはと顔を隠した。光太郎が自分に気づかないことを望みつつ、扉の傍から聞こえる声に耳を傾けた。教室がざわつくのもわかる。あの髪型と大きな声だ、インパクトはでかい。だから嫌なのだ。一緒にされたくないし、それで目立つことも避けたい。勘違いされることも避けたい。

「新零、どうかした?お昼だよ」
「わ、わかってるけど。今はそっとしておいてください」
「ん?よくわかんないけど。先食べてるよ」
「そうしてください」

「さっきの人、先輩かな?」「すごい髪型だよね」「赤葦くんのこと呼んでたし、バレー部の先輩とかじゃない?」と話す友人たちの声を聞きながら、ばれないことを願って目を閉じた。そう、中学の時のようなことには・・・・と思ったのに「新零ちゃんいる?」と同じように廊下から声をかけられてしまい、何もかも終わったと思った。

「あっれ、赤葦お前、新零と同じクラスなのかよ!!」
「え?あぁ、そうですけど。前にそう言ったじゃないですか」
「あれ、そうだったか?」
「言いましたよ・・・・・仲いいんですか?」
「おうっ」

弓道部の先輩の声が全然耳に入って来なかった。



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