12
突然音を立てたスマホには、何か月か前に登録された赤葦の名前が表示されていた。ここに来て初めて使われたことに驚きつつ耳に当てれば、自分の座っているテーブルは空いているかというのだ。意味が分からず周りを見渡せば、クラスメイトの黒髪癖っ毛が目に留まった。遠目で見てもわかる背の高さが憎い。
「赤葦は、まだ帰らなくていいの?」
「さすがに椿を置いて帰るつもりはないよ」
なんて言って、追加で注文したそれにフォークを刺した。変わり者だと思う、私のこんな話を聞いて楽しいのだろうか?友達と話す内容とは少し違う内容だ、あまり姉の話しはしたことがなかった。容姿の話しは何かと恨みを買うことが多いのだ。しかし、こうも色々話せるのは赤葦がいわゆる聞き上手ということだろうか?
「赤葦」
「ん?」
「赤葦って、結構しゃべるよね?無口なイメージあったけど」
「話すことがあれば話すよ」
「うん・・・まぁ、そうか」
「俺の周りに、話すのが好きな人が多いから話す必要ないかなって時はある」
「あ・・・・それ、私も入ってる?」
「入ってる。でも、嫌だったら、ここに座ってないから」
「・・・・・・」
それから、また私が話して、赤葦が相槌を打つ時間がいくらか過ぎて、ちょうどお互いが口を閉じたところで、携帯が音を立てた。姉からのメールに、さっと目を通して帰れることを赤葦に告げた。食べ終わった食器は既に店員に回収されているため、伝票を持ってレジに向かおうとした時だった、伸ばした手より先にすっと抜き取られ、金額を確認している。
「食べた物は自分で払う」
「・・・驕らせてって言ったら?」
「断る」
「わかった」
そう言って先にレジへ向かう赤葦を追ってお互い食べた物だけを支払った。なんとなく納得いかないという表情の赤葦を見上げていると、家はどっちの方向かと尋ねてきた。あっちと指差せば「じゃぁ、送る」と当然のように言われ戸惑っていると、振り返られた。
「木兎さんは、良くて俺はだめ?」
「光太郎は別にいいけど、赤葦に送ってもらうのはなんか申し訳ない」
「なんで?」
「付き合いが浅いから」
「・・・・長くなればいいの?」
「え?」
「まぁいいや、送るから道教えて」
「だからっ・・・あーでも」
おねがいしますと頭を下げたのは、さっき別の席で座っていた高校生が同じように店を出ようとしたからだった。あんまりあーいう集団とは関わりたくない。1人じゃ臆病になることも大勢というのは、それを良くも悪くも誤魔化すのだ。危なそうなものには触らない。あいつらより赤葦の方が安全と判断したからだ。ただ涼しい顔をしている彼の事がつかめないでいる。
「何かついてる?」
「え?」
「こっち見てるから、何かと思って」
「いや・・・ついてない」
「なら、どうかした?」
「赤葦がよくわからないなって」
「椿も、最初の時より普通になったよね」
「・・・色々あったので、男子と1対1は気を張ってるので」
「今日はいいの?」
「え?」
「俺が、安全だってどうしてわかるの?」
「・・・・・」
「もし、このままどっか路地裏にでも引っ張られたら、どうするの?」
「・・・・・・赤葦は、そういうのしない」
「どうして?」
「・・・・・・」
「下心のない男なんていないって習わなかった?」
「・・・・・それでも、赤葦は無理やりとかしないと思う」
「根拠は?」
「なんで、そんなこと聞くの!!」
「無防備すぎる・・・から?」
「・・・・光太郎が赤葦のこと信用してるから。私より、きっと付き合い長いでしょ?あいつが言うなら、そうかなって」
「・・・・また、木兎さんか」
「?」
「まぁ、何もするつもりないから安心して」
「そーいう話をわざわざする人は、そんなことしないから疑ってない」
前を向いたままそう言って、交差点を渡る。やっぱり何を考えているのかわからない。でも、前ほど嫌なイメージはなくなっていた。完全に、そのもやっとした負のイメージが消えたのは、初めて梟谷の試合を見た時だったかもしれない。コート上ではあんなに表情が豊かなのかと目を疑った。弓道部の先輩に説明しながらの観戦だったため、急に説明を止めた私に先輩が「それで、セッターは?」と続きを尋ねた、一瞬言葉に詰まったのはセッターとしての赤葦をその時初めて目にしたからで、決して魅入っていたわけじゃないと心の中で弁解した。
「また、1人で夕飯食べに行くなら声かけて」
「なんで?」
「椿、おいしい店知ってそうだから」
「赤葦よりは?」
「だから」
「今度は、椿から電話して」そう言って手を振って歩いて行く赤葦に、送ってくれてありがとうと言えなかった。スマホの着信履歴を確認して、自分が赤葦とファミレスにいた時間を考える。随分と一緒にいたらしい・・・
「新零、いつまで家の前に突っ立てるの?」と甘ったるい声がして急いでスマホをポケットにしまった。玄関に入れば、微かに漂う煙草の匂いに顔をしかめた。家族は誰も吸わない。
「新零ちゃん、今日はどこで1人飯?」
「ファミレス、それに今日は1人じゃなかった」
そう告げて洗面所に手を洗いに行く。ふと顔を上げた自分が、思ったよりもずっと楽しかったという顔をしていることに驚いた。「やだ、新零ちゃんすっぴんで出かけたの?!うわぁー女としてありえない」と、うるさい姉を放置して、鍵を開けてさっさと自室に入った。
ALICE+