08
人に興味を持つきっかけなんて、些細なものだと思う。あの時までクラスメイトの1人の括りだった椿を少しずつ気にするようになった。モテる女子というのがどういうのかは知らないが、あんなふうにだらだらと億劫そうにしているのも理由に入るのだろうか?そう思うと、彼女が見た目ばかり先行しているというのもうなずける。話し方だって甘ったるさなんてなく、どちらかというときつい言い方が多い。それでも、人に嫌われずにいるのは、言っている事が的から外れていないからだと勝手に思った。もし、あの見た目で男子に男子の言う女の子らしさを全身で表現していたら、もっとモテただろうし、女子から苛められるなんていう少女漫画的な展開もあったのかもしれない・・・いや、中学ではそうだったのだろうか?とやる気の起きないままプリントを埋めた。
授業後、忘れ物を回収して体育館の鍵を閉めて鞄を持ちなおした。降り始めた雨に息を吐いて、折り畳み傘を開き正門の方へ歩き始めれば、少し前を歩いている後姿を見つけた。歩きスマホは駄目だと言われているにも関わらずこの雨の中何をしているんだと眉間に皺が寄った。椿かもしれないと思ったのは、そのすぐ後だった。
「私もう濡れてるから、そんなに傘傾けなくていい」
「・・・あんた、本当に人の好意を突っぱねるの好きだな」
「そんなことないよ。今も、こうして傘に入れてもらってるわけだし」
「そう思うなら、あんま外出ないで」
濡れないために傘に入れているのに、既に濡れてるからと近寄れば距離を取られる。距離を詰めるうちに、椿の逃げ道がなくなった。壁沿いギリギリを歩いている椿に傘をさす自分も何をしてるんだかと最寄のコンビニから1つ離れたところまで、このまま行くことになった。最寄では既に傘は売り切れていると判断したからだ。
「そういえば」
「?」
「あの話、全部フルで話したの赤葦が初めてだったなって」
「・・・あぁ、あれ」
「ごめんね、あんな愚痴みたいなの」
「別に、俺が聞いたんだし」
「話したら少しすっきりして、・・・前の携帯ひっぱり出してきてさ」
「・・・」
「私のこと振ったあいつに電話して、根性なしって言っておいた」
「っあんた、馬鹿だろ」
「やられたらやり返そうと思って」
こちらを見て、にやりと笑った椿は、あの時みたいな表情はなくまっすぐに自分の方を見ていた。小雨とは言えない本降りの雨に重くなり始めた傘を支えていた。椿が離れるたびに持ちづらい位置に傘が来るため仕方なしに、反対側の手で彼女の腕を引けば、酷く嫌そうな顔をされた。
「赤葦が濡れるって」
「俺はいいって」
「よくない、これ赤葦の傘」
「少しは」と言いかけたところで、完全に傘の外に出て走っていた椿に変人のレッテルを貼ろうと思ったのだが、走って行った先を見て、貼りかけたそれをやめた。幼稚園ぐらいだろう男の子の手から離れて転がった傘を拾いに行ったのだ。その子の母親も子供が傘から手を放したことに気づいているようだったけれど、もっと小さな子を抱えているのが傘の下から見えた。それに交差点の近くだ、不用意に子供から離れるのも危ない場所・・・
「す、すいません、ありがとうございます」
「いえいえ。ほら、傘から手放しちゃだめだよ」
「おねーさん、べたべただね」
なんて会話を少し離れて聞いていると、その少年は椿に小さな傘を差し出した。
「おねーさん、かさは?」
「傘忘れちゃったから、入れてもらってるの」と自分の方を見るので歩く速度を上げて椿を自分の傘の方に移せば「あいあいがさだー!!」と叫ばれ、その子の母親にすいませんと謝られた。
一段と濡れている椿がごそごそと鞄からタオルを出すのを隣で見ていた。髪から滴った水がぽたぽたと傘の下で降っていた。
「赤葦、次のコンビニ」
「もういいから、それ使って」
「え?」
「ほら、早く持つ」
「う、うん?なんで?」
「じゃぁ、それ以上濡れずに帰って」
無理やり押し付けた傘から、走り出た。空が少し明るくなり始めたので、少し走れば止むのかもしれない。傘を渡してからは、振り返らなかったので彼女がその後どうしたのかも、どんな表情だったかも何も知らない。ほんの気紛れだ。
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