26 気温が下がり始めたころにトイレ掃除なんてものが回ってきて、やりたくないことこの上ない ホースで水を撒いて、水を掃けるだけを月曜日から4日間続けて来たけれど、最終日は、ちゃんとデッキブラシでこすらなければならないし、便器だってちゃんとやらなければならない。確かに自分たちで使うのだから綺麗にしておいた方がいいに決まっている。寒いけれど靴下が濡れると帰り困るので脱いで鞄に突っ込んで、袖をまくった 「椿ちゃん、洗剤とってー」 『はーい』 「ありがとー」 『じゃぁ、私、こっちから始めるねー』 「はーい」 シャッコシャッコとデッキブラシの音を響かせて、少しずつ泡立って来たのが楽しくて擦っていると奥の方を掃除していた子が悲鳴を上げた。泡泡になった床を器用に歩いて、口をパクパクと動かしながら指を差す。その子の顔と動作で、何がいたのかがわかる・・・・・こんな寒くなったのに、まだいるのか。 半泣き状態の子が私の後ろに隠れた、もう1人の子が顔を引きつらせて場所を確認して戻ってきて、私を見た。見られても困る・・・そんな、黒いあれを退治しろというのだか。いくら、女の子に優しいと言われる私であっても無理なものは無理だ。 『ホースで下に落として、流す、でいけると思う?』 「・・・たぶん」 「飛んだりしないかな・・・」 『・・・・・・飛ぶかもね』 「男子に頼む?隣で掃除してるだろうし。私、ちょっと行ってくるね」 ガラガラと閉まっていた扉を開けて助っ人を呼びに行った子の様子を窺っていれば、もう1人は、またGの場所を覗きに行った。見に行くくらいなら、なんとかしてよ・・・ しかも、隣から、絶対嫌だという男子の声が聞こえてくる 「男子ありえないんだけど、自分たちで何とかしろって」 『あー・・・まだいた?』 「さっきより、少し移動してたけど」 『うー・・やるしかないか』 手前の泡をホースで流し、一番奥の個室に向けてホースの口を押し、できるだけ離れた場所から水をかけ・・・・・・・・・・・・アレが飛んだのに驚いてホースを放り投げて、どこへ行ったのかを探す 「椿ちゃん、・・・足元っ」 『・・・・・・・・・・・・・・』 悲鳴が声にならなくて、その場から入口まで急いで引き返した その勢いで、トイレの外まで出て、ぞっとした感覚から抜け出すために良い空気ではないが軽く深呼吸をする。ホースの水を止めて、また、様子を見に行くのを眺めながらいっそ一思いに踏んでくれればいいのにと思うが、逃げた私が言える立場ではない・・・・いったん様子を見ようと2人とも外に出た。隣の男子がわれ関せずと扉を閉めたままなのが憎らしい 「お前、なんで濡れてんだヨ」 『荒北・・・』 「靴下は、どーしたん・・・?」 『あ・・・荒北、』 「?」 『ごめん、後で何でもするから!』 「は?お前、何言って・・・・・てめぇふざけんなよっ!!あ゛?!」 荒北を女子トイレに押し込んで扉を閉めた これは、まずい・・・確実にまずい いや、切羽詰ってたんだ。思いっきり蹴られる扉に穴が空かないことを祈りながら、荒北の声に負けないように『後ろの黒いの何とかしてっ!!!』と叫んで、お願いと頼む。便乗して扉を押えている2人の顔も青ざめている気がするし、我関せずと少し視線を逸らしている 「はァ?」 『後ろ』 声が聞こえたのか?眉間に皺を寄せながら後ろを振り返って近場にあった新品のとれイットペーパを適当にちぎって、あれから動かずにいるソレの上に重ねた。まさかと思ったけれど、そのまま踏んだ ギロリとこちらを向いた視線に冷や汗をかきながら扉から手を放して、中に入って荒北の制服を両手でつかんで謝罪する 「新零チャン、いい度胸してんネ」 『荒北、ついでに踏んだソレもなんとかして』 「・・・・・・・・・」 視線を下げて、荒北の視線と見たくないソレが入らない中間あたりを眺めた 舌打ちをしながらも、片付けてくれる荒北に感謝しながら顔が引きつる 掃除自体は中途半端だけれど、全部元に戻して、さっさと掃除を強制終了した 扉が、凹んでいるような気もするけれど見なかったことにしよう 「で?」 『ご、ごめんなさい』 「ゴキブリくらい別にいいけどヨ。あれは、どーいうことォ?新零チャン」 『・・・・・・』 「いい度胸してんネ。何、お返しってことォ?」 『そ、そんなつもりはございませんです。切羽詰ってましてですね・・・とっさに』 「へぇ〜」 『・・・・・・・・』 「どーすっかなぁ」 『?』 「何でもしてくれんだろ?」 『あ・・・・』 「勢いで言ったっていうのは聞かねぇからな」 『・・・・・・・・』 そういえば、そんなこと言ったかもしれない 水のせいだけじゃなくて、手がすごく冷たくなってきた・・・ 『できることなら』 「そうだネ・・・・・・やっぱ、部活終わってからにすっから。後で電話する、ぜってぇ出ろよ」 『・・・了解』 「覚悟しといてヨ」 そう言って、私の頭をひと撫でして歩いて行った ・・・刑の執行が遅れただけで、逃げ道はない どうしよう、何言われるんだろうと不安が募って行く 寮に戻ってお風呂に入り、夕食を終えて、ベッドに転がっていると電話が鳴った 「今日は、ジャージじゃねぇの」 『・・・・うっ』 にやにやとする荒北から視線を逃がして、だぼっとしたカーディガンのポケットに手を突っ込んだ。ラフな格好であって、別に洒落た服を着たつもりはない。ちょっと、コンビニ行く感じ・・・ 「お前が、嫌がるようなこと言わねぇから、あんまビビんな!」 『・・・・うん』 視線を上げて荒北の方を見れば、人差し指で自分の頬をつついた 「ここでいーから、キスして」 『・・・・・・・・・・・・・・わ、わかった』 「してくれんの?」 『うん』 ポケットから手をだして、荒北の体に手をついて少し背伸びをすれば十分届く 届くのだが、そこまでしたところで恥ずかしさに服を少し握って、触れるだけと寸前で目を閉じた 「新零チャン」 『何』 「初めてやったのか?」 『いえす』 「顔赤いヨ」 『人のこと、言えないでしょうが』 「るっせ。・・・・はいはい、よくできましたァ」 額に同じように触れて、そのままそっと抱きこまれた ドキドキする 付き合って、少し経ったけれど、あれから実感が湧かなくて とりあえずなんて形で始めてしまったけれど、どうなるんだろうと思っていた 1年の冬に似たようなことがあったけれど、もし彼にだったらハグも今のも許せたとは思えない 未だに先輩を見ると泣きたくなるので、まだきっと気持ちは向こうに傾いているのだと思うけれど、この安心感からは抜け出せそうにない。何を基準に好きを判断したらいいんだろう・・・ 体の間に挟まれていた手を荒北の背に回して、少しだけ自分から距離を縮めた お風呂、入っておいて良かったなぁ・・・なんて思うのは嫌われたくないと思うからだろうか 「まだ、先輩サンのこと好きなんだろ」 『・・・・だから、なんでわかるの』 「泣きそうな顔した新零チャン見かけたからな」 『・・・・・・・』 「早く、俺のこと好きになってくんねぇ?」 『善処します』 「あんま、新零チャンが泣いてるところ見たくねぇんだよ」 『・・・・・・・荒北さ』 「なぁに」 『本当に優しいね』 「・・・っせ、そういうのいらねぇからァ」 ←→ 目次 |