38 「椿さん、行かせて良かったのか?」 「・・・・しゃぁねぇだろ」 「荒北、落ち込むのはいいが、夏に向けて体を作らねばならんことを忘れるなよ」 「わぁってる」 「しかし、お前も優しいのか意地悪なのかわからんな」 「っせ」 卒業式のため部活は休みとなった 3年の見送りに行った生徒を除いては寮に残るか、遊びに出かけてしまっている そういう俺も、式の時間が終われば副部長故に出向かねばならない もちろん3年にいる俺のファンのために、この東堂は時間を惜しまない 目の前にいる荒北は、頬杖をついて自転車関係の雑誌をペラペラとめくっている 考えないようにしているのだろうが、その足はこれでもかというぐらい揺すられている 「あの先輩が既に別れていることを知っていて黙っていたくせに、行かせるなんてこと俺にはできんな」 「そーかよ」 一度もこちらに目を向けない荒北を置いて寮を出た いる間ずっとしゃべっていた東堂が出かけ、やっと静かになった あの先輩サンが別れたと聞いたのは、1か月ほど前だった。理由なんてものは知らないが、本人がそう別のやつに話していたので間違いはないだろう。そして、椿が先輩に告白してくると言ったのが一昨日だった。突然、何を言い始めたのかと思ったけれど、もう決めたと真剣な目で言われてしまえば何も言えなかった。 「まだ、そうと決まったわけじゃないだろ?・・・食うか?」 「いらねぇよ」 「あの先輩の好みじゃねぇんだろ?」 「そーらしいネ」 仮とはいえ付き合い始めて数か月経ったが、つまりは椿の中での俺は友人止まりという分けだ。これをへこまなくてどうする。だらだらと身の入らない時間を過ごしていても仕方がないとは思うものの、動きたくない。せめて部活があればいいというのに 「そろそろ全部終わった時間か」 携帯の時計を確認して、息を吐く また、泣いてたりすんのかな・・・・・ 上手く行ったらそれはそれで・・・・・ あ、俺なんか女々しくねぇ? なかなか強引にいけないのは、傷つけたくない、泣かせたくないという想いが強いんじゃないかとアイツらに言われた。昔の蟠りはなくなったのだから、後ろめたさを感じる必要なんてない。一緒にいて向こうが遠慮しているようなそぶりもうかがえなかった。ただたまに自分が思っているほどいい女じゃないと自信なさ気に眉を下げる。そんなことはない、引っ掛かりがあったとはいえ飽きもせずに目で追ったのだ、それだけの魅力が椿になければとっくの昔にやめている 携帯をぱかぱかさせていると、突然音を立てた 驚いて一度落としてしまったが、切れる前にとることができたものの誰からの電話なのかわからなく、そっと耳に当てた 『荒北?』 「―・・椿か」 『あれ、知らずに出たの?』 「まぁな。それで、どーしたの」 『今、寮の前まで戻って来たんだけど。男子寮って入って良かったけ?』 「駄目に決まってんだろ。馬鹿じゃねぇのォ?つーか、何しに来たんだヨ」 『・・・あれ、機嫌悪い?』 「そーでもねぇよ。用件あんなら、今言えばいいだろ」 『・・・・まぁ、そうなんだけど』 「ナァニ、先輩サンと付き合うことになりましたーってか」 『なんでそうなるの?』 「は?」 『え?』 「待ってろ、今行くから」 どういうことだ?よくわからずに部屋を出て寮の外に出れば制服を来た椿がいた。卒業式に行っていたのだから当たり前か 『あ、来た来た。遅い』 「っせぇよ。来るなら前もって言っとけ」 泣いた様子もなく、不思議そうにこちらを見ている 『さっきのどういうこと?』 「どういうことも何もねぇよ、お前、告ってきたんだろ?」 『・・・まぁ、そうなんだけど』 「?」 『告ったというか。好きでしたって言ってきただけだけど』 「どう違うわけぇ?」 『自分にケジメつけるために言ったといいますか、言わずに終わるのもなんか癪で』 「・・・・じゃぁナァニ、付き合ってないわけ?」 『私が二股するっていうの?!』 「そうじゃねぇけどォ。なんて返されたんだよ」 『・・・ありがとうって、あと、なんで過去形なんだって言われたから。先輩のおかげで素敵な彼氏ができましたって言っといた』 「・・・・・・・・」 『でも、まだ荒北のこと、好きだけど、好きじゃない』 「・・・一言余計だヨ。今回はそれで勘弁してやっから、紛らわしいことするんじゃねぇよ!!」 『紛らわしい?』 「・・・ンでもねぇヨ!!」 『照れたり怒ったり忙しいやつ』 「るっせ」 『来年は、どうなってるのかな』 「そんなもん、椿しだいなんじゃねぇのォ?」 『・・・そうだね、私次第か』 何か思うことがあるのか、ふっと笑って1拍置いてから 寮に戻ると言って踵を返した それを見送ってから、にやけそうになる口元を手で隠した 『先輩、卒業おめでとうございます』 「椿っ!!来てくれたのか、ありがとう」 『少し時間もらえますか?』 「いいよ」 『すぐ終わるんで』 そう言って、先輩を人影とはいかないけれど少し離れたところに呼び出した 『先輩』 「な、何」 『私、先輩のことが好きでした』 「・・・・・え、本当に。・・・・・・・あ、ありがとう。椿。でもなんで、過去形なんだ?」 『先輩に彼女ができたこと知ってましたし』 「あー・・・・俺、実はさ、もう別れたんだよ」 『・・・え?』 「1か月くらい前に、向こうから別れようって言われてさ」 『り、理由は?』 「そこは聞かないでくれ、椿」 『・・・・・そ、そうですか。なんだか、すみません』 「いや、椿が気にすることじゃないからな!け、けど過去形なんだもんな」 『先輩は、背が小さい子が好きなんでしょう?』 「・・・あ」 心当たりがあったのか、ヤバイと顔に出ていることがわかる もしかしたら、この人、女好きなんだろうか・・・なんて思ってしまう 悪いと思ったなら申し訳なさそうな顔をしてほしい あわよくば、私と付き合おうと? 『それに、先輩おかげで素敵な彼氏ができたので、ありがとうございます』 「・・・・・彼氏って、もしかして、黒髪で俺と同じくらい背があって。眉が細くて」 『目つきが悪い奴ですか?』 「そう」 『あってますよ』 「やっぱ、そうだよな。あいつさ、俺のこと睨んでくるというか視線を感じるというか」 『・・・・荒北が?』 「そう、その荒北ってやつ」 『そうでしたか。ご迷惑おかけしました』 「いやいいんだけど・・・」 『では、先輩。言えて良かったです』 「あ、ああ。ありがとな」 『大学行っても元気にやってくださいね』 「おう、椿も受験がんばれよ」 『はい』 照れた先輩はかわいかったし、気まずそうな顔をしていたけれど 最後には笑ってくれたので、手を振って、その場を後にした 言えてすっきりした 先輩には悪いことをしたかもしれないけれど、けじめをつけるためにはこうするしかなかった。 「お前さっき、あの後輩ちゃんと何話してたんだよ?」 「あー・・なんつうの?」 「告白でもされたか!」 「されたっちゃされたけど、過去形だった」 「ほら、俺が言っただろ。お前に気がありそうだって・・・・は?過去形?」 「そーだよ!!先輩に彼女いるの知ってましたしって!!先輩のおかげで彼氏できたって!!お礼まで言われたよ!!」 「ふっ・・・お前、背が小さいかわいい女がいいとかいうから嫌われたんじゃねぇの」 「他人事だからって笑うな!!」 「やっぱ、後輩ちゃんにしとけば良かったとか思ってんだろっ」 「そーだよ。悪いか!!」 「モテるくせに、どっかで失敗するよな。この子も、あれだろ?私服がダサいっていう理由で別れたつってたし」 「ちょっと黙れよ」 「ふっ・・・」 「笑うなっ!!」 ←→ 目次 |