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同じ教室に椿がいる感覚に、なかなか慣れない。椿も椿で、今まで一緒だった友達と離れたせいか、どこか話しづらそうにしているし、愛想笑いが多いようにも見えた。4限終了のチャイムが鳴り、教科書を机の中に突っ込み、席を立った。なんとなく、椿の周りに寄って行く女たちの中に見覚えというほどではないが、あまりいい匂いがしないやつがいる。あわよくば、東堂か新開あたりに近づきたいという考えがあるように見えた。

「椿、昼行こうぜ」

鞄の中からごそごそと財布を出していた椿が中途半端に顔を上げた。不思議そうにしているのも無理はない、初めて誘った。少し間があってから、行くと言って席を立った。教室で会うとはいえ、授業後は部活で時間はなく、寮に戻ってから会おうとすれば外に呼ばなければならない。授業の間の短い時間に話す時間なんて、あまりに短すぎる・・・今まで、何かがなければ会うことも話すこともなかったので良い機会だと思った。

「あいつらいっけど、いいよな」
『いいよ。珍しいじゃない、誘ってくれるなんて』
「今まで、こーやって一緒にいる時間なかったからな。一緒に飯くったこともほとんどないだろ」
『・・・確かに』
「それに、新零チャン。愛想笑いばっかしてっし?」
『なんで、わかるの』
「前に答えたろ」

曖昧に笑って、明日からも荒北と食べようかなと言って少しブレザーの袖を引っ張った。食堂に着けば、先に着いていたあいつらに椿の同席を確認して、昼飯を買いに並んだ。

「新零チャン、そんだけでいいのォ?」
『運動してる高校男子の量と比べないでよ』
「そーかもしんねぇけど」
『普通だって、間食するからこれでいいの』
「間食って逆に太るんじゃねぇの?」
『考えて食べれば大丈夫。まぁ、太りにくいっていう体質もあるから、食べ物はそこそこ気を付ければ大丈夫。間食って言っても、おやつとか油っこいものだけじゃなくて、野菜だったりするし』
「好き好んで野菜なんか食うのかよ」
『学食と寮の食事だと、どうしても野菜が足りなくなるから、おいしいの食べたいし』
「へぇ・・」

太りにくくて、筋肉つきやすいって、還元されやすいってことだよな・・・ますます複雑な心境になる。やっぱ、バレー続けてたら、すげぇ選手になってたんじゃねぇのこいつ。勿体ねぇ・・・と思うのは、自分の重点がそこにあるからだろう。さっきの話しからしても、食べ物にも気使ってるのがよくわかる。おそらく、他にもいろんなこと気にしていろんなことしてんだろうな。つーか、トレーの上に何のせてんのかと思えば、歯ブラシか、それ。
顔にかかった髪を耳にかける仕草でさえ、じっと見ていると、正面に座っていた新開がまじまじとこっちを見ているので、机の下で1蹴りしておいた。

「椿さんって、嫌いな食べ物とかあるのか?」
「好き嫌いはいかんぞ、なんでもバランスよく食べねば」
「ヨーグルトとバナナと、」
『ピーマンとナスとわさび』
「お前、まだピーマン食えねぇの?!」
『食べれない。』
「何で靖友が半分答えるんだ?」
『クラス一緒で、座席近かったときに横流ししてた・・・多分』
「ずるいやつだな。あーいうのは、じゃんけんって決まってんだろうが」
「荒北は、そう言うことまで覚えているのだな。椿さんのこと」
「るっせぇ、余計なこと言うんじゃねぇよ」
「ヨーグルトとバナナか。あれだな、」
『朝ごはんだね』
「・・・・・新開、てめぇ」
『私に兄が3人いることをお忘れなく』
「・・・・・」

椿の冷たい声に、新開の顔が少し引きつるのが分かった。つーか、数か月前まで、俺はずっとこの状態の椿を相手にしていたのかと思うと、よく耐えたなと自分を褒めてやりたい。そう言いながらも、そう言うノリが嫌で言っているわけではなさそうなので、全く下ネタが駄目なわけではないだろう。むしろ、女子寮でどんな会話が飛び交ってるのかと思うと少し怖くなる。
食ってる最中、途中から部活やら自転車の話しになったが、携帯片手にこちらの話しを聞いていたのか、教室に戻る途中で、色々とわからなかったことを聞いて来た。チャイムが鳴るまでの間、色々と説明すれば自然とインハイの話しになっていた。今年の開催場所が神奈川がスタートで箱根も通ることや大体の流れを話せば興味深そうに聞いていた。

『それって、私が見に行ってもいいの?』
「・・・おう」
『公式で荒北が走ってるの見たことないし』
「見に来るつっても、一瞬だけどな」
『そりゃぁ、あんなスピードで走ってたらそうだろうね』
「もし来ンなら、1人で来るなよ。小野原か吉崎誘って来い」
『どうして?』
「どうしてって、お前な。・・・男ばっかだからに決まってんだろ」
『夏葵と百合つれてったら、逆に危ない気もする』
「・・・・まぁ、誰でもいいけどォ、1人で来るなら却下な」
『了解』

「新零チャン、もしかしてスポーツ観戦好きだったりすんの?」
『うん。兄に連れてってもらったりもしてたから、サッカーでも野球でもバレーでも割と何でも楽しんで観るよ』
「へぇ・・」
『屋外競技はマジで紫外線が怖いけどね』
「ロードレース、真夏の炎天下でやるって知ってるゥ?」
『・・・さっき、知った』
「本当、疲れるから夏にやるのやめろって言いてぇ」
『まぁ、大体のインハイが夏だからね・・・』
「見に来るなら、熱中症対策とか日焼け対策ちゃんとして来いよ」
『うん』

まだ先とはいえ、椿が来るのかと思うと照れるところがあるが、そんなこと思うのは今だけだろう。そんなこと考えて走れるほど甘くネェし、考えてられる暇なんておそらくないし、そもそも、考える必要もない。
『悔いが残らないようにね』そう言って笑った椿は、何か思い出しているのだろう



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