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今年は図書委員に入らなかった。入る必要もなかった
朱里の言っていた、ドキドキして緊張するだけが好きじゃないという意味が、少しだけわかったような気がした。同じクラスになって、お昼も一緒に食べるようになって、くだらない話をする時間もできた。荒北が積極的に私に触れるようになったのは、何かしらの進展を望んでの事なんだろうか。頬杖をついた反対側の手に人差し指が机をコンコンと小刻みに叩いて音を立てる

『爪、綺麗に整えてるんだね』
「伸びると気になるからな、すぐ切る。長いと邪魔だろ」
『まぁ、そうだね』
「お前も綺麗にしてんだろ?塗ったりしねぇの?」
『マニキュアは塗るときもあるけど、あんまり爪は伸ばさないかなぁ。バレーの時の名残で綺麗に丸く整えちゃうんだよね』
「その方が危なくネェし、清潔感あっていいんじゃねぇの」
『じゃぁ、これからもそうする。あ、荒北、やっぱり手大きい』
小刻みに音を立てていた人差し指を握れば、静かになった
自分の手を広げれば、荒北も右手を広げたので左手を合わせてみた
「新零チャンも小さくねぇだろ」
『大きい方が、有利だよ』
「まぁ、そうネ」
『小さい方が、女の子っぽいけどね』
「男の手は、もっとごつごつしてんの」
『・・・・』
「まだ、そーいうところ気にしてんのォ?」

合せていた手が、私の頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。正直、毎朝ちゃんと整えているのだから勘弁してほしいけれど、受け入れてしまうのは、なんでだろうな。やり返してやれば、触んなと怒ってくるので余計にやりたくなって両手でかき混ぜてやる。猫っ毛だなぁと指通りのいい髪に癖になりそうだ。

『荒北は、長いのと短いのどっちがいい?』
「あ?」
『髪型の話』
「椿の?」
『そう』
「・・・長い時なんて見た事ねぇから知らねぇし。髪型で中身が変わるわけじゃねぇからどっちでもいい」
『荒北、もっと我儘言ってよ』
「キスしてぇ」
『・・・・・・・・』
「新零チャン、フリーズしてんの?」
『・・・だっだって、急に』
「急じゃねぇよ。言ってねぇだけで」
『・・・・・・っ』
「けど、ま。インハイ終わるまでは、我慢すっからヨ」
『えっ?』
「デート誘わねぇの変だと思わねぇの」
『・・・・・部活、忙しいんじゃないの?』
「2人で会ったら約束破りそうだからなァ」

ニヤリと笑った荒北の頭をぐっと机に伏せさせ、ゴンと音が鳴ったかもしれないけれど聞こえないふりをした。痛いと吠える声も聞こえないふりをして、上から押さえつけ「いい度胸してんネ」と伸びてきた腕から逃げれば、その腕で頭を囲って、顔を上げて追っては来なかった

『?』
「靖友、どうかしたのか?」
『新開くん?うーん・・頭ぶつけた?』
「何だそれ。靖友、今日の部活無くなったって聞いたか」
「聞いてネェ」
「室内練もなしだってさ」
「はぁっ?!こんな時期に?」
「理由は俺も聞いてねぇけど、明日の朝練はあるってよ」
「そーかよ」
「時間できたんだから、2人でどっか行ってこればいいんじゃねぇの?」
『・・・・・』
「・・・・・」
「どうかしたのか?」
「どうもしねぇヨ!!バァカ、さっさと自分の教室戻れ」
「?」
『わざわざ連絡しに来てくれたのに、そんな言い方ないんじゃないの』
「っせぇ」
「・・・なんかあったのか?」
『うーん・・・タイミング的に』
「?まぁ、よくわかんねぇけど。そういうことだから、じゃぁな」

一度顔を上げたけれど、また腕で頭を囲って伏せてしまった。まだ授業は始まらないので、荒北の髪に指を通しているとバッと手を掴まれて、肩を揺らした。どこのホラーだよ・・・

「・・・・」
『?』

ガバッと体を起こして、険しい顔をしてまたそっぽを向いてしまった。
少しだけ言いたいことはわかるけれど、さっきの会話を思い出して口に出しづらい。どうしたものだろう、掴まれたままの手を振り払うこともできずにいると、チャイムが鳴った。はっとして手を放してくれたので自分の席に戻ることにした。授業中、右手で頬杖をついたままの荒北をちらちらと眺めながら、あれでどうやってノートを取るんだろうかと考える。もちろん不可能であるし、3年生だというのに受験勉強なんていう影も見えない・・・それは荒北だけじゃなくて、インハイを控えている部活に所属している生徒は予選だったりで心ここにあらずという者も少なくない。逆に授業なんて聞かずに、黙々と塾のテキストや参考書を広げている人たちもいるので、真面目に授業を聞いている人間は少数かもしれない。そういう私も、ノートは書いているけれど眠気に勝てそうもなく後半は記憶がほとんどなく、ミミズの這ったノートにため息をついた。
ここのところ勉強をする気も起きず、何もしていないからと無駄に起きていて睡眠時間が足りていない・・・どうせ、何もやらないのだから寝ればいいのにと起きては、そう思う。バレーやりたいなぁ、なんて、この前の試合を思い出して楽しかったなぁと息をつく。大学に入ったら、サークル入ろうかな・・でも、遊んでるような所だったら嫌だなぁなんて、考えていると後ろの席の友達が、次、移動教室だよと声をかけてくれた。

「荒北くんって、1年の時の印象が強くてさ、なんか怖いって思ってたけど。椿ちゃんといる時は、なんだかかわいいね」
『そうかな?』
「そうだよ。椿ちゃんは、さっさと前、歩いてくからさたまに後ろ振り返ってみるといいよ」
『なんで?』
「だって、荒北くんさ、椿ちゃんに声かける時もちょっと不自然だし、好きな子に話しかけるのが恥ずかしいみたいな態度でさ。実際そうなんだけど、意外だなぁってよく話してる」
『そ、そうですか』
「私の彼氏、そういうところ全然なくてさぁ、ちょっと羨ましいなぁって。それと、荒北くんの様子からして大丈夫だと思うけど。最近、人気出て来てるみたいだから気を付けた方がいいよ」
『え、荒北が?』
「椿ちゃん、その反応かわいそう」
くすくすと笑う友人に苦笑するものの、やはり意外な発言だった。
「さっき言ったでしょ?初心なところがかわいいって、そういう普段とのギャップで好きになっちゃう子がいるわけですよ。・・・それに、インハイメンバーに決まったっていうのもあるし」
『・・・・・・』
「まぁ、1個前の休み時間の様子みてたら、誰も邪魔しようとは思わないだろうけど」
『うっ・・・あれ、見てたの?!』
「途中で新開くんも来たから余計、目立ってたよ。」

客観的な意見をもらって、なんだか居たたまれない気持ちになって来た。別にいちゃついているつもりはなかったし見せつけるようなつもりもなかった。なんとなく、触りたくなって・・・・触りたくなって?



今日の授業が全て終わって、使わない教科書をロッカーに詰めた

「椿」
『うん?』

上から声がかかったので立ち上がろうとしたけれど、すっと同じように横に屈んだのでロッカーに向かって2人で屈んでいる状態になった。

「部活ねぇの」
『うん』
「・・・新零チャン、意地悪すんのォ?」
『はっきり言わなきゃ・・・それに、疲れてるなら休んだ方がいいよ?』
「・・・どっか行こうぜ」
『いいよ。・・・断られると思った?』
「いや」
『あんなことを言った手前恥ずかしかったと』
「っせ、どっか行きたいところあるか?」
『荒北こそないの?』
「浮かばねぇから聞いてる」
『じゃぁ、公園行きたい』
「・・は?」
『ブランコに乗りたい』
「・・・普通、なんか食いに行くとか買い物じゃねぇの?」
『荒北となら、公園で遊びたい』
「・・・・・俺さ」
『?』
「新零チャンの、そういうところ好き」
『・・・・・・・・・じゃぁ、公園行って、どっかでお茶して帰ろう?』
「おうっ」

先に立ち上がった荒北について下駄箱に向かう。2年とは下駄箱の場所が違うけれどローファーを下に落としたところで、思い出してしまった。

「どうかしたァ?」
『いや、私、上履きしまうの忘れたなって』
「何言ってンの?まだ履いてんだろ」
『い、いや。何でもないです』
「・・・・・・・・あん時のは、新開が片付けたから心配すんな」
『・・・そうでしたか』
「椿こそ、昔話ぶり返してくるじゃねぇかヨ」
『荒北みたいに、中学の話をぶり返したりはしてないよ』
「そーかもしんねぇけどォ」
『でもさ。この前、朱里と仲直りして、荒北もこうだったのかなってちょっと思った。だからさ、改め謝るよ。・・・ごめんね、冷たく当たって』
「・・・そういうのいらねぇンだよ!!もとはと言えば俺がわりぃんだし」
『うん。よっぽどのことがない限り嫌いにならないから安心して』
「ん・・・例えば」
『突然押し倒すとか』
「・・・・・・わかった」
『今の沈黙いただけませんな』
「健全な男子高校生舐めんな」
『あと、私のためでも嘘はつかないで欲しい』
「了解」







「あれ、新零。今帰り?」
『百合、ただいま。今、帰ってきた』
「って、あんたローファー砂まみれじゃんか。何してたの?」
『荒北と公園行ってさ、忘れ物かなんかで置いてあったボールでサッカーしてた』
「・・・・・」
『最初は、他のことしてたんだけどね』
「いやうん、まぁ楽しそうでなにより」
「あれ、新零、帰って来てたのって、髪の毛ひどっ」
「夏葵、聞いてよ。新零ったら荒北くんと公園行ってサッカーして来たって」
「え?あぁ、それで髪の毛も」
「学校帰りの公園デートで、砂まみれって聞いたことないんだけど」
『・・・私、やっぱり何か間違えた?』
「何か間違えた・・っていうか。向こうが、それでいいならいいんじゃない?」
『・・・どうだろう』
「百合、荒北くんなら大丈夫でしょ」
「そうだね。新零、さっさと砂掃ってお風呂入った方がいいよ」
『ん、そうする』



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