54

クラスの子に借りた少女漫画を読み終えて、ベッドに横になった。男兄弟のせいか、少年漫画ばかり読んでいた気がする。男子との付き合いが少し薄くなったころから友達からこうして少女漫画、いわゆる恋愛ものも読むようになった。借りた漫画の続きがまだ出ていないらしく、中途半端なところ終わったせいか消化不良だ。恋愛について考え始めたのはいつからだっただろうか。早い子だと初恋は幼稚園と言っていたけれど、どうだろう自分の初恋は。如何せん女子との付き合いが遅かった分、その分野には酷く疎い小学生だったので、仲の良い男子はいても、憧れの男子なんていたかわからない。もしあったとしても、あの頃の自分が気づいているとは思えない。


夏休みが近づくとともに、インハイへ向けての練習がきついのか教室にいる間、荒北はずっと寝ている気がする。授業中も寝ているのだろうか?ノート書いておこうかなと思ったけれど私も起きていられないことが多く2回投げだしたけれど、これくらいしか私にはできないと気合を入れ、寝てしまったときは友達にノートを借りて2人分書き写した。
寝ているんだろうなと思いつつ荒北の前の席を借りて伏せているところを覗きこめば片目が開き、くぐもった声で「なぁに?」と眠そうな声が聞こえた。

「寝てていいよ」
「新零チャン淋しいわけ?」
「そうじゃないけど。ここ数日分のノート良かったら使って」
「・・・」
「最近、ずっと寝てるから。どうせノート取ってないんだろうなって」
「助かる」
「ん」

ルーズリーフの入ったファイルを机の横に掛けてあった鞄に入れておいた。再び覗きこめば、もう目は開いていなくて寝てしまったのかな、なんて思いながら、そっと頭を撫でた。相変わらずの猫っ毛で、指通りのいいさらさらとした髪が羨ましい。日光をあれだけ浴びているのに、どれだけ丈夫なキューティクルなんだろう。手入れなんて何もしてないだろうに
席の持ち主が戻って来たので自分の席に戻って、中途半端な眠気に身を任せることにした。そうはいっても、頭の中には模試の結果だとか、勉強しなきゃいけないなぁだとか、現時点で入れそうなところでいいんじゃないかなんていう諦めだとか、色々なものがぐるぐるとして寝かしてくれそうにない。ただ、どこでもいいよりも、そこそこのところに行けたらいいなぁ・・と、兄の進んだ大学を並べながら息を吐いた。期待はされていないだろうけれど、女の子だからという理由で甘やかされるのは嫌だった。自分たちの世代でも、女は結婚に逃げられるからという子もいるし、そういう考えだから舐められるんだという子もいる。大人、親戚からすれば前者の考えが多くとりあえず行っておいたら?という空気を兄の結婚式の時に感じた。


「あ、ちょうど良かった。椿さん、そこの上の箱、取ってくれる?」
「これですか?先生」
「そう、それ。ありがとう、私じゃ届かなくて」
移動教室で少し早めに教室に着けば、準備室から顔を出した先生に呼ばれた。

「重くない?危なそうだったら無理しなくていいからね」
「平気ですよ。たぶん、持てます」

棚の上から、段ボール箱をずるっずるっと手間に引っ張っていると、ギシリと音がして準備室に人が入ってくるのが分かった。先生の声がして、ふと手を止めると後ろから箱が支えられた。

「邪魔だからどいてろ」
「荒北」
「先生も、こーいうのは男に頼めヨ。・・つーか、これ結構重てぇし」
「そ、そうね。ごめんなさい」

重たいと言いながら、ひょいと箱を下して先生に運ぶ場所を聞いている荒北を眺めていると、何もなかったかのように、こちらを振り返った。手についた埃を軽く払って準備室を出れば荒北が欠伸をこぼした。

「ビビりやがって」
「荒北の柄が悪いからじゃない」
「知るかよ」
「ありがと、荒北」
「へいへい」

友達の中には、立て続けに誰かと付き合う子がいる。本人がそれでいいのなら私が特に何かいう必要もないと話を聞いて、そうなんだと適当に流す。たまに、そっちはどうなんだと話を振られても荒北も忙しいしと誤魔化せば、そうだよねと次の話題へと代わって行く。人によっては、きっと今の関係を付き合っていると言わない人もいるのかもしれない・・・
さりげなく手を貸してくれた荒北を思い出して、手を止めた

「水勿体ネェから洗うならさっさと洗えよな。とろくせぇ」

使い終わった器具を水道で洗っていたのだが、横から荒北に奪われて、さっさと洗って片付けてしまった。なんだか甘えてばっかりだな。寝ても寝ても、ぼんやりとしたままの頭を振って、今日は早く寝ようと心に決めた。

と、思ったものの1日の授業が終わって寮に戻って、夕食もお風呂も済ませれば。嫌でも机の上に置かれた参考書が目についた。ため息が出る。
ここ最近、勉強にも身が入らない。ぼんやりと考え事ばかりで・・・・

「荒北のことばっかりじゃん」

触っていた髪の毛だったり、制汗剤の匂いだったり、眠そうな声だったり、力仕事変わってくれたり、自分より大きい手だとか、細くても男子とわかる体型だとか・・・振り返ったとき、眉間に皺寄ってなかったな。珍しい。

「・・・・・・」

翌朝起きて、重たい身体を引きずって遅刻ギリギリで教室へ向かう途中、朝練を終えた荒北に追い越された。時間を確認すれば確かに走らなければ教室に間に合わないと、ため息をついて鞄をかけ直して走ろうとすれば、戻って来た荒北に「遅刻すんだろっ!!急げよ、バァカ」と手を引っ張られ、いつもより早いペースで走ったせいか遅刻は免れた。

「お前、上履き片方どうしたんだよ」
「途中で脱げた」
「・・っまじで」
「笑うな、馬鹿。いいよ、探してくるから」
「仕方ネェから、俺も行く」
「いいよ、下駄箱から、ここまでの間に落ちてるだろうし」
「・・・・・?」
「?」

すっと伸びた手が額に触れ、首に手を当てられたため驚いて身を引いた。教室で何をしてくれるんだと、さっさと上履きの回収のために廊下に出て、さっき走った廊下を戻った。階段途中に落ちている自分の上履きを見つけて履き直した。

「あったか?」
「あったよ」

階段を下りてきた荒北が、また額に触れて手を引いた。

「ちょっと、落ちるって・・・教室上なんだけど。なんで降りるの」
「熱があるくせに、学校来てんじゃねぇよ。寮で大人しくしてろっての」
「・・・なんでわかるの」
「さっき、走ったときに手に熱持ってたし、怠そうにしてっし?」
「いいよ。風邪じゃないし」
「そんな状況で、ろくに授業出れねぇだろ。保健室で寝とけよ」
「・・・・・・」
「ほら、1限始まるから早くしろ。なんなら、お姫様抱っこしてやろうか?」

にやりと笑った荒北の手を払い、1人で行けますと階段を下りようとして踏み外して荒北に、そのまま突っ込んだ。どんくさいにもほどがある、呆れて荒北も何も言わない。本当、毎月なんでこんなつらい思いをしなければならないんだ・・不公平だ。微熱のせいで、身体はだるくて、頭も重い、肌もいつもより熱を持って、荒北の体が冷たく感じた

「バァカ、何が1人で行けるだよ。ふざけんな」

言葉の通りで何も言い返せず、荒北に連れられて保健室に行けば、「そろそろ来るかと思ってたわよ」なんて色々と把握されていて苦笑いしかできない。

「本当に辛かったら、休んでもいいし。熱が出るなら、実家に戻った時にお医者様に見てもらった方がいいからね」
「はい・・・」
「ほら、君は1限が始まる前に教室に戻りなさい」

追い返される荒北に小さく手を振れば、少しだけ笑ってくれた。

「いい彼氏くんね」
「そうですね」
「彼、前にも来てたけど覚えてる?」
「・・・いつですか?」
「結構前だと思うけど、特徴的だったから覚えてたの。いつも使ってる電気あんかのコードを見て何かって聞かれたから、説明したら納得した様子だったもの。できた彼氏くんよ。大事にしなさいね」

そう笑って保険医はカーテンを閉めた。それで、風邪じゃないと言っても何も聞いてこなかったのかと思うと、また少し熱が上がったような気分になる。・・・私には勿体くらいだなぁと息を吐いてベッドの中にもぐった。



目次
ALICE+