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自分にもガキのころが当然ながらあった。椿の話に耳を傾けてガキの方を見ていれば、覚えのある話ばかり聞こえてくる。俺にとっては、遊んでいる面々の中の唯一の女子だった。はっきり覚えているわけではないけれど、相手が椿だったのは間違いがなく、わざとホースを踏んで椿が顔面から水を被ったのは、しっかりと覚えていた。その先を向こうは覚えていないようだったが、あいつにお返しとばかりに水をかけられて同じ状態になったあげく、2人そろって教師の説教をくらった。嫌な記憶だ。ひまわりのことも怒られたことを覚えていて、その前後はなんとなくしか覚えていない。
ぽかんとした椿に、それがどうかしたのかと聞く前に歩く速度を上げて横をすり抜けたあげく寮まで走りやがった。意味が分からないまま追って、転びかけた椿を支えれば慌てた様子で中へ入って行った。
たしかに、ガキのころに誕生日だからって花を贈るなんて恥ずかしいことをよくしたなと思いつつ男子寮に向かう。どっちかつーと、恥ずかしいのはこっちなんじゃないか?

翌日、朝練が終わって教室に向かえば机に伏せている椿がいた。寝ているだけかと思いつつ声をかければ、少し驚いた顔をして昨日のことを謝られた。視線がやたら泳ぐので、何か隠しているのかと思えばそういうわけでもないらしい。その日の昼も、どこかぼんやりとしていていた。俺の方をちらりと見ては、違う方向を向いた。見覚えのある動きと言えば、酷くストーカーのように聞こえるが自分の知っている意味に期待してもいいのだろうか。

「椿」
「ん?」
「教室入らねぇの?」
「・・・・あ」
教室の後ろのドアを通り過ぎようとしたために声をかければ、振り返ってきょとんとしていた。少しして意味を理解したのか中に入ったけれど、明かにおかしい。

「やっぱ、なんかあったのか?」
「何もない」
「昨日も変だったろ」
「いや、そんなことない」
「何で走ったんだよ」
「深い意味はありません」
「嘘つけ」
「・・・・・」
「早く言った方が楽になんじゃねぇの?」
「・・・荒北も大きくなったなって」
「は?」
「昨日言ったこと、全部荒北だったんでしょ?その荒北と、なんだかんだ大きくなった今も一緒にいるのかと思ったら、なんか変な感じして」
「変な感じがしたから走ったわけ?」
「わかんないけど!!走りたい気分だったの!!」
「・・・ンだよそれぇ。ふっ」

なんだそれは、そんな赤い顔で言われて笑わずにいられるかっての。理由が理由になってねぇし、笑うなと怒っているくせに眉は下がっていて、弄りたくなるが、教室であることを思い出して大人しくする努力をする。

「にやにやしないでよ」
「してねぇよ」
「してるから言ってるの」
「じゃぁ、してんだろうな」
「なにそれ」
「新零チャンは、ひまわりに運命でも感じてたわけだ」
「そうじゃない」
「どーだかなぁ」
「・・・でも、ひまわりもらったの、嬉しかったんだと思う」

伏し目がちに、ぼそっと呟いて自分の席に着く椿を目で追って自分も席に戻る。妙に心拍数が上がるのがわかる・・・どこかいつもより、しおらしい気がしてならない。声も少し小さくて・・・・授業中、椿の方を見れば、頬杖をついて何か考え事をしているようだった。ふと、頬杖を止めた椿がこちらを見た。驚いたように瞬きをして、何もなかったかのように視線を黒板に戻して、ペンを走らせた。その後も特に弄って拗らせるのも嫌で、いつも通りを装って部活へ向かった。だから、その後、椿がどこへ向かうのかも知らなかったし、事情なんて何一つ知らなかった。



部活中、ふと見慣れた後姿に自転車を止めた。奥に知らない男子生徒がいる、遠目に見ても和やかな雰囲気に眉間に皺を寄せる。しばらく、そのまま眺めていた。柔らかく笑った椿に苛立ちと下降していく気持ちが混ざるのを感じ、ハンドルを強く握って、その場を後にした。嫌な方にばかり考える頭を振って、ペダルを回す。何もない、椿は・・・・・



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