57

呼び出された先へ向かえば、去年同じクラスだった子がいた。今時珍しいけれど、連絡先を知らなければ手紙以外に方法がないのかもしれない。落ち着いた子で、何度か話したことがあるけれど本当に荒北と真逆に居るような雰囲気に和んでしまう。いわゆる癒し系なのかもしれない。本当は、ここへ足を運ぶこともためらった。やっと荒北への気持ちに整理がつくところだったのだ。

「呼び出して、ごめん。荒北と付き合ってるって知ってるんだけど、言うだけ言いたくて」
「うん」

その気持ちはすごくわかった。話を聞きながら、柔らかい声に癒される。もし、荒北との展開がなければ付き合ってみたいなと思うくらいいい子だ。それでも、荒北の笑った顔がちらついて、無意識にスカートをきゅっと握った。

「言えて良かった、時間取らせてごめんね」
「いいよ。私こそ、その・・ありがとう?」
「うん」
「でも、どうして私なの?かわいい子たくさんいるじゃんか」
「まぁ、確かにそうだけど」
「遠慮ないね」
「椿さんそういう社交辞令嫌いそうだし」
「その通り」
「やっぱり。なんていうんだろう、頑張ってる女の子ってかわいなって。それに荒北と付き合い始めたころから、男子に対しても普通に接するようになったっていうか、前より笑ってるなって思ってさ。・・・まぁ、それ見てて、椿さんにとっての荒北が重要な場所にいるんだって思って。完全に失恋。」
「・・・・どちらかというと、荒北のせいで男子が嫌いになった気がするけどね」
「何だよそれ、じゃぁ上手く行ってないのか?」
「そうじゃないけど、喧嘩して仲直りして今に至る」
「なんかわけありっぽいけど、椿さん、荒北のこと好きじゃないのか?」
「・・・その返事をまだしてない。これ、他の人に言わないで」
「・・おう。というか、返事してないの?」
「うん。恋愛としての好きっていうのが、わからなくなって。すぐに返事できなくてさ」
「へぇ・・で、そろそろ返事しようかなってところか」
「・・・・そう、なんだよね」
「まだ好きじゃないのか?なら、僕にチャンスあったりするわけ?」
「ごめん、それはない」
「うわ、ストレートすぎ」
「もし、荒北と付き合ってなかったら考えたかもしれないけどね」
「・・・・それは、複雑だな。でも、早く返事してやれよ」
「うん」
「椿さん、今、すごく、可愛い顔してるよ」
「は?」
「恋する乙女は、かわいいな。やっぱりさ」

余計なひと言を置いて去って行く彼と別れて寮へと足を進める。昨日のことを思い出して、また耳が熱くなるのがわかる。ひまわりの花言葉なんて柄にもなく調べるんじゃなかった。向こうも覚えていると言っても遠回りな記憶だったので、気にするほどでもないのかもしれない。荒北は、私の誕生日を覚えていたし、もしかしたら私の覚えていないこともたくさん覚えているのだろうか。小さいころだから覚えてないなんて本当は失礼なのかもしれない。・・・そうだ、事後報告になってしまったけれどちゃんと告白されたことを伝えておかないといけない。忘れないうちにとメールを打つために木陰に入った時だった。大きな衝撃音がして、思わず驚いて携帯が地面に落ちた。音がした方を見れば、少し先に車が突っ込んでいる、あまりの衝撃に呆けていたものの慌てて携帯を拾って警察に電話をした。もしメールを打とうと思わなければ、自分があの場所にいたかもしれないと思ったら腰が抜けて地面に座り込んだ。携帯を握りしめて現場を眺める。近くにいた人たちが何事かと集まってくるのを見ながら、そのまま地面にじっとしていた。・・運転手の人は大丈夫だろうか、もしかしたら、この場所から離れなければ危険なのかもしれないと色々と頭よぎるものの未だに足に力は戻って来ない。死んでいたのかもしれない、そうでなくても大怪我をしていたかもしれないと思うだけで、震えてくる。

握りしめていた携帯が音を立てた
慌てて画面を確認すれば荒北だった

「事故あったって聞いたけど、巻き込まれたりしてネェよな」
「う・・うん。」
「なんだよその曖昧な返事はよ」
「・・・目の前で事故が起きて、腰が抜けて動けなくて」
「怪我してねぇんだよな」
「してない」
「どのへんだよ」
「え?」
「そっち行くから場所早く言え」
「私平気だし」
「いいから早く言えつってんだよ!!」
「・・・うん」

声からして怒っている。理不尽な怒りを向けられて、不服だ。場所を言えば、警察が着くのと同じくらいのタイミングで荒北の自転車が傍に止まった。

「まだ力入らねぇの?」なんて言いつつすでに、私に向けて手は差し出されている。その手を取れば、軽々と引っ張られて向かい合う形で立ちあがった。自転車片手に、私を引っ張って寮の方へ迂回するように道を選んで歩き始めた。未だに死ぬところだったという、あのひやりとした感覚が残っているせいか、なかなか言葉が出てこない。

「荒北」
「あ?」
返事が心なしか機嫌が悪い。虫の居所が悪いのか、何が原因だろう

「荒北にメール送ろうと思わなかったら、私、事故に巻き込まれてたかもしれない」
「・・・・・」
「メール打つために立ち止まって、すぐだったから」
「だろうね、近すぎて俺も驚いてんの。つーか、危ねぇからすぐ離れろよバァカ」
「ごめん」
「巻き込まれてたかもしれないじゃねぇよ、確実に巻き込まれてただろ。」
「うん」
「授業終わったら、さっさと帰れ」
「うん」
「お前、やっぱなんか憑いてんじゃねぇの?」
「・・・・」
「何か言ったらどうなんだよ」

足を止めた荒北に合せて自分も足を止めた。視線は地面を見たままで、彼の手の中にあった自分の手は、先ほどより強い力で握られた。冷え切った手が痛みを伝えてくる。

「椿チャンさ、人に期待させといて落とすの好きだよな」
「・・・?」
「先輩サンにも告っといて、過去形でしたってやつやったんだろ?」
「・・・荒北?」
「俺がなんで怒ってんのか、わかんねぇって顔してんね」
「荒北、私」
「っせ」
「勝手に怒らないでよ!!私の話しも聞いて」
「・・・んだよ。告白されたけど断ったってか」
「なんで、知ってるの」
「見てたからに決まってんだろ。メールも、そのことか?ンなもんいるかよ。大体、行く前に言えよ」
「・・・・・」
「さっさとしろ、早く部活に戻りてぇんだよ、こっちは」
「なら、来なきゃいいじゃん。私、平気だって言った」
「あ゛?」
「もう、手放して。1人で帰れる」
「そうかよ!!勝手にしろ」

なんで、こうなるの?
メールがいらなかったら、私、ここにいないかもしれない。確かに行かなければ、こんなことにもならなかった。私が悪い。怒らせたいわけじゃないのに・・・やっと震えの止まって来た冷たい手で泣きそうな目をこすった。後ろから、声をかけられて驚いて振り返れば警察の人だった。目撃証言がどうのと聞かれ、すぐに寮に戻れそうはない・・・現場に戻って、話し終えるころには事故直後の恐怖と、警察の人に何度も言われた運がいいよ、1歩間違えたら巻き込まれていた、の言葉に支配されていた。

荒北が来たときに、少しだけ安心したのは事実だ。本当は来てくれて嬉しかったはずだ・・・けれども、どうして?どうして・・・
就寝時間になっても、夕方のことが怖くて眠れそうにない。荒北のこともある、明日学校に行きたくない。悪かったのは私だ。荒北の気持ちなんて考えずに呼び出しに応じて、これじゃぁ荒北が男好きな友人の言っていたキープというのみたいだ。そんなつもりはない、全くないのに。口を利いてくれないかもしれない、謝っても許してくれないかもしれない・・・すごく怒っていた、やっと言えそうなのに・・・。私、すごく我儘だ。

その夜、何度も魘されて、ほとんど寝ることはできなかった。鈍い頭のまま、早朝にも関わらず暑い日差しのさしている外へと出た。そろそろ日傘を使おうと思いつつ早めに到着した校舎へと入ることにした。そうしなければ、学校を休んでしまいそうだった。


目次
ALICE+