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「靖友、何イライラしてるんだ?」
「また、椿さんと何かあったのか」
「・・・・っせ」
「図星だな」
「るせぇって言ってんの聞こえてネェのかよ」
「・・・・何をそんなに怒っているのだ荒北は」
「そうカッカしていると、また嫌われるぞ」
「・・・・・・」

期待していたのを裏切られたような感覚に虫の居所が悪い。じゃぁ、なんだ、あの妙な態度は呼び出しの手紙でも貰って考えごとをしていたのかと思うと一段と腹がたつ。そんなことを考えていると、近くで事故が遭ったという連絡が入ってきた。外周するのに、邪魔になるから周回コースを気をつけろということだったが、なんとなく嫌な予感がして、椿に電話をかければ案の定、現場の傍にいやがった。

「荒北どうした」
「椿が現場の傍にいっから、ちょっと行ってくる」
「わかった」
「ごめんね、福ちゃん」

なんて言いながらチャリを漕いで向かえば、地面にへたりと座り込んだ椿が見える。それも、思っていたよりもすぐ傍に事故った車があることに気づいて慌てて立たせた。不安気な椿の手に触れれば、その冷たさに、ぞわりとした。あんな呼び出しに応じなきゃ、こんな目に遭わずに済んだはずだ。大体、どうせ断んなら行かなきゃいいだろ・・と、苛立ちが募る。挙句すぐに何も言わない椿に舌打ちをしたくなってくる。告白されたあとで気まずいってか?完全に喧嘩腰で振り返れば、しゅんとした椿がいた。狡いと思った、完全に自分が悪者だ。



「椿さんは、無事だったか?」
「怖かっただろうな、目の前で事故が起きるなんてな。荒北よ、ちゃんと椿さんが落ち着くまでいてやったんだろうな?」
「知るかよ」
「・・・・?」
「どうしたんだよ、おめさん酷く焦った感じでチャリ漕いでったつうのに」
「・・・っせ」
「荒北。虫の居所が悪いのか知らんが、椿さんを怒鳴りつけたりしておらんだろうな」
「あ?」
「怖い思いをしたばかりだったんだぞ」
「・・・・・」
「喧嘩中だとしても、先に大丈夫だったのか、もう怖くないぞと慰めるくらいの器のでかさをだな」
「うるせぇよ」

ロッカーの戸を乱暴に閉めて、さっさと寮に戻る。事故現場は既に片付けられていた。日差しがない分少しだけ涼しい夜道で落ちつけ、頭を冷やせと深呼吸をする。慌てて椿を立ち上がらせた場所と事故車の場所を思い出しながら、本当に1歩違えば大事だったのだ・・・あの時かけた電話に椿が出ることもなかった、明日の教室に椿がいなかったのかもしれない、一生会えない可能性だってあったのだ。そう思えば、背筋がぞわりとした。あんな風に喧嘩もできなかった
震えを止めさせるために強く握った手の冷たさを思い出して、東堂の言葉が響いてくる。とはいえ、自分もそんなできた人間ではない。一言が言えなくて、今まで何があったか思い出したくもないというのに、またこのありさまだ。つくづく慰めるという行為ができない、失敗ばかり、絡まってばかり

話さなければ長引く。そんなことは、わかっている。けれども、腹の立つことは譲りたくない。ベッドに転がって明日、どうするか考える。何度か携帯を手にしては、メールを打ちかけてやめたし、電話もしようとしてやめた。明日も朝練があるからと目を閉じた。目覚ましと共に起きて支度をする途中、そういえば朝練中止だった気がすると東堂から来たメールを確認して息を吐いた。通りで支度中にチャリ部の連中に遭わないわけだ。・・・手持無沙汰に結局早めに寮を出て教室に向かう事にした。朝からこの日差しということは日中は相当暑くなるのかと思うと嫌になる。疲れるからインハイも夏になんかやるなと言いたい。もっと気候のいい時期があんだろ。なんて、思いながら教室の戸を足で開ければ・・・開ければ?こんな朝早くに教室が開いてんのか普通・・・

「・・・・・」

教室の隅で膝を抱えている椿を見つけた。
寝ているのだろうか、荷物を自分の席に置いてそっと近づけば起きる気配はない。化粧か何かで隠しているのだろうか?近づけば目の下に酷い隈があるのがわかる・・・
左手にある開いたままの携帯をそっと手から取っても椿が起きる気配はない。カーソルを上に向けて画面を明るくすれば、自分宛ての書きかけのメールがあった。文字に目を走らせて、昨日の椿を追っていく。すでに長いメールの続きを書くつもりだったのかと思うと女とは恐ろしい生き物だと思う。

「ったく、お前も十分言葉足らずじゃねぇかよ」なんて1人ぼやいて携帯を閉じて再び椿の様子を見れば、どこか険しい顔をしている。魘されているのだろうか・・・携帯の抜き取られた手がきゅっと握られた

「起きろ」
軽く体を揺すって声をかければ、長い睫が少し持ちあがった。何度か瞬きを繰り返して、やっと自分の方を向いた。
驚いているのだろうが、寝不足の疲れた顔がどちらかというと濃く出ている気がする。

「なんで、いるの?」
「朝練中止だって忘れてたんだよ。新零チャンこそ何してんだよ」
「寝れなかったから、なんとなく・・・・荒北」
「ん?」
「昨日・・ごめん。勝手に呼び出しに応じたり、せっかく来てくれたのに、あんな言い方してごめん。本当は、来てくれて少し安心した。でも、欲張りだからさ本当は」
「本当は、大丈夫?って慰めてほしかったんだろ?震えてたもんな」

椿の肩を自分側に引っ張れば、すっぽりと腕の中に納まった

「私、荒北のこと怒らせてばっかり」
「俺は、新零チャン泣かせてばっかりだな」
「今は泣いてない」
「そーだね」
「荒北」
「もう謝らなくていいっての。次からは、ちゃんと先に言え。それから、なんだァ・・・」
「?」
「さっきメール見た」
「・・・はぁ?!何勝手に見てんの?!」
「俺宛てだから別にいいだろ」
「あとでちゃんと添削するつもりだったのに、余計なこといっぱい書いてあったし」
「その余計なことを省くから拗れんだよ」
「・・・・全部読んだの?」
「読んだ。・・・すげぇ期待するけどいいのォ?」
「・・・いいよ」

外を向いてしまっているため、椿の後頭部しか見えないけれど視線を逸らすと言うことは照れていると判断していいはずだ。「携帯勝手に見るの禁止」なんて文句を言いつつも床に座り込んで抱き着いたままの状態だ。逃げる様子は一切ない

「新零が無事で良かった」
「・・・・・・」

腕に力を入れて抱きこめば、「その言葉、昨日欲しかった」なんて我儘を言いながら俺のシャツを掴んで擦り寄って来た。涙声になって来たところを見ると、相当怖かったのだろう・・・そりゃぁそうだ。死ぬことは怖い、当然だ。昨日警察に連れ戻されて、現場に立たされただとか、寝れなくて辛かったと愚痴を聞きながら背中を撫でてやる。まだ、他の生徒が来るには時間がある。

「インハイ終わったらな」
「了解。覚悟しとく」
「んだよそれ、別に捕って食うわけじゃねぇんだから」
「いや、だって。荒北って、野獣って言われてるんでしょう?自転車部で」
「そーいうどうでもいいことはほっとけ」
「えー」
「えーじゃねぇよ」
「・・・本当、荒北、趣味悪いよ」
「っせぇ」

自分も椿のことを疑ったのかもしれない。昨日の様子を見て、それまでのやり取りから期待し始めた。直前で落とされることを、期待が潰れることを恐れたのかもしれない。そんなもんだと割り切ってしまえば見かけ上だけでも繕えるとでも思ったのかもしれない・・・・・・

「荒北」
「ん?」
「このまま寝てもいい?」
「あ?昨日のごたごたで寝不足なんですよ」
「保健室行けよ。それか、寮戻って休めばいいだろ」
「そこまでの時間ないし」
「・・・・15分で起きろよ」
「了解」

それから、少しして寝息が聞こえ始めた。肩に頭乗った向かえあわせの状態で寝られるものなのかと思うけれど、疲れているのなら・・・と、息を吐いた。なかなか心臓によろしくない距離と体勢に朝から精神を削られることになったけれど仲直りはできたので良かった。この先も喧嘩するのだろう。椿の短い髪に指を通しては、自分よりもずっと綺麗で甘い匂いのする髪に刺激される。肩から腰にかけてのラインといい、自分の足の間に納まっている現状といい、やはり色々と来るものがある。目を瞑って気にしないふりをしていたいところだが、普段なら強制的にペダルを漕ぎ始めるので眠かろうと目は覚めるが起床時間の早さから眠気は残っており目を閉じれば自分も眠ってしまいそうだ。さすがに、それはまずい。できるだけ気にしないように、無心になろうとするものの、時折「んー」と声漏らす椿にため息が出た。


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