62 帰り際の椿の元気のなさに自分は何か間違えただろうかと空を見上げたものの、未だに明るい空に視線を地面に戻す。その日は、そのまま何事もなく椿を家に送って、自宅に戻った。椿が認めたにもかかわらず、別れ際の表情が気になって、嬉しさより不安が勝った。 それから1週間経って、祭りの当日の夕方に椿から待ち合わせに間に合わないから先に行ってとメールが入った。適当に返事を送ったけれど、何かあったのだろうかと思いつつも、いつもの連中に同じように伝えて先に会場に向かった。途中、場所はわかるのかとメールを入れたけれど、すぐに返事は来なかった。向こうの状況がわからなくて、やはり引き返して向かえに行こうかと考えては足を前に進めた。・・・祭りに誘ったときの帰りの不安そうな顔を思い出しては、本当は来たくなかったんじゃないかと息をついた。 「椿さんから返事は来たのか?」 「いや、来てねぇよ・・・てめぇ、どんだけ食う気ダヨ」 「何かあったとかじゃねぇといいけどな・・・靖友も食うか」 「食いかけなんかいらねぇよ・・・・そのうち電話してくんだろ」 「支度に時間がかかっているだけではないのか?」 「さぁな。あいつ、浴衣着たくなさそうだったから着てこねぇかもしれねーし」 「そうなのか?」 「似合わないから嫌だとか色々言ってたぜ」 「意外だな、椿さんなら上手く着こなしそうだというのに。ちゃんと、フォローしたんだろうな荒北」 「まぁ、一応?」 ・・・返事したくねぇとかそういうやつ?このまま来ないとか?はっ・・・笑えネェ。 なんて、頭の隅で思ったのは、花火の上がる時間まで残り1時間だからだ。連絡が来なくなって1時間経ったのだ・・・来ないなら、来ないと連絡をしてほしいところだというのに。それから、また30分経って50分経って・・・・そこでやっと電話が音を立てた。椿の名前に即座に出たが、この流れは何度目だろうか、あいつからの電話は、兄弟やら無音やらと問題ばかりだった、今回も嫌な予感がした。 「靖友くん?」 「・・・・・・はい」 ほら、当たったじゃねぇかよ。 この人混みの中、たった1人を探し出さなければならなくなった。あの馬鹿と何度思っても伝わらないのが腹立たしい。椿の母親からの連絡で、あの馬鹿が携帯を玄関に置いたまま家を出たことがわかった。当然返信が来るはずもなく、本人からどこにいるのかと連絡が来るわけがない・・・。浴衣持ってねぇなら初めから言えばいいというのに、それなら着て来いとは言わなかった。椿が待ち合わせに間に合わなかったのは、仕立てた浴衣の出来上がりがギリギリだったからだとさっき電話で聞いた。元々背が高いことでサイズが少ないことや、こだわりが強くて仕立てるにしても反物を見つけるにも時間がかかったというのだ。 “あの子、前にも浴衣欲しいって言ったことあったんだけど、良いデザインのサイズがなくてね。その時は、友達は浴衣なのにって・・・色々あったの。だから、もう背は伸びないだろうからって、あの子が気に入るまで反物探して、背に合せて仕立ててもらったから。・・・もし、良かったら新零のこと探してあげて。あの子、泣いて化粧崩れてないといいけど” 勝手な理由だとは思ったけれど、探さない理由なんてどこにもなくて、人混みを逆走するように屋台の並んだ道を戻る。チビじゃない分探しやすいはずだと浴衣の色と短い髪を頼りに1人でいるだろう馬鹿を探す。途中まで戻ったところで、握りしめていた携帯を確認したけれど東堂たちからも連絡はない。探す協力は頼んでいないけれど、さっきまでいた場所を動かないようには頼んであるので万が一にすれ違っても大丈夫なはずだ。花火の音が聞こえ始めて再び道を逆走する。さっきよりもゆっくりになった人の流れの中、隙間をぬって、やっと開けた場所にまで戻ることができた。ここからでも十分花火は見えて、立ち止まっている人の中から目当ての馬鹿を探す。 「椿いたら、返事しろ!」 なんて、このうるさい中声を上げたところで聞こえるはずがない。もしかしたら、もう帰ってしまった可能性だってある。何かに巻き込まれていなければそれでいい、無事に帰ったならそれで・・・ 「えー、私は迷子じゃないってば」 「おねーさん、1人で祭り来てんだろう?かわいそうだから俺がいてやるって言ってんの」 「お子様がいっちょまえにナンパか、生意気な」 「お子様じゃねぇよ」 「小学生なんて、お子様以外の何者でもない」 「んなことねぇよ!!仕方ねぇから、俺が一緒にいてやる」 「私はいいってば。ほら、お母さん呼んでるよ」 「っせぇくそばばぁ!!」 「お母さんに、そんな口聞くんじゃないの」 「ガキが、人の女ナンパしてんじゃねぇよ。ガキは、さっさとママの所に行けっての」 「あ・・荒き・・・・」 「うっせぇ!!お前、誰だよ!!横取りすんのか」 「横取りしてんのは、テメェだろ。ま、見る目は悪くネェけどな」 「お前、話のわかるやつだなっ!!」 「っせぇクソガキが」 「すみません、うちの子が・・・」 無理やり手を引かれて歩いて行くガキを見ていれば、服の裾を引っ張られた気がして視線を下げたままの椿の方を振り返った。普段よりも大人っぽく見える浴衣姿と、服の裾を引っ張るなんて子供っぽい仕草のギャップに、妙な緊張を感じた。 「お前、携帯忘れるとか馬鹿だろ。少しは学習しろよ」 「・・・ごめん」 「お前の親からお前が玄関に携帯忘れたって電話が来たんだよ」 「・・・・・そっか、それで」 「・・・・・・」 「あのね、もう帰ろうかなって思ってた。この人数から探すのは難しいなって」 「おう・・」 「せっかく、浴衣着たのになって」 「・・・・」 「だから、今すごく嬉しくて」 やっと顔を上げた椿の目には涙はなくて、いつもと雰囲気が違うのはおそらく化粧の効果だろうか?浴衣が似合わないなんて嘘もいいところだ。 「探してくれてありがとう」 「・・おう、」 「たまには、背が高いのも役に立ったかな」 「関係ねぇよ・・お前、さっきまでガキに合せて屈んでたろ」 「・・・そう?」 「なんつーの?目に留まったから近寄ったら声が聞こえてきたからよ」 事実だ。ふと目を止めた先にいた女は、髪が短くて、探していた色の浴衣を着ていた。知らないガキと話すためか少し背を屈めていた。この大人数の中から見つけ出したのだから我ながら見ていた年数は伊達じゃないらしい。正面にいた椿が横を向いて花火に目をやった。そういえば、そうだったなぁなんて花火を見る椿を眺めた。東堂なら、ここで何か言うのかもしれないけれど自分にそんな言葉が似合わないことなどわかっていて、そんな言葉を吐きだすにはどれだけの羞恥心を捨てなければならなくなるのだろう。 「荒北」 「ん?」 「私のこと好きでいてくれて、ありがとう。私も、荒北のこと好きだよ」 「・・・・・」 “好きだよ”の言葉だけ、自分の方を向いて言った椿を狡いと思いながら 手を少し引いて自分の方を向かせ、そのまま、自分のそれを椿のそれに重ねた ←→ 目次 |