63 「おせぇよ、馬鹿」と花火と雑音の中から聞こえた小さな声と共に、荒北の顔が近づいた。慌てて目を閉じて、触れていた荒北の手を握り返した。妙に落ち着いているのは、なんだかんだ一緒にいた時間が長かったからなのか、荒北だからなのかわからないけれど、今までしてきた不安定な恋愛よりも、妙な心地よさと素直に幸せを感じた。 そっと目を開ければ随分と余裕のなさそうな耳の赤い荒北と目が合った。 「新零って呼んでいいか?」 「今まで呼んでなかった?」 「わかんねぇけど、椿の方が多かった」 「まぁ、確かに。新零でいいよ」 「・・・おう。それと、」 「?」 「浴衣、似合ってる」 「・・・・・・・うん、ありがとう。」 仕立てがぎりぎりになってしまったけれど、出会えて良かった。前に浴衣が欲しいと言ったときは、背が伸びている途中だったこともあって、高いものは駄目だと言われて喧嘩になった。背の高さから市販の出来合いの安い物ではサイズがなかなかない。あったとしても同じようなデザインのもので、子供っぽいものばかりだった。それでいいと言えば片付く話だったのに気に入らない私は、みんなが浴衣を着てきた中、普通の服で行くことにしたのだ。浮くことがわかっていたのに、女子の関係というのは面倒で断るに断れなかった。案の定、あまりいい思いはしなかった。もっと背が低ければいいのに、かわいいデザインが似合えばいいのにと嫌になった。 そのことがあってか、お祭りも浴衣も私の中では良い物ではなかった。今日だって、携帯をどこかで落としたと気づいたときには最寄駅についていて戻っていたら花火には間に合わなかった。とりあえず来てみたけれど人の多さに帰ることを考えた。ほら、お祭りに来てもいいことなんてない・・・なんて昔を思い出して泣きそうになるのを堪えた。せっかく浴衣着たのに、ちゃんと言おうと思ったのにと色々と考えているうちに花火の音が聞こえて一段と泣きたくなった時だった。下から声が聞こえて何かと思えば、知らない小学生の男の子だった。迷子かと思ったけれど、指を差した先に母親仲間の集まりがあったので、あの中に少年の母親もいることがわかった。話を聞いているうちに、もしかして口説かれているのかなと思いつつ話の相手をしている時だった。横から知っている声が聞こえたのだ。 「ファーストキスだ」 「そういうこと言うんじゃねぇよ」 恥ずかしいのか、わざとらしく髪をかきあげる荒北を少しだけ見上げていれば、目を閉じるように促され気恥ずかしさに笑えば、額にキスをされて耳に熱が行くのが分かる。荒北が色っぽく見えたのは気のせいだろうか?ギリギリまで目を開けて下睫長いんだなぁと思っていると横から声が聞こえた。 「ああ!!お前、おねーさんに、ちゅーしやがった!!!」 少年の声に、邪魔されて?不機嫌な荒北が言い返すのを見て笑っていれば、さっきよりも少し強引にキスをされて顔に熱が集まって行く、離れた時には、ただでさえ暑いのに変な汗をかいた。 「小学生の前で、何してくれるのっ!!」 「っせぇ!!」 「・・・・・・・・・」 「ちょっと、フリーズしてるじゃんか!」 「知るかよっ。・・・おい、クソガキ、こいつは俺んのだからぜってぇやらねぇからな」 「だから、小学生相手に何ムキになってんの?!」 東堂くんたちに無事合流できたことと、みんなと合流しないことを電話で伝え終えた荒北に手を引かれ、混みあった道へと足を進めた。 「かき氷食べたい」 「お前、いちご好きだったよな」 「なんで、知ってんの」 「ガキの頃、近所の祭りで、お前が毎年いちごのやつ食ってた」 「・・・・・・・・」 「金魚掬いじゃなくて、スーパーボール掬いのが好きだったろ」 「・・・・・いえす」 「今は?」 「金魚がいいです」 「へぇ」 「へぇじゃない・・・馬鹿荒北」 「なぁに、照れてんの」 「うるさい」 「そーいや、奥の方に射的あったな」 「射的っ!!」 人が多いし、暗いからと理由をつけて、お祭りの間ずっと手を繋いでいた。いつもより距離が近いため、耳元で聞こえる声にどきどきした。周りを見れば身長差のあるカップルが視界をかすめる。今日は足元に高さがない分低いけれど、私服だとしたらヒールの高さで今の身長差は埋まることもきっとある。荒北は、それがどうしたと言うのだろう。嬉しいけれど、身長差に憧れないわけじゃない、羨ましいと思うくらいは許してほしいと思った。悪いことばかりじゃない、差が少ないということは同じ景色が見えるということで、手も繋ぎやすいし、顔が近いだけ声も近くで聞こえる。首が痛いなんてこともなくて、表情の変化だってよくわかるのだ、いいことだってたくさんある。帰り際に触れるだけのキスをすれば、荒北に後頭部を押えられて、なかなか放してもらえなかった。「そーいうの、ずりぃ」とは言われたけれど、届いてしまう近さが少し嬉しかった。 ←→ 目次 |