67 昨日やり残した作業を終わらせるために、寝ぼけた身体を引きずって少しだけ早く学校に向かった。何気なく慣れた動作で下駄箱を開けて上履きを落としたところで、隣にいるクラスメイトが新零であることに気づいた。どういうことだ、髪が長い?長い・・?人違いかと思ったけれど間違いなく椿新零で、こちらを見た女子生徒もやはり、椿新零だった。なんだこれは、短い髪に慣れたせいか違和感はすぐには捨てられないものの、とんでもない破壊力に言葉が中々出ない。自信なさそうな様子で、上目使いで自分の方を見て慣れない髪の先を弄る新零に何か言わなければならないのだが、覚醒し始めた頭とうるさい心臓に、ただただ黙ることしかできず、思わず手で口元を追った目を覆わなかったのは見たかったからだ。 「荒北、邪魔になるから早く履き替えてよ」 「・・・おう」 「・・・・・・」 「・・・髪」 「うん」 「・・・・・驚きすぎて声が出なかった」 「そうですか」 「いいんじゃねぇの?長いのも」 「・・・・・・本当?」 「嘘ついてどうすんだよ。イエローカードは2枚で退場だろ」 「そうだけど、・・・荒北、顔」 「見んな」 「うう・・・」 熱の集まる顔をそらそうとすれば、同じように?顔の赤い新零が俯き気味で歩いている・・・普段と違う見え方に、また言葉が出なくなった。 教室についてからも、同じように早めに来ていた班の連中が新零の変化に気づいて声をかけたり、視線をやるのを仕方がないと思いながらも、ふつふつと湧く黒いそれを視線に込めていれば、隣で作業していたやつに「捕ったりしねぇよ」と笑われた。そういう問題じゃねぇよ。 「荒北が、眼鏡かけてる・・・しかも、黒縁」と近づいてきた新零の手にはカメラが握られていた。振り返った瞬間にはおそらく、シャッターが切られた後だった気がする・・・・。そうじゃない。撮るのは俺じゃなくて、お前だと言えない口が、開いたままになった。嬉しそうで何よりな新零は朝一の時のような様子は見せずに俺の方をずっと見てきた。膝丈の落ち着いたカラーのレースのついたワンピースと、フリル多めのエプロンに身を包み、いつもとちがう長めの髪の上にはヘッドドレスが飾られている。開店前のバタバタとした状況で、その場ではすぐに別れたけれど午後からの自由時間は、どうしろというのだろうか。 当番の最中、裏方で良かったと思う。表なんかにいたら新零を目で追ってしまっただろうし、新零に目を向けた男に殺気を放つかもしれない。 「椿さん、今日すげぇかわいいな」 「・・・・」 「そんな睨むなよ。ほら、椿さん取りに来たぞ」 「荒北これどこの?」 「A3」 「了解、あとこれ追加の注文、お願いね」 「おう・・・・」 「このリア充が・・・」 「っせ。あー・・・・・」 「おい、荒北大丈夫かよ」 「うるせぇ」 「重傷だな、お前」 「ちょっと荒北くん、狭いんだからしゃがみこまないでよ!」 気づいたら当番交代の時間になっていて、廊下で新零が出てくるのを待っていた。珍しいからなのか、いつもよりあいつに声をかける奴が多い気がしてならない。伊達眼鏡も邪魔くさくて外そうと手をかければ、横から「だめ」と声がして動作を止めた。 「荒北が眼鏡外したら、私も髪の毛外す」 外したら、目立たなくなるだろうし、そしたら現状を打破できる・・・だが、自分も見ていたいという気持ちが勝るせいか無意識に眼鏡をかけ直した。・・・上機嫌な新零とは対称に何がいいんだか、さっぱりわからなかった。 「お前、二股など許されんぞっ!!荒北に限ってそんなこと」 「あ゛?」 「尽八・・・違うぞ」 「何が違うというのだ!!荒北には、椿さんという・・・え」 「誰が二股だぁ?ふざけんじゃねぇぞ」 「・・・椿さん、なのか。いや、確かにそうだな・・・・だが、髪が」 「長いの似合わない?」 「そうではないぞ!!確かにショートカットも好きだが、ロングも・・・かわいいな」 「ありがと。髪の毛はウィッグだよ。東堂くんも衣装似合ってるよ」 「そーだろう!この美形は、なんでも着こなすからなっ!!」 「靖友は、なんで眼鏡してんだ?」 「そーいう企画なんだヨ。男は、みんなもれなく眼鏡。で、女はこうな」 「ちょっと貸してくれよ」 「あ?」 「?」 「こーすると、いいんじゃないか?」 「なるほど、眼鏡くんが好きなところにいそうだな!」 俺のかけていた眼鏡を新開が抜き取って、新零にかけさせた。これも新鮮だ。新零が眼鏡をかけているところも見たことがない気がする、コンタクトでもないと言っていたので目がはいいのだろう。 「うーん?荒北が眼鏡かけてないと私としては意味がないんだけど」 「そりゃぁ悪かったな。だとよ、靖友」 「っせ、ほら・・・あー、やっぱ、その前に写真撮っていーい?」 「・・・単品?」 「そ、単品」 「靖友、後で俺たちにも送ってくれ」 「誰が送るか、バァカ!!」 「独り占めするとは狡いぞ!!」 「尽八はともかく、こうなったのは俺が」 「送るかよ。独り占めして何が悪い」 「「・・・・・」」 「荒北、撮るなら早くして。一応、あとで私にも送って」 「・・・・・じゃぁ、ついでに眼鏡オフでも撮らせて」 「・・・・・・・」 写真を保存していると、すっと手が伸ばされて眼鏡が新零の手によってかけられる。満足そうな様子に、そんなにいいのかと聞けば、「すごく好き」と嬉しそうな笑顔受け取ってしまい、顔を近づけてボソリと周りに聞こえないように呟けば、欲しい反応が返ってきた。 翌日は、ウィッグではなく、いつものショートカットではあるがセットは少し違っていた。短い髪の姿も、本人が、どこが気に入らないのかわからないほどに似合っていると思った。髪の長さ1つで、正直ここまで印象が違うものかと思ったけれど、短い期間が長すぎたことや急に長くなったことから来るものかと結論が出た。それにしても、ウエストに巻かれたリボンではっきりとする腰回りの細さが気になって後ろから両側から掴めば、大げさなほどに肩が上下した。 「・・・・・どこ触ってんの」 「腰つーか、ウエスト?」 「なんで、触ってる?」 「ほせぇから」 「人のこと言えないでしょ?!ちょっと放してよ」 「・・・もしかして、こーいうの弱いのか」 「ひゃっ」 掴んでいたウエスト周りを、くすぐれば動物の鳴き声みたいな声をだして廊下に座り込んみ、ぽふりと空気の入ったスカートが遅れて地面に着いた。どうやら弱いらしい。そういえば、こいつが何に弱いとかあまり知らない。ゴキブリは駄目らしいが、定番なお化け屋敷や雷は平気なんだろうか。恨みがましく見上げてくる新零の脇に手を入れて、持ち上げれば不思議そうに口を開けていた。 「どーかしたのかよ」 「何でもな・・・・なんでもなくない、」 「もしかして、くすぐられんの弱いの?」 「・・否定は、しない」 「へぇ?耳も弱いもんな」 「うるさいっ・・・・あ、そうだ。荒北は、部活の方いかなくていいの?」 「福ちゃんいっから、行くけど。お前、どーすんの」 「時間が合いそうだから夏葵といるつもり」 「ならいいけどよ。絶対、1人でふらつくなよ」 「了解」 「信じねぇよ、お前守った試しネェし。携帯は役立たずだしよ」 「今日は、ちゃんとここにあります!」 「充電は?」 「してある」 「何かあったら電話。で、1人なら自転車部の方来いよ」 「いえす」 適当なクラスに入って胃に物を入れて部活の方に向かった。飲食のクラスに入ると「こういうことしてほしい?」なんて、食べさせようとして来る新零を拒否した。その恰好でされると洒落にならないと自覚してほしい、大体こんな人が多いうえに目立つお前がするなと思った。別れ際に「いってらっしゃいませ、ご主人様」なんて言われ、チャリ部の方に着けば東堂に、「顔が赤いがどうかしたのか」とニヤつかれた。 ←→ 目次 |