69

色気を孕んできた新零に理性を持って行かれるのを抑えながら、口元から距離を取り、顔が見えないように抱きこんだ。耳に届く荒い息遣いにぞくぞくと来る感覚に息をついた。さっきほどきかけたエプロンの紐を直してやって、何も言わずにしばらくそのままでいた。自分の勘もここまで来ると動物的と言われても仕方がないかもしれない。・・・体の間にあった新零の手が自分の背にまわるのを感じて、安心した。まだ自分は疑っているのだろうか?何が不安なんだ?と自問自答。わざと自分が壁側にいて、嫌なら強引に逃げられるような状態だった。

「いきなりすぎて、びっくりした」
「じゃぁ、言えばいいのか?」
「それも微妙」
「我儘言うんじゃねぇよ」
「・・・・・だって」
「だって、じゃねぇし。嫌なら逃げりゃいいだけだろ」
「なんで、逃げんの?びっくりはしたけど」
「・・・・そーかよ」
「?」

背にあった手を腰へずらして、少し撫でれば「くすぐったい」と笑った。もう少し下へずらしたら、どんな反応が来るんだろうか、もし、エプロンの紐をほどいてウエストのリボンも背中のファスナーも開けたら、どんな反応が来るんだろうかと、男らしい馬鹿な考えに占領された頭に校内放送が酷く響いて聞こえた。良い目覚ましだったかもしれないが、脱がしたいと思うのはどこかへ押しやられただけで消えることはなかった。

「この服、終わったら捨てんの?」
「捨てるのもったいないから、許可が下りれば各自お持ち帰りだよ?クラス費だから後で多分話があると思う」
「・・・・へぇ。じゃぁ、また見れんだ」
「着て欲しいと」
「まぁな・・・」
「?」

不思議そうにしている新零の手を引いて、その場を離れた。そろそろ暇になった連中が教室に戻ってくるだろうし、売れ残りが出ているなら何かしら動きがあるだろう。「荒北、眼鏡してよ」と横でうるさいので仕方なしにかけなおして、教室に入れば全部売りつくしたのか暇な奴らが、簡単に後片付けを始めていた。準備の疲労と当日の疲労で、床に座って携帯を弄ってる奴やもくもくと食べている奴など比較的静かで落ち着いていた。

「椿ちゃん、さっき更衣室にしてる教室開けたから着替えて来ていいよ。ありちゃんたち着替えに行ってるし」
「了解、じゃぁ私も行ってくるね。ありがとー・・・・・・あ、荒北、エプロン外したい?」
「お前、馬鹿だろ」

ロッカーから制服を取り出し、着替えに行った新零を見送って再び教室に戻ろうとすれば、戻って来た福ちゃんたちと会って、そのまま学祭が終わるまで話していた。確実に受験と卒業が近づいてくる、新零の進路先を詳しくは聞いていないけれど、同じ大学になる確率は低い。自分自身も、どこに受かるのかわからない状態なのだ。聞くに聞けず、聞いたところで合せるつもりもないなら、決まってから言った方が余計な不安を抱えなくて済む気がした。

「走行会のころには、肌寒くなっているだろうからな。荒北、風邪引くなよ」
「っせ、わかってんだよンなこと。つーか、んな寒い時期にやらなくてもいーだろうが」
「一番風邪引きやすいのは靖友だからな」
「そうだぞ、体調の管理はしっかりしろよ。肉ばかりではなく、バランスよく食事をだな」

東堂のめんどくさい小言を聞きながら、走行会の話しを新零に言ってなかったことを思い出した、言うべきか言わぬべきか・・・つーか、東堂ファンがいんなら知ってるかと考えているうちに本格的に教室の片づけが始まったため各自教室に戻った。
他クラスの連中に、ダンス?を教えてもらったらしい新零を含めた女子が片付けも途中に歌いながら踊っているけれど、男子はめんどくさいと言いながら片付けに勤しんでいた。手は動いているものの目は確実に女子の方を向いている。文理でクラスが分かれたため女子の数は文系クラスに比べると少ないものの、このクラスは人数の多い男子よりも女子の方が権力強い・・どこのクラスでも、もしかしたら女子の方が強いのかもしれないけれど。そのうち、男がいるのは4分の1らしい。そんな話は、自分にとってはどうでもいいけれど他の連中にとっては欲しい情報なのかもしれない。

「そーいうの、私がやるから、これお願いしていい?」
「ありがとー、椿ちゃんいると助かるねやっぱり。本当、背高いの羨ましいなぁ・・・椅子乗っても届かなくて」
「背の高さが役に立つなら成長したかいあったかねぇ。そういう私も椅子に乗るんだけど」
「私なんて、黒板の一番上消すのも大変でさー。わざわざ椅子持って来るのもめんどくさいし」
「そんなん男子とかに頼めばいいのに」
「うーん、私、男子と話すの苦手でね。だから、椿ちゃんいてくれて良かったなって」
「そう?」
「そうだよ」
「新零、こっちもお願い!!あと少しなんだけどねー」
「これ終わったら行く!ちょっと、荒北さぼってないで手伝ってよっ!!」
「あ゛?めんどくせぇ・・・お前らさっきまで遊んでたんだから少しは働け」
「椿、これどこ持ってけばいいんだよ」
「え?うーん、ちょっと待って・・・・。松野さん、これってどこ持ってくの?」
「えっと・・・1階のごみ回収の所なんだけど」
「場所わかんねぇ」
「廊下で同じような人いるから、ついて行けば着くって」
「それもそうだな、わかった、あの辺のもん全部持ってくな」
「お願いしまーす・・・荒北も行ってきてよ」
「俺が行かなくても、適当に行くだろ」
「・・・・じゃぁ、こっちやって。私、ありちゃんの方行ってくる」
「めんどくせぇ」
「やって」
「・・・・・・・チッ、さっさとどけよ」
「わーい、ありがとっ」

座っていた段ボールから仕方なしに腰を上げて、新零と入れ替わるように椅子に上がった。背が高くて羨ましいなんて言うのを、あいつは何を思いながら聞いているんだろうかと考えながら手を動かした。後ろで他の男が、あいつに何か聞いている。学祭委員に直接聞けばいいのにわざわざ新零に聞く必要はない・・・委員の松野ってのが男子嫌いな感じだからかもしれないが、間にわざわざあいつが入る必要はないと思う。なんだかんだ、前より男へのあたりが弱くなったからか昔馴染みの連中みたいに軽く新零に話しかけるやつが増えたように感じるのは気のせいだろうか。

「お前、また殺気放ってんぞ」
「るっせ」
「椿さん前より男女に関係なく普通に話すようなったじゃん?やっぱそれって、お前と付き合い始めてからだろ?」
「さーな」
「そうだって。1年の時に椿さんに告って約束取り付けた奴と知り合いなんだけどよ、自分で振っといて後悔しててよ。やっぱお前と会うときとかもヒール履いてくんの?」
「・・・・・・・履いてくるけど、んなこと関係ねぇだろ」
「いや、それがあいつそれが嫌だったらしくてよ。自分のが低くなるのが耐えれなかったって言いやがってさ」
「それ、どこのどいつだ」
「ん?」
「一発殴ってくるから、クラスと名前教えろって言ってんだよ」
「いや、ちょっと待て、早まるな荒北!」
「・・・・・・・」
「お前は気にならねぇんだな」
「なるかよ。ヒール履こうが、俺より上になろうが中身変わんねぇんだから」
「椿さん、そのこと話したりしたか?」
「あ?他の奴の話しなんか、しねぇけどォ?」
「愚痴ったりしねぇの?」
「そいつの話しは聞いたことねぇ」
「・・・・そーいうもんか。そいつ、椿さんに理由も揃えて振ったみたいでさ、傷つけたかもしれないってすっきりしないみたいだから、卒業前に謝るの手伝ってやれたらとか思ったけど、椿さんが気にしてねぇならいいか。そう言っとく」
「・・・・・・・謝っといた方がいいんじゃねぇの?気にしてんだろ、そいつ」
「・・・・」
「譲る気なんてねぇけど」
「じゃ、そいつにそう言っとく。・・・荒北も、なんかあったのか?」
「は?」
「なんか思い出してる顔してっから」
「お前には、関係ねぇヨ」
「荒北と付き合ってるって聞いて驚いたし、正直、そんな馬鹿なって思ったんだよなー・・・・1年の時のお前強烈だったしよ。なんであんなやつなんかって、けどお前らと同じクラスになって、わかった気がした」
「・・・・・・・」
「俺も椿さんのこと好きだった」
「それは、俺に言うことじゃねぇだろ」
「本人に言っても振られっから、羨ましいぞこの野郎っていう意味でお前に言った・・・。椿さん見てたらわかるんだよなー・・・最初は友達の好きな人だったつーのにさー」
「実際、返事貰ったのは夏休みだったけどな」
「・・・・・・・・は?お前ら付き合ってなかったのか?あれで?椿さんどう見たって、お前の事、好きだったろ」
「声がでけぇんだよバァカ!」
「お前に言われたくねぇよ」
「・・・・っせ、色々あったんだよ。お前に話す義理はネェな」
「あー・・なんか、惚気られた気分すんだけど」
「お前が勝手に話して、聞いて来たんだろが」
「あー・・俺も、椿さんにあんな顔向けられたい」

前の自分と同じ場所にいるクラスメイトと、“そいつ”に親近感なんてものは、湧かなかったけれど気持ちは少しだけわかるような気がした。しかし最近、新零を見ていても前みたいにわからなくなった。それまでの見覚えのあるものとは、違って何もわからなくなるのだ。それが不安になる要素の1つなのかもしれない。

「荒北、終わった?」
「これでいーのか?」
「うん、ありがと。あ、もしかして2人とも暇してるなら、これやってくれる?」
「忙しいから他のやつにしろよ」
「しゃべってる暇あるんだから、これやって」
「いいよ、俺やる。荒北やらねぇんだろ?」
「・・・・・・」
「あ、じゃぁお願いします!」

仕事を押し付けて女子の方と別の作業をしている新零の背中を見ていると、横から「まじで、お前やらねぇの?!」と仕事を引き受けといて声を上げるクラスメイトに舌打ちをした。

「本当、荒北のこと見てる椿さん楽しそうっていうか、嬉しそうっていうかさ、こう信頼してますって感じだよな」
「・・・?」
「お前、気づいてねぇとかありえねぇよ・・・」
「・・・・・・・」
「2学期始まってから、なんか変わったなって思ったのは、そういうことかよ」
「変わったか?」
「・・・・お前、鈍ったんじゃねぇの」
「・・・・・・見た事ねぇ顔すんなとは思ったけどヨ」
「そりゃ、お前と付き合い始めたから、そういう顔すんだろ?」
「・・・・・・・」
「つーか、なんで俺、お前に助言しなきゃなんねぇの?!」
「・・・手止まってると、新零に怒られんぞ」
「怒られてみてぇよ!」
「ごめんね仕事押し付けちゃって、向こう終わったから手伝うね」
「椿さん」
「新零、こいつ」
「荒北、お前っ!!」
「?」

学祭の準備で同じ班になって一緒に作業することが多かったからか、話す機会が増えたクラスメイトだったが、そんなやつに言われて気づくというのも腹立たしいような、何とも言えない気分だ。知らない顔があって当然か・・・俺が知ってんのは一方通行のこいつだけだ

「ちょっと、荒北、手止まってる!!」
「っせ、こーいうのあんま得意じゃねぇんだよ」
「自転車整備より楽だと思うけど?」
「あれとこれは別もんだろうが」

あんときの顔も・・・見た事ねぇ顔は、俺がさせてんのかと思ったとたんこれだ、にやけそうになる顔を抑えるのに必死で手が止まれば、すかさず新零に足を叩かれた。

「人の前でいちゃつくんじゃねぇよ」



目次
ALICE+