71 新零と会う機会が酷く減った。会う余裕がなくなってきたというのが正しい。同じクラスなのが本当に救いだと思う。教室のあちこちから聞こえる受験関連の会話に耳をふさぎたくなる。お互い勉強が得意なわけじゃない、たまに同じ空間でペンを走らせていても一言も話さないし、ときどき、わかんないっ!!と机を叩く新零にびくりとして、シャープぺンの芯が折れる。聞いてくると言って職員室に向かう新零を見送っては、自分の問題に視線を落とした。ちらりと新零の問題集を見るが受験校はわからない。普通に勉強していた人間が、そこそこ勉強しているので俺よりも学力は新零の方がおそらく上のはずだ。・・・気になるのなら聞けばいい話だ。だが、向こうがしてこないということは、したくないということだろう・・・ 「もう最悪、行き損・・・先生見つかんないし」 「お疲れ・・・!」 「ついでに買ってきた。差し入れ」 「あんがと」 「・・・・・・・」 「24日、どっか行くか?」 「うん?」 「たまには息抜きしネェと、やってらんねぇだろ」 「・・・・そうだね」 「元気ねぇな、お前」 「そう見える?」 「見えっから言ってんの」 「うーん・・・」 頬杖をついて、窓の外に視線を飛ばした新零に、机の上にシャープペンを転がして椅子の背もたれにもたれて、その様子を眺めた。 「別に受験がやんなったとかじゃないんだけど・・嫌だけど、一応、模試でも結果出るようになったし。センターまで1か月切ってるしさ、逃げようがないからいいんだけど」 「じゃぁ、何だよ」 「・・・卒業したくないなって」 「じゃぁ、留年しろ」 「荒北も一緒にしてくれんの?」 「誰がすっかよ」 「・・・・・そこは、肯定してよ」 「死んでも断る」 「・・・・・高校入って色々あって、楽しかったなって。みんなと離れるんだなって思ったら淋しくてさ」 「別に会えなくなるわけじゃねぇだろうが」 「そうだけどさ、寮生活だったから余計に毎日会ってたはずなのにって。制服着て、毎日同じように授業受けたり、クラスで何かしたりさ、そういうのがもうないんだなって」 「・・・・・・・」 すっと自分の方を向いた視線にどきりとした、背もたれから体を起こして泣きそうな顔をした新零に手を伸ばした時、突然、教室のドアが開いた。新零が探していた教師が、わざわざ教室まで足を運んできたようだった。はっとして、問題集とペンを持って教室の入口へ向かった新零を目で追った。 寮にいられるのは、あと3か月と半分・・・とはいえ、受験でばたばたとして今までのような3か月にはならない 卒業したら? 「・・・・荒北?」 「もういいのかよ」 「うん、」 「なぁ」 「うん?」 「卒業しても、俺はお前のこと手放すつもりねぇからな」 「・・・・・」 「どこ行くことになっかわかんねぇけど、遠距離になっても別れたくねぇ」 「・・・うん」 椅子に座らずに俯いている新零に向かい合うように立って、様子を窺えば肯定の声が聞こえた 「喧嘩するだろうし、上手く行かねぇ時だって絶対あっけど、終わらせるつもりネェし。何年だって、お前のこと見ててぇって思っから・・・・その、なんだ・・元気だせよ。そんなんだと風邪引くだろ、病は気からって言うくらいだしな」 「うん・・・・・あのね」 「ん?」 「私も、荒北と別れたくない。・・・もっと早く気づけば良かった、もっと早く返事してれば」 「・・・新零」 「ん?」 「ぐだぐだ言って、余計なこと考えてる暇あったら、俺のこと名前で呼ぶくらいしろよ」 「ん?!」 「名前で呼べって言ってんの」 「・・・・・」 「つうか、昔は名前で呼んでただろうが」 「・・・靖友」 「おう」 「別れないっていうの、う」 「嘘じゃねぇ」 「うん。・・・ありがと。それと、私もまだ行先どうなるかわからないけどお互い決まるまで内緒にしよう?」 「なら、決まったら、とりあえず決まったつう連絡するってことでいいな」 「うん」 やっと顔を上げた新零の目元の涙を拭ってやって、軽く口を塞いだ。至近距離で視線を合わせれば、どちらからというわけでもなく少しだけ笑って、もう一度重ねた。 「そういや、髪、少し伸びたよな・・・切らねぇの?」 「しばらくはこのままかなー・・切って欲しい?」 「そういうわけじゃねぇけど、前はすぐ切ってただろ」 「そうなんだけど、まぁ願掛けみたいなもんかな・・・」 「へぇ・・・あ、そうだ。24日どっか行きたいところねぇの?」 「クリスマスイヴですか・・・どこいっても、カップルばっかりでやんなるよ」 「例外なく俺らもだけどな」 「そーですね」 「行きたいところねぇの?」 「うーん、なんかクリスマスツリーあるところ」 「んだよそれ、曖昧過ぎてわかんねぇ」 「調べとく」 「そーして」 兄妹も多くて、寮では共同生活だったのだ。人に囲まれて生活してきた新零にとっては、大学進学で1人暮らしか実家暮らしになるのが淋しいのだろう。実家なら両親はいるかもしれないけれど兄たちはいないだろうし、1人暮らしになれば必然的に1人でいることが増えるだろう。・・・それほど心配しなくても新零の性格なら、さっさと友達を作って仲良くやっていけそうだというのに。 「私、電話まめにできないから」 「俺もそれは無理だな」 「大学上がったら、スマホにしようと思って。靖友は?」 「・・・・俺も、そーする。買い替え時だしな」 寮へ戻る道で、少しだけ新零の歩く速度が落ちる場所がある。理由は聞かなくてもわかる。離していた手を掴んで少しだけ引っ張ってやれば、すぐに追いついてくるものの、ぎゅっと握られた手の冷たさに手袋ぐらいしろと言ってやった。 「冬休み入ったら、向こう戻る?」 「戻っても、掃除手伝わされっから帰りたくねぇな。うるせぇだろうし」 「うちもそうだろうな・・・でも、正月は帰らないと色々あるから。30日くらいには、戻ると思う。また、初詣行こう?」 「まだ、クリスマスも終わってねぇのに気がはえーよ・・・行くけど」 「すぐだよ、あっというまに気づいたら卒業式なんだって!!」 「お前が、卒業式で号泣して周りに引かれんのが目に見えんだけど」 「悪かったわね、泣き虫で!!」 「ま、そうは言っても色々あったからな」 「・・・・・靖友も、淋しい?部活のこととかさ」 「さぁな」 「また、そうやって自分のことは言わない」 「っせ、人に言うことじゃねぇだろ」 「何それ、かわいくない」 「男に、かわいいとか言ってんじゃねぇよ!」 「あーあ、もう、私ばっかり」 「何が」 「知らない」 「知らないじゃねーよ」 首に巻かれたマフラーに不機嫌そうに顔を埋めた理由は、自分にはわからなかった。 ←→ 目次 |