72 荒北が動物を好きだというのは、学校の敷地内で、こそこそとどこかへ行くのを見かけて後を付けたからである。実家でも犬を飼っているのだから動物嫌いということは、ないだろう。・・・私だって、動物は好きだ。犬だって猫だって、小動物も好きだ。ただ、犬には嫌われる体質なのか触れようとすれば吠えられるのだ。猫に好かれるのにと落ち込んだことは数えきれない。それこそ本当に何か憑いているんじゃないか・・・なんて不安に襲われる。 「荒北って、犬より、猫が好きなの?」 「・・・・」 ショッピングセンター一角のペットショップに来ているのだが、ガラス越しに子犬を見ていた私の隣で、何やらそわそわしている荒北に声をかければ、口をむっと閉じて視線は子猫の方を向いていた。この男が普段からこんな場所に来るとは思えないので、落ち着かないのだろうか・・・どこの子供だ。 「服みたいから、向こう行こう?」 「・・・」 手を引っ張って、別の方へ行こうとすれば何か言いたそうに、すぐに足を動かそうとはしなかった。私の質問に答えていればいいのにと、少しだけ意地悪をしたつもりだったのだが不機嫌そうに口をへの字に曲げたので笑ってしまった。 「見たいなら言えばいいのに・・・、私、荒北が猫に餌やってるの見たことあるからさ」 「性格わりぃなお前」 「私の質問無視して、猫見てたのは誰よ」 「・・・・・」 手を引いて、猫の方に移動すれば、ちょうど時間なのか元気に動き回っている子猫がいた。そっと横を覗き見れば口元の緩んだ荒北がいて、目が猫を追うように動いていた。 「茶トラかわいい」 「お前、猫好きなのか?」 「好きだよ。犬も好きだけど」 「へぇ・・・つーか、犬には嫌われてっけどな」 「そうだけどっ」 「新零」 「ん?」 「受験終わったら、行かねぇ?」 「どこに?」 「・・・どこって、そりゃぁ、こういうのがいるとこに決まってんだろっ」 「こーいうのって、猫?」 「おう」 「へぇー、荒北くんは1人で猫カフェに行く勇気がないから私に付き合ってほしいと」 「別にそんなことねぇよっ!!」 「じゃぁ1人で行けるんだ」 「・・・・今日の新零チャン意地悪なんじゃナァイ?」 「猫見て、口元緩んでる靖友くんが面白いのでついですね」 「・・・っせぇボケナス。んで、行くのか、行かねぇのか」 「行く。猫好きだし・・・そうだ、学校の辺りにいる猫に餌付けして手なずけてるって本当?」 「そんなことねぇよ、普通だ普通。お前だって、猫に好かれっから似たようなもんだろ」 「まぁ、確かに。餌付けしなくても寄ってきてくれるからねぇ」 「・・・・」 「羨ましいですか?」 「ンなことねぇよ」 「へぇ・・・っ!!!」 飼い主に抱えられたトリミング帰りの犬に後ろから吠えられ、驚いてバランスを崩し隣にいた荒北にぶつかった。すみませんと謝ってくれる飼い主さんではあるが、犬は一向に鳴きやまなくて悲しくなってくる。 「お前、どんだけ犬に嫌われてんだよ」 すっと支えられた事に、どきりとしていると、荒北が空いている手で抱えられている犬を撫で始めた。あんなに吠えていた犬が静かになるのを目の当たりにして、本当に悲しくなる。一方通行というのは辛いものだなぁと思いながら大きな手に気持ちよさそうに撫でられている犬を眺めた。 「意地悪ばっかしてっから罰が当たったんだろ」 「そんな言い方すると、猫カフェ、私1人で行くから」 「・・・・」 「冗談だから、お菓子買ってもらえない子供みたいな顔しないでよ」 「ンな顔してねぇよっ!!」 「あ、今からごはんみたいだよ」 「お前、人の話し聞けよ」 「猫いいの?ほら」 ガラス越しにいる子猫を指差せば、開きかけた口が閉じられて、じっとガラス越しにいる猫たちを眺め始めた。見慣れない優しそうな表情に、猫よりも荒北の方を見てしまう自分の姿をガラスに見てしまって耳が熱くなるのがわかる。ばれませんようにと思いながら焦点を猫に戻した。ごはんを食べたら、今度は寝顔が見えるのかと思うと、自然と口元が緩んだ。 「この後、どうすんの?まだ電気つかねぇだろ」 「え?まだ奥に動物いるみたいだから、そっち行くつもりだったけど?うさぎとかいるみたいだしさ!」 「うさぎなら、新開が飼ってんな」 「そうなの?」 「まぁ、わけありだけどよ。なんとなく太ってきた気がすっけどな、やっぱペットは飼い主に似るってやつだな」 「アキちゃんが荒北に似なくて良かったね」 「それ、どういう意味だヨ」 「さぁ?」 「・・・・・・。そういや、動物好きなくせに、お前んとこ何も飼ってなかったよな」 「お母さんが、あんまり動物の毛とかよくないからさ。1人暮らししたら飼ってみたいなって思うけど、部屋に1人にしちゃうのもかわいそうかなと思ったりして、なかなかね」 「どうなんだろうな、犬猫が何考えてっかなんてわかんねぇから。案外気にしてネェかもな」 「それなら、猫の方がいいかもね。人より家にっていうし」 「あいつら自由だしな」 「確かに・・・あ、ハムスターいる。そうだ、今度、新開くんにうさぎ見せてもらえるように頼んでおいてよ」 「おう・・・・・あ、新零、あれ」 「何っ・・・っ?!」 荒北が指差した先にある物を見て、急いで顔をそらした。「ゴキブリだけじゃなくて、虫がだめなんだな」なんて、面白そうに言う荒北の足をつま先で踏んでやった。爬虫類の餌として売られていた、それらの入れられた方へ歩こうとした荒北の服を後ろから引っ張って止めた。 「ただのコオロギだろ」 「無理、絶対無理だからやめて」 「そんなんで1人暮らしなんてできねぇだろ」 「なんで?」 「部屋にゴキブリ出たらどうすんだよ」 「・・・荒北に電話して、なんとかしてもらう」 「俺がいるとは限らねぇだろ」 「兄を呼ぶ」 「いなかったら」 「耐性のある友達を呼ぶ」 「女にしろよ」 「そんな、かわいそうなことはできない」 「お前、仮とはいえ1人暮らしの部屋に男なんかいれんな」 「じゃぁ、どうしろっていうの」 「今から、慣れればいいだろ?」 バッと振り向いた荒北の手に何かあるので、思わずに目を塞げば「ただのからのケースだろうが、何ビビってんのォ?」なんてにやにやしながら言われれば、自然と腹が立ってハリネズミのいるケースの中を眺めることにした。最初のうちは、名前を呼んだり、無視かよっと小言を言っていたけれど、そのうち静かになって、しゃがみこんで下の棚にいる子うさぎを眺めているようだった。 「新零」 「・・・」 「今日」 「・・・」 「ヒール低いんだな」 「・・・」 「気にしたのかよ?」 「・・・」 下から、くいくいっと服を引っ張られるのを感じて仕方なしに隣りにしゃがみこんだ。茶色の子兎がもっもっもっと草を食んでいるのを眺めながら、荒北は、肉食男子なのか草食男子なのかと考えてしまった。 「今日の服、俺に合わせたんだろ」 「・・・」 「だから昨日、服教えろなんて言ったんだろ?」 「・・・」 「かわいーよ、似合ってる」 「何を突然」 「突然じゃねぇよ、今日会ってから、そう思ってた」 「・・・・・そういうの狡い」 「それと、名前戻ってんだけどォ?どーなってんの」 「靖友くん」 「・・・くんとか、むずがゆいからやめろ」 「靖友くん」 「てめぇ、わざとやんな」 こっちのやりとりなんて聞こえないとばかりに、草を一生懸命に口に入れていく子兎の小ささに、小さいやつは、かわいいかわいい言われていいわね、なんて少しだけ思った。見ていた場所から少し離れて奥の水槽の方へ進もうとすれば、後ろにいた靖友に頭をななめ左向きのまま固定された。 「何?」 「絶対右側見るなよ」 「なんで?」 「見てぇなら別だけどヨ」 「何がいるの?」 「昆虫」 「・・・・・遠慮します」 「だろ?・・・俺がいいっつうまで右側見んなよ」 「う、うん」 はたから見たら肩を組んでいるような体勢に抵抗を感じつつ、私越しに昆虫の入ったケースを見ている靖友を眺めていた。服を合わせたのは本当。ヒールが低いのはコーディネートの関係で、そうなったので狙ったつもりはなかった。イルミネーションなんてものをクリスマスイヴに見に来るというベタな王道コースに笑いつつも、たまにはそういうこともしてみたいと思ったのだ。外で一緒に食事をしたり、服を選んだり、普通のデートらしいデートなんて手で数えられるほどしかない。学校でも寮でも会えるのが一番の理由だろうが、お互い、相手よりも友人を優先するからかもしれない。それを私自身、不服とは思わない。福富くんたちといる靖友を見かけるのも好きだし、私も夏葵や百合を選びがちなのも事実なのだ。 「新零って、あーいうの着ねぇの?」 「え?」 ペットショップを出て、ウィンドウショッピングをしながら通路を歩いていた時だった。ポケットに手を突っ込んだままの靖友が顔を、ある1つの店の方に向けた。少し振り返って店を確認してから「着ない」と返事をした。 「あの手の服は、人を選ぶんだって」 「あの辺の、それっぽいやつ着てる奴より似合うんじゃねぇの?」 「ちょっと、変なこと言わないでよ」 「変なことなんか言ってねぇだろ。事実だ事実。お前だって別に、すげぇかわいいとか美人ってわけじゃねぇけど、服は着こなせんだろ」 「それ褒められてんのか、けなされてんのかわからないんだけど!どうせ、百合や夏葵に劣りますよ」 「気にしてたのかヨ」 「・・・・口に出してないけどね」 「案外似合うんじゃねぇの」 「似合わないって」 「着てから言えよ」 「趣味じゃない」 「見たいつっても?」 「つっても」 「んな強情だと、モテねぇぞ」 「モテる必要ないから強情でいい」 「・・・あっそ」 ちらりとこちらを向いてから、また歩き始めた靖友の横を歩いた。面白半分に、ポケットに突っ込まれたままの腕に自分の腕を絡ませれば、またこちらを向いて、じっとこちらを見てから片手をポケットから出して、手にしとけとばかりに私の手を取って引っ張った。 本屋に行きたいと言う靖友について行けば、自転車関連の雑誌を広げて読み始めたので横から覗いていた。少しだけ知ったとはいえ、知らないことの方が多い。彼らが走りながら色々なことを考えて自転車を操っていることにも驚いたくらいなのだ。ただ漕いでいるだけではないらしい、そこから行けば進歩したものだと思う。自転車のカタログが並んでいることに気づいて、積まれた状態でペラペラとめくってみた。何がどう違うのかわからないけれど、靖友の自転車みたいな可愛いカラーリングのものもあって見ていて楽しい。 「自転車買うのか?」 「興味は湧いたかな・・・?色々あるんだと思って」 「普通に乗るだけならクロスバイクとかでいいんじゃねぇの?」 「クロスバイク・・・?」 「前教えたろ、忘れたのかよっ」 屈めていた背にわざとらしく体重をかけて、もう一度説明をしてくれる。確かに前に聞いた気がしたけれど、いろんなものに上書きされて遠い昔の記憶の様に感じた。 「まー・・買うっつうなら、ちゃんと言えヨ」 「ん?」 「探すの手伝ってやっから」 「うん」 「ま、そこに載ってるようなやつは、結構値段すっから覚悟しとけよ」 「・・・バイトしてから考えるね」 「何か月分だろうな」 「そんなにするの・・・?」 「ぴんきりだな」 「りょ、了解・・・頑張ってお金貯めます」 「そーしろ、そーしろ。んで、せっかくならロードにしとけ」 「教えてくれるの?」 「やる気あんなら?」 「・・・考えとくけど」 「けど?」 「たくましくなりそうで怖い」 「・・・それぇ、俺見ても言えんの」 「言えるよ。靖友、筋肉質だし」 「いちいち、触んなっ!!」 「買うなら、白かなぁ」 「人の話し聞けよっ、触りながらしゃべんな」 「同じ色より、並べて違和感ない色合いがいいよね」 「・・・・知るかよっ、つーか、もう電気ついたんじゃねぇ?」 時間を確認すれば、確かに点灯時間をすぎているし日も落ちている時間だ。本屋を出て外へ出れば、店内の暖かさになれた体には、酷く寒く感じた。吐いた息はもちろん白くて、わざと吐いてみたくなる。 それにしても、男子は、こういうイルミネーションを見て何を思うんだろうか。女子でも楽しいと思わない子はいるけれども。うちの男どもは、静かに綺麗だと言ったり、すげぇと騒いだりするけれど、靖友の場合は興味がなさそうなイメージがある。 「・・・・・」 「新零チャン、ここに何見に来たんだヨ」 「ん?」 「さっきから、こっちばっか見てんだろ。気づいてネェとでも思ったのォ?」 「・・・そ、そんなことない」 「へぇ〜?」 「靖友が、こういうの好きだとは思えないから、どうなのかと思って」 「あー・・・そういうの気にしてんのか」 「つまらないなら、あれかなって」 「・・・別に嫌いとかじゃねぇし、いいんじゃねぇの?こーいうのも」 「そう?靖友って、花とか愛でたりしなさそうだし。あ、猫は愛でるか」 「っせ、男ってのはめんどくせぇもんなんだよ。女みてぇに気軽に、綺麗だと可愛いとか言えねぇ生き物なんだよっ」 「うちの兄は、普通に言うし。東堂くんとかも普通に言うんじゃないの?」 「・・・・・・・」 「靖友くんは、プラスの言葉が苦手と。覚えておきます」 「るっせ・・・・笑うなバァカ」 寒さではなくて、照れから来るのか、ほんのりと赤みのさした靖友が面白くて、少しだけ緩んだ手を恋人繋ぎに繋ぎかえた。ピクリと驚いたものの、すぐにぎゅっと力が込められて嬉しくなった。 ←→ 目次 |