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携帯のディスプレイには、新零の名前が表示された。さて、これは本当に新零からの電話なのかという疑問を持ちつつ、気晴らしに乗っていた自転車を端に寄せた。

「もしもし?靖友?」
「おう・・・どーかしたのか」
「今、どこにいる?」
「チャリで適当に走ってっけどぉ?用件早く言えよ」
「うーん・・・こっち、来れたりする?」
「あ?」

曖昧な返事に違和感を覚えつつ、言われた方へ自転車を進めた。少し漕げば新零の後姿が見えた。その歩いている道の先に、黒いコートにニット帽の男と、さらに先を歩く女の姿が見えた。どうにもきな臭い・・・
電話してきた理由はこれかと察して、新零が先に連絡してきたことに安堵した。

「ストーカーか、なんかか?」
「たぶん・・・ずっと後ろついて歩いてて。前の人が走ると一緒に走ってるから気持ち悪いんだよね」
「・・・で、何考えてんだよ」
「・・・最初は、前歩いてるのきっと箱学の子だろうし声かけようかと思ったけど、何かあったら困るから靖友来たら状況変わるかなって」
「あー・・・」
「女だけより、男がいたら、どっか行ってくれるかなーって思ったけど甘かったか」

徐々に距離が詰まり始めた前方2人を眺めつつ、舌打ちをすれば何かを期待する目でこちらを見てくる新零の額を弾いた。面倒なところに居合わせやがって・・・引いていた自転車に跨ってペダルを漕いだ。これで、ストーカーでも何でもなかったらどーすんだよ。

「あー・・すんません、ちょっとハンドルミスっちまって」
なんて棒読みの言葉を並べて、2人の間に自転車ごと突っ込んだ
「っ・・・」
「こ、この人さっきから私の後をつ・・ついてくるんです」
「・・・」
「やっぱそうかよ。くそ寒い中くだらねぇことしてんじゃねぇよ・・・こいつ知り合いじゃねぇんだな」
「え・・あ、はいっ!!」

じりじりと下がっていく男が背を向けた瞬間に嫌な予感がして、すぐ隣にいた女の方に自転車を倒した。逃げるために来た道を戻るというのなら、この1本道の先にいるのは1人しかいないのだ。走り始めた男を追うものの自転車から離れるためのロスタイムは大きく、向こうが先に新零の元へ着いてしまう。

「新零っ」
「わかってるっ!」

わかってるってなんだ。わかってるじゃねぇよ、逃げろよ、何考えてんだよ・・・なんだよ、その構えは!!





「あの、助けてくれてありがとうござっ・・・・」
「てめぇ、ふざけんじゃネェよっ!!何考えてんだ、このボケナスがぁ!!」
「なんで?!だって、向かってきたから逃がしたら駄目かと思って!!」
「普通逃げるだろっ!!わかってるじゃねぇよ、間違ってんだよ!!!」
「逃げるってどこに逃げるの?!1本道じゃんか!!」
「俺が追いつくまで逃げりゃぁいいだろ?!てめぇ、何のために俺に電話して来てんだよ意味ネェだろうが!!」
「靖友は、ちゃんと仕事したじゃない」
「そうじゃねぇよっ!!」
「あ、あの」
「あ゛?」
「自転車を」
「あー・・わりぃ」
「それと・・」
「何事もなくて良かったね」
「あ、はい。ありがとうございました・・・先輩ですよね!私2年生です」
「2年生かぁ・・いいなぁ、来年の今頃は受験でしんどいから今のうちに遊んでおいたほうがいいよ」
「あ、はい・・あの、助けてくれてありがとうございました」

新零が投げ飛ばした男の上に座って警察に電話をかけて男を引き渡した。事情聴取したいからと言われて待たされている間に、言いたいことを吐きだせば追われていた女が近づいてきて自転車を返してきた。あの時、自転車が倒れる音は聞こえなかったのでおそらく受け止めたのだろう・・・無駄な傷がつかなくて良かった。ぺこぺこと頭を下げる後輩らしい女子は、俺の方を向いて再び礼を言った。

「そういうのいらねぇからァ・・・で、新零、聞いてんのか?」
「聞いてる!!靖友こそ、この子の話し聞いてんの?!」
「あ?聞いてんだろ」
「そういうところ絶対損してる」
「あ?何の話ししてんだよ!!つーか、お前、本当に怪我してねぇんだよな!」
「してない」
「仮にも受験生だろーが。指とかやってたらどうすんだ」
「そ、それは」
「大体、あんなもんどこで覚えたんだよ」
「護身術だって、和希兄に教えてもらった」

成功するなんて自信はどこから来んだよ・・・上手くできて良かったと喜ぶ新零にため息が出る。そういう問題じゃない・・・自分が気づくのが遅かったのもあるので、これ以上強くは言えないけれど、男としてこの複雑な心境なのは仕方ないで片付けられるだろうか。

「上に座ってる靖友、やーさんみたいだった」
「あ゛?」
「写真撮れば良かった?」
「撮んな」


警察に話すと言っても、それほど話すこともない。ストーカーにあった本人は、その場に残されたけれど自分と新零はすぐに解放された。こんなこともあるのかと未だに興奮している新零は、マフラーによって膨らんだ髪がぼさぼさになっていることに気づいていないのだろう。あの男が、無差別だったのか狙ってやったのかはわからないが、自分だったらどうするんだということは考えないのだろか・・・

「誰も怪我しなくて良かった」
「そーだね」
「地面に押さえつけたの、かっこよかったよ」
「・・・・っせぇ」
「どうしよう」
「何が」
「あの子が靖友のこと好きになったら」
「は?」

どこか不機嫌そうに余所を向いて口角を下げた。



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