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学校ではあまり彼女に会うことがない。科が違うことはもちろんだが、登校経路は同じはずなのに、一緒になったことはなかった。帰りは終わる時間が違うためわからなくもないが、行きは一緒になったっていいだろうと最寄り駅であたりを見渡すのが日課になった。以前遅刻してきていたことを思うと、自分が学校に向かう時間よりずっと遅い時間なんだろうか。
昼食を取るために緑谷たちと食堂へ向かい、空いている席に陣取ると、姿が見える位置に新零が座っていた。友達と話しながらパスタをフォークでくるくると巻いているのが見えた。話している内容はわからなくても、笑っているのが見える。
「轟くん、どうしたの?」
「?」
「食べないのかなって思って」
「あぁ、新零が見えたから少し見てただけだ。食欲がねぇわけじゃねぇよ」
隣に座っている緑谷にふいに聞かれて、はっとして箸を手に取った
「椿さんって何の個性なの?」
「・・・・・」
「椿さんが耳につけてるのって、個性制御装置じゃないかなって思って・・・違ったらごめん。僕、お洒落とかよくわからないから」
「個性については、俺からは言えねぇ。けど、耳のカフスはお前の言うとおりだ」
「やっぱり、そうなんだ・・・個性を強制的に制御されるって、どんな感じなんだろう」
「あいつ、足首にも制御装置つけてんだ。2つもつけて生活してるなんて、想像できねぇよ」
「2つも・・・それって制御してるものが違うのかな」
「そこまでは聞いてねぇ」
緑谷が驚くのも無理はない、人によればそんな個性を持っていながらなんで普通科にいるんだと考えるだろう。耳の制御は個性が感情優先で発動しないためのものだとは聞いたが、足首の方は聞いていない。横でぶつぶつ言い始めた緑谷のお家芸をよそに、そばをすすった。
「焦凍くん、今帰り?」
「あぁ・・・お前こそ」
「うん、図書室にいたんだけどチャイムの音が聞こえたから、そろそろ帰ろうと思って。一緒に帰ってもいい?」
「あぁ、お前、本とか読むんだな」
「失礼だなぁ、本くらい読みますよ」
「そりゃぁ悪かったな」
「ふふ・・焦凍くんと一緒に帰るの初めてだ」
「そうだな」
「今まで全然会わなかったのが不思議なくらい」
「いつもは友達と帰ってんのか?」
「帰るって言っても駅までだけどね。寄り道するときは別だけど、みんな逆方向なの」
「朝は?」
「朝はギリギリの電車に駆け込んでる。次遅刻したら反省文提出だって担任に言われた・・・担任だけならまだしも、相澤先生にまで話が伝わってて、昨日テレビ電話で怒られた」
「それで会わないんだな・・・お前、毎日遅刻ギリギリなのかよ」
「朝弱くてね」
「だらしねぇ」
「そういう焦凍くんだって、1人暮らししたら実感するよ」
「・・・・気を付けとく」
「モーニングコールなら引き受けてもいいよ」
「お前に頼んだら俺も遅刻するだろ」
「道連れにしてやる」
いつもの通学路が違って見える。周りは何も変わっていないはずなのに新零に言われて初めて知った通学路のそれらのことも。駅の改札も自分が通った後振り返ったりなんてしない、身軽に階段を先に上がる新零を視線で追って、スカートが短いんじゃないかなんて思うことも。ホームに入ってきた電車で起きる風に新零の髪が靡いて、なんだかいい香りがしたことも。なんだか新鮮で落ち着かない。この前、椿家で穏やかさを感じたのに、今はこうしてむずがゆさを感じる。
「新零」
「ん?」
「今度、どこか行かないか?」
「え?」
「病院から、もう少し行ったところに水族館があるだろ?そことかどうだ?」
「・・・・」
「お前が嫌じゃなきゃ、お母さんの見舞いにも一緒に寄りたい」
「水族館、私すごく好き。じゃぁ今度の日曜日、焦凍くん大丈夫?」
「問題ない」
「ただ病院は、一緒には行きたくないかな・・・。焦凍くんのお母さんに会いたくないわけじゃないよ、それは勘違いしないでね」
「あぁ」
「・・・私も、そこの患者だし。知り合いも多いから、」
「わかった・・・じゃぁ、その先の駅で待ち合わせでいいか?」
「うん!」
申し訳なさそうな顔をさせた自分が情けない。新零は、誰かに会いに病院に行くのではなく、自分のために病院に通わなければいけないのだ。必要以上にくぐりたい門ではないだろうし、自分に聞かれたくないこともあるのだろう。
とはいえ、ふと頭に浮かんだことを約束まで取り付けてしまった。普段かかない右手にまで汗をかいている気がする。
「そういえば、中間テストどうだった?」
「クラスで5番目。お前は?」
「1番ですよ、そりゃぁ推薦入学者ですし」
「お前、推薦だったのか?」
「うん、あれ言ってなかったっけ。焦凍くんも推薦だったよね?」
「あぁ・・・」
「ちゃんと正当な審査のもと普通科推薦で入学してますので」
「疑ってねぇよ」
「なら、いいです・・・・お前、頭良かったんだなって顔してるのは頂けないですが」
「ちょっと意外だった」
「どうせ、アホっぽいですよ」
ツンとそっぽを向いた新零がかわいくて頬が緩む。相澤先生に誘われたと言っていたが実力があるのを知っていて声がかかったのか、そうなるように、あの人が新零に勉強させたのだろうか。中学は私立の有名女子中だったと聞いているし、元から悪くはなかったのだろうとは思う。
「そういうの、ギャップでいいんじゃないのか」
「焦凍くんが、そう思うならいいです」
「焦凍くんは、見た目通りハイスペックだよね」「あ、でも少し天然っぽい」と付け足して、また楽しそうに笑っていた