09



家を出るときに渡されたそれは、ご近所さんにおすそ分けというほど近い距離ではない新零へのおすそ分けだった。そういえば、家のこととかあんまり聞いたことがないな・・・と階段を上る。彼女が楽そうに上るのは、もしかすると相澤先生に鍛えられたりしたからだろうか。・・・子供のころの話はお互い抱えてるものがでかいせいか話しづらい部分がある。と言っても、向こうは粗方姉から聞いているのだろう。そうでなければ、あの時あんな表情を見せたりはしなかった。

「焦凍くん、ありがと。わざわざごめんね、持ってきてくれるって言うから甘えちゃった」
「いや、別にいい。ここの階段は鍛えるにはちょうどいいし」
「あー・・私も良く走り込みさせられたよ」
「へぇ、相澤先生にか?」
「うん。もしもの時に、体が軟弱じゃ意味がないって」
「・・・・・・・」
「どうかした?」
「お前1人か?」

玄関に入れてもらったのは今回が初めてだ。ラフな格好の彼女以外に家の中に人の気配を感じない

「うん・・・お饅頭あるけど、食べてく?」
「・・・・」
「遠慮せずに、ほら上がって」
「・・・あぁ、お邪魔します」
「・・・あ、先に行っておくけど、別に死に別れたとかそういのじゃないからね」
「今日はいないってことか?」
「両親は仕事で基本家にいないの、帰ってきても年に3回くらい。お兄ちゃんも京都の大学行ってるからあと2年は帰ってこないよ」
「1人暮らしか」
「うん。もともと神主だったおじいちゃんが私が小さいときに亡くなっておばあちゃんも後を追っちゃってね。お父さんは後を継がないって言うし、お兄ちゃんは継ぎたいっていうし」
「じゃぁ今は」
「代行で別の人が来てくれてるよ。お兄ちゃんが継げるようになるまではね・・・私もここの血を引いてるから巫女としてのお勤めはしてるの」
「へぇ、それで巫女装束か」
「焦凍くん、好きだよね」
「・・・別にそういうわけじゃない。ただ和装はいいと思う」
「轟家も純日本家屋だもんね」
「あぁ」

案内されるままに居間でお茶と饅頭をいただく。彼女の部屋にあるだろう物が色々と散らばっていて、片付いているとは言い切れないが、残された生活感がなんとなく落ち着く。

「これは?」
「それね、テレビ電話するときに使ってるタブレット」
「よくするのか?」
「うん、お兄ちゃんと週1回。お母さんは週に4回くらい連絡くれるよ?」
「父親は?」
「お母さんと一緒にいるから、1対1はあんまりないかな」
「仲いいんだな」
「うん」

穏やかに笑う彼女に、つられて少しだけ笑う

「うちの家族ね、お父さんは雨を降らせる個性なの。お母さんは灯火。お兄ちゃんは復元」
「本当に、兄妹でも似てないんだな」
「うん。でもね、その流れなら私の個性は退魔とかなのかなって、たまに思うの」
「なるほどな」
「神聖な空気を保てる。浄化してるわけじゃなくて、一定の範囲から追い出してるだけ。そうできるのは、私がそれに必要な邪気みたいなのを嫌えてるってことなんだけど」
「・・・お前が拒絶できないものって何なんだ?」
「時間とかはできないよ?私がいくら明日来るな嫌だって思っても明日は来るし朝も来る。あと人の気持ちとかもできない、相手の意志に影響は与えられない」
「・・・相手の殺意を拒絶できないってことか」
「物騒」
「わるい・・・風邪をひかないのも、それでか?」
「・・・あれは風が当たらないようにはしてたってだけで、風邪は引くよ?」
「ウイルスは拒絶できないのか?」
「できなくはないけど、逆に体は耐性つかなくて弱くなるから、やるなってお医者さんに言われてる」
「なるほどな」
「勉強熱心だね、焦凍くん」
「・・・言っただろ、お前のことが知りたいって」
「・・・・・」
「おかしいこと言ったか?」
「言ってないんじゃない?」
「お前は俺のことを知ってるのに、俺がお前のことを知らないのは不公平だろ」
「それは、確かにそうかもね・・・もう1個食べる?」
「いいのか?」
「私1人で、こんなに食べられないから、何個か持って帰ってくれると嬉しい」
「わかった」
「お茶入れなおしてくる」
「ほうじ茶あるか?」
「うん。じゃぁ、ほうじ茶入れてくる」

急須を持って台所へ行った新零がいない間に、さっきから気になっていた壁際に飾られている写真のもとへ向かった。家族写真を見る限り、彼女は母親似だ。雄英の制服姿の彼女と一緒に写っているのが、大学生の兄なのだろう。

「・・・・・少し若いか?」

新零が小1、2くらいだとすれば20代前半くらいのはずだ。あまり今と変わらないような気もするが、彼女の表情につられるように自分の担任の口角少し上がっている。相澤先生も、こんな表情をするのか。こんなころから世話になっていれば・・・そりゃぁ懐くよな、と一人納得する。

「あ、写真見てる」
「あぁ・・この写真、相澤先生の若いころか?」
「普通、小さいころの新零かわいいなって言うところだよ」
「・・・・かわいい」
「後付け!」
「今もいいだろ」
「・・・・」
「こんなころから仲良かったんだな」
「最初に会ったのは、5歳になる前くらいだよ?」
「5歳か・・・個性わかってすぐか?」
「すぐではないかな。私の個性が国に危険って判断されて・・・発動強制停止にする装置を付けさせられたの。結局、消太に初めて会った時に個性が暴発して装置も拒絶して吹き飛ばしたんだけどね。」
「そんなもんつけてたのか」
「無理やりね、突然役所の人?が来て、腕と足につけられたんだよ。つけてた間、ほとんど何も食べられなくなったの。食べても全部吐き出して、動くのもつらくて、寝るのもつらくなってね。起きてても、毎日目は虚ろでぼーっとしてたって。体重もどんどん減ってがりがりだったみたい・・・さすがに、その時の写真は家にないけど、死んじゃうんじゃないかって思うくらいだったってよく言われるの。・・・あの時は、お母さんが辛そうな顔するのが見てて辛かった」
「・・・・・」
「本当に、あのころは自分の家族以外は敵だったよ。怖くて仕方がなかった・・・・でもね、消太は仕事だろうがなんだろうと、何度も向き合ってくれた。派手に怪我させちゃったこともあるの、喧嘩だってたくさんしたし、消太がいなかったら今の私はきっといない」
「・・・・・」
「だから、あの人が心配しなくていいようにね。私は幸せにならないといけないの。それが1番の恩返しだと思ってる」
「・・・・・」
「焦凍くん?」

どうしてこいつは、酷く重たいことをさらりと言ってしまうのだろう。国から個性を危険視されていることも、発動不可の装置なんてもんを4歳の時につけさせられて死にかけたなんて、こんな軽く聞いていい話じゃないだろ。本人の受けた負荷は相当なはずだ。そもそもそんなもんを4歳児につけていいはずがない。そんなことされたらたとえ子供であれ、いや子供だからこそ精神的なダメージも計り知れないはずだ。

「難しい顔してる」
「・・・お前が、さらっとすごい話するからだろ」
「終わったことだよ」
「そんな簡単に超えられるもんじゃねぇだろ」
「死ぬ選択肢がないなら生きるしかなかったし、それなら前向いてないとだめでしょ?幸せになること考えないと」
「・・・・」

言わないだけで、新零の考えていること、思っていることは山ほどあるのだろう
母と同じ病院に幼いころから出入りしている理由が、どんどん明らかになってくるとともに、4月に出会ったときは、他人事だったはずが気づけば心配に変わってきた。

「もう、どうして焦凍くんがそんな顔するの。同情なんていらないからね」
「同情じゃねぇよ。俺もガキのころは色々あったからな」
「・・・うん」
「俺も、お母さんが辛そうな顔をするのが辛かったな」

こちらをのぞき込んでいた新零が少し目を見開いてから、「だよね」と困り顔で笑った
「大好きな人を悲しませる自分が大嫌いだった」そう続けて目を伏せた。



急須に入れてあった、ほうじ茶を湯のみに注ぐ彼女のいる机へ戻れば、置いてあったタブレットが点滅して、着信音が鳴った。お茶を注ぎ終えた新零が1つを自分の方へ差し出して、タブレットを通話状態にした。・・・そういえばテレビ電話って言っていたことを思い出して、机から離れようとしたが電話口の相手の方が反応は早かった。

「新零が男の子連れ込んでる」
「ちょっとお母さん、言い方が悪い。冬美さんからのおすそ分け持ってきてくれたの」
「あら、じゃぁ焦凍くんなのね」
「お邪魔してます」
「いらっしゃい焦凍くん、うちの子がお世話になってるみたいで」
「いえ、そんなことないです」

新零は自分のことを母親に話したのか。何をどう説明したのか、どこまで説明したのかわからないが、悪く見られていることはなくて安心した。

「新零ったら、昔から消太くんのこと大好きだったから心配してたのよね。彼もいい人だけど、さすがに15歳年上はお父さんが認めないってうるさかったのよ」
「だから消太は、そういう好きじゃないって」
「あら、キスまでしといてそんなこと言うの?いい女に育ったら結婚してくれるかって迫ってたじゃない」
「それ10歳くらいの話でしょ・・・」
「たった5年前よ」
「10代の5年間舐めないで」
「それもそうね。・・・でも、さすが私の娘ね」
「何が?」
「だって、こんなイケメン捕まえるんだもの」
「・・・・・」
「新零が安心できる男の子なんだから、大事にしなさいよ」
「わかってる。でも現状、彼とは何もないから勘違いはしないで失礼だから」
「はいはい、じゃぁそっちは変わりないのね」
「うん」
「何かあったらすぐに電話しなさいね」
「うん、ありがと」

彼女の母親から飛び出た言葉に、内心少し穏やかじゃないが特に気にせずにお茶をすする新零を眺めた

「ごめんね、お母さんが余計なこと色々言って」
「似てるな、お前と」
「見た目でしょう?」
「あぁ、・・・少し聞いてもいいか?」
「何?」
「相澤先生とキスしたのか」
「・・・・・10歳のころだってば」
「結婚は」
「だから、10歳だって」
「口にしたのか?」
「した。けど、速攻怒られた」
「・・・・・・」
「もう、この話終わり、なんか恥ずかしい」
「返事は」
「すごく真面目に断られた・・・結構ショックだったんだよ。でも、その時ね、すごく私の幸せを願ってくれてたの・・・だから、そういうのはもういいの」
「俺は、代わりじゃねぇからな」
「そんなこと思ったことないよ?」

くすくすと楽しそうに笑う新零から視線を外して、お茶を口に含んだ
10歳と15歳の変化は自分でも明確に違うのを感じる
だが、向こうはどうだ?彼女の母親が言った通り、たった5年だ。何度思っても、あの担任に限ってそれはないとわかっている。わかっていても、もやもやと気持ちが悪いものが居座る。


「そういえば、男嫌いなんだろ」
「うん」
「何かあったのか?」
「小学校のころに嫌がらせされた」
「・・・・・」
「からかわれたり、嫌なことされたから嫌い」
「・・・それあれだろ、お前の気が引きたいってやつだろ」
「・・・男子の事情で女子が嫌がらせされていいわけないじゃん」
「確かに、そうだな」
「ちょっと話しただけで勘違いするし、無駄に触ろうとしてくるし、うるさいし」
「・・・・・」
「・・・・何か言いたそうな顔してる」
「お前も大変だな」
「・・・比較対象が常に、あの人だったから仕方がないのかもしれないけど。偏見も強くて、ちょっと怖いし苦手」
「俺は怖くないのか?」
「最初は少し怖かったかな。体育祭の後くらいから、不意に優しい目をするときがあるのに気づいて怖くなくなったよ。焦凍くん、まわりなんて眼中にないって感じだったからね。話し方って言うのかな?そういうのも優しくなったと思う」
「・・・そんなに違ったか?」
「うん」
「自分じゃわからねぇな」
「そういうもんだよね」
「お前は、あんまり変わらねぇな」
「これでも焦凍くんの前だと、ちょっと気が抜けてるんだけど」
「・・・・・・」
「焦凍くん、結構顔に出るよね」
「・・・そうかよ」
「また、むすっとしてる」
「してねぇ」
「してる」
「してねぇ」
「焦凍くん」
「?」
「口の端にお饅頭の粉ついてる」
「・・・・そういのは、早く言え」

緊張感のない新零の表情に自分も、いい意味で気が抜ける
男として意識されていないのではなく、意識された上で心を許してくれるのだろうと思いなおして肩の力を抜いた。どうでもいいような内容の会話に、ただただ穏やかだなと思えることを心地よく感じた。保須での事件のことを新零は、どのくらい知っているのだろうか?何も聞いてこなかったのは何も知らないからなんだろうか・・・こんな時間を過ごしていると、あんな事件が嘘のように思えてしまう

「怪我はよくないよ」
「?」

自分が黙ってしまったため、新零は別の言葉を向けて来た
無意識に触れていた包帯の巻かれた腕から手を放した

「職場体験の後から包帯巻いてたでしょ」
「あぁ・・・、気づいてたのか」
「うん・・・ヒーローだからヒーロー志望だからって怪我していいわけじゃない」
「・・・・・」
「その、余計なお世話なのかもしれないけど。自己犠牲なんて、私は嫌だよ。自分のことも守れて、他の人も守れる人が強い人だって、私は思うの・・・とにかく無理はしないでね」

訓練だし、無理だってわかってるけどっと続ける新零が「私、解毒ならできるかもしれない」と不意にはっとした顔で、そんなことを言い出すもんだから思わず笑ってしまった。確かに、空気から邪を払えるのなら、毒素がわかればできるのかもしれない。後日、フグの解毒に成功しましたとメッセージが送られてきたのは、また別の話だ。

「お前、原則個性の使用禁止だってこと忘れてるだろ」
「あくまで原則。人に危害を与えなければ、自衛のために使っても咎められることはないよ」
「そうかもしれねぇけど、人も頼れよ」
「わかってる・・・って、怪我の話、焦凍くんもわかった?」
「あぁ・・・わかってる」
「うん」

にこりと音が付きそうな新零に癒されて、なんだかんだ1時間ほどいた椿家を後にした。


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