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「あら、今日は一段とかっこいいわね。新零ちゃんとデートかしら」

家では姉に見透かされ、見舞い先では母に見透かされた。姉に手を出され少しだけ髪に塗られたワックスがどうにも気になる。デートというつもりはあまりないが女子と出かけるというのは、そういう意味になってしまうのだろう。どうにも気恥ずかしくて少し早めに病室を後にした。
日曜日の静かな病院の待合室でなんとなく足を止めた。新零も、ここによく来ているのだ。・・・あの格子の入った窓から外を見て何を思ったんだろうか。



「焦凍くん、早いね」
「お前も十分早いだろ。まだ30分前だぞ」
「遅刻したら駄目だと思って」

頭の先からつま先まで、女子だなと思った

「デートだと思ったら、ちょっと気合入れすぎちゃって」と照れながら笑う新零は、やはりかわいいの一言で表現しきれずに、右手で顔を少しだけ隠して冷やした。

「・・・かわいい」
「ありがと」
「・・・その、なんだ」
「?」
「・・・そういうの、嬉しい」

目を大きく開けて、ぱちぱちと瞬きをして、少し開いていた口をんと結んでから、「良かった」と小さくつぶやいたのが聞こえた。それからわかってはいたものの、髪のことを聞かれて母に答えたように同じように答えた。

「ここの水族館、小学校のころよく来たの。中学入ってからも来てたんだけど、中3入ってからは全然行けなくて、1年ぶりくらい」
「本当に好きなんだな」
「うん、行きやすい場所だったっていうのもあるんだけど。初めて連れてきてもらった時の感動が忘れられなくて。でも気づいたら自分が大きくなっちゃって、少し水槽が小さく感じるのが残念」
「俺は、こういうところはあんまり来なかったな。それこそ学校行事くらいだ」
「じゃぁ、これからたくさん行こうよ」
「そうだな」

小さな水槽を1つ1つ覗いていると、新零が遠慮がちに服を引っ張って「向こうでペンギンに餌やるんだって」と行きたいと目で訴えて来た。訴えなくとも断ったりしないのだから、言えばいいのにと思いつつ服を掴んでいた手を取って人の集まる方へ足を進めた。少し新零が慌てたように見えたが、自分の手にはしっかり彼女の手が触れている感覚がある。問題ないと新零に笑いかければ、自然と握り返された。


「小学校のころに、球体上に水を跳ねかえせばできると思って海に飛び込もうとして、こっぴどく怒られたんだよね」
「そりゃぁ、入ったはいいけど、流されたら一大事だからな」
「そうすれば、水族館よりもリアルな海の中が見えると思って楽しみにしてたんだけどね。どっかの誰かさんのせいで失敗に終わったよ」
「じゃぁ、お前、モーセの十戒とかできるのか」
「できる。ただ後ろの人に道は残せない」
「できるのかよ」
「うん」
「やってみたのか?」
「うん」
「ふっ・・見てみてぇ」
「機会があったらね」

あれをやろうとして怒られたとか失敗に終わったという話を聞いていると、面白くてずっと笑っていたような気がした。そして、自分のクラスの担任は思っていたよりもずっと面倒見がよくて彼女のことで苦労も多かったようだ。そう思えば今は随分と落ち着いたのだろう。


「焦凍くん、体育祭で顔が売れたねぇ」
「めんどくせぇ」
「売れっ子ヒーローになるには大事なことだよ」
「俺がエンデヴァーの息子だからだろ」
「・・・焦凍くん、それ一生引きずるの?どうあがいたって焦凍くんはエンデヴァーの息子だし、ヒーローになったって2世だって言われるよ」
「・・・・・」
「だからこそ、自分が来たんだったっていうのを魅せつけるんでしょ」
「・・・・・」
「焦凍くんは、焦凍くんなんだよ、エンデヴァーとは個性だって違う、事実は事実なんだし、せっかく体育祭見て焦凍くんの可能性を期待してくれてるんだから、もっとこう、前向きに」
「ふっ・・・本当に、お前は強いな、そういうところ」
「・・・・強くないよ、私は。今日だって」
「?」
「家を出るときに足が震えたの。私は焦凍くんに嫌われたくない、でももし力が動いてしまったらどうしよう。問題を起こしたらどうしようって不安だった。いつも大丈夫でも、今日に限ってって」
「・・・・・」
「私はいつでも臆病もので焦凍くんにあんなこと言っても、自分もまだそうできてない」
「新零」
「・・・・」
「俺は、あの体育祭で緑谷に目を覚ませられた。お前も緑谷と同じことをさらっと言っちまうし、今だって正論をほいほい投げつけて来るし」
「・・・・投げつけてないよ」
「責めてるわけじゃねぇよ、そういう存在がいることで俺は変わっていけると思うんだ。だからお前も、」
「・・・変われるかなぁ」
「プルスウルトラだろ」
「ふふっ、そうだね・・・すぐには無理でも、きっと」
「・・・それと、話変わるけど、いいか?」
「ん?」
「見られてるのは、俺だけじゃねぇ。むしろ、お前のせいで俺が見られてる気がする」
「?」
「今日のお前・・・」
「私のせい?」
「悪い意味じゃねぇからな」
「・・・う、うん?」

クラスメイトに説明された、男の嫉妬の視線というやつだ。声をかけて来たやつらは確かに体育祭で俺のことを知ったのだろうが、それ以外の男の視線は、そういうやつだろう。困り顔で不安そうにしている新零の手をもう一度引いて、別の水槽の前に移動した。「焦凍くん、写真撮ろう?」とスマホを出そうとした新零よりも先に自分のスマホを用意して写真を撮った。「私が撮るより、焦凍くんが撮った方がリーチが長いもんね」と、すぐに送った写真を確認する彼女が呟いたが、本来の理由は別のところにあることに気付いてほしいような欲しくないような複雑な気分になった。インカメなんて初めて使った気がする。

手以外も問題なかったな、と彼女には悪いがほっとした。新零が不安に思うように、自分も嫌われたくないと思う。本来は自分は彼女を信じるべきで不安に思うべきではないのだろう。けれども、それは彼女の個性の話だ。
誰だって好意のある者に対して嫌われたくないと思うのが普通で、それを確かめる方法なんて、そうたくさんはない。

「焦凍くん、やっぱり今日は一段とかっこいいね」
「・・・・」
「照れてる」
「うるせぇ」
「むすっとした」
「・・・・」
「笑ってる焦凍くんが1番だけど、むすっとしてるのも、かわいくて好き」
「嬉しくねぇ」


一通り周り終えて一番大きい水槽の前に戻ってきた
これだけたくさんの水槽を見て周っても、新零は水槽前の椅子に座って中を一生懸命に見ていた。本当に好きなんだなと思いつつ、少し飽きて来たので水槽に背を向けるように座って館内を見渡した。昼すぎに入館したため、閉館時間まであと30分くらいだ。出入り口付近で駄々をこねる子供は、まだ帰りたくないのだろう。

「新零?」
「・・・・・」

水槽を見ていた彼女が振り返って出入り口で騒ぐ子供をぼんやりと見ていた

「私も、あんな感じの時あったなって」
「そんなに好きなんだな」
「・・・それもあるんだけどね。あの頃は、どっちかというと病院に帰らなきゃいけないのが嫌だった・・・。ここね、外出許可がもらいやすくて、よく来てたの」
「・・・・・」
「時間も拒絶できればいいのに、ここで時間が止まればいいのにって」
「・・・・・入院理由は、個性が理由か?」
「うん。どうしても精神的に不安定になったりそれで個性が暴走したりしてね」

水槽の方に向き直って、またぼんやりと中を眺めているのを横目で様子を見る

「今日、焦凍くんが連れてきてくれて良かった。大好きな場所なのに、しばらく来なかったら行けなくなってた」
「今度は朝から来るか」
「焦凍くん、ちょっと退屈してたくせに」
「・・・そんなことねぇよ」
「本当に?」
「あぁ、水族館は嫌いじゃねぇ。ただまぁ正直、俺はどこでもいい。こーいう時間が過ごせるならな」
「・・・・・」
「来て良かった」
「・・・・ありがと焦凍くん」

帰り道に聞いた話は、新零が病院で母や姉に会った時の話だった。1人でいるのが急に怖くなって病室を飛び出した先で母にぶつかり話をしたそうだった。母は新零が泣きやむまで傍にいて、泣きやんだ新零は母の髪を綺麗だと褒めた。姉に会うまでは、ずっと“綺麗な髪のお姉さん”と呼んでいたと少し恥ずかしそうに彼女は話を続けた。もしかしたら俺よりも顔を合わせているのかもしれない。つい先日、母は新零の成長を俺と重ねていたのかもしれないと姉が言っていたのを思い出す。
小2と中1で長期入院、不安や医者の勧めで病院に泊まることもあり、今も必要があれば泊まる可能性もあるのだという。

「新零」
「ん?」
「気になってたんだが」
「うん?」
「別に焦凍でいいからな」
「・・・焦凍」
「・・・・・」
「こういうのはいつも呼ぶより、たまに呼んだ方がどきっとするよね」
「心臓に悪いから止めろ」
「焦凍くん、そういうの疎そうなのに」
「?」
「無意識なのがずるい」
「お前もそうだろ」
「・・・じゃぁ、お互い様だね?」











「轟くん、水族館行ったの?」と聞いてきた緑谷は、俺のペンケースの中に入っている不似合いにかわいい2色ボールペンを見て言ってきたのだろう

「あぁ」
「どうだった?僕、最近全然行ってないなぁ」
「・・・庇護欲を掻き立てられてきた」
「へ?」

意味が分からないという顔をする緑谷が、大きな目をぱちぱちと不思議そうに瞬きをした



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