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「進路悩んでんなら、ここも候補に入れてみないか」と渡されたパンフレットは、彼が勤めている雄英高校の資料だった。
「私、ヒーローになるつもりない」
「お前が普通科志望なくらい知ってる。だが、本当にいいんだな」
「・・・・・」
「お前が、それを言われるのを嫌ってるのは知ってる。だが、自分の人生決めるのは自分だ。他人に言われたからやるのが嫌だとか、そういう考え方はやめろ。純粋に自分がどうしたいのかを考えて選べよ」
「うん」
「雄英だって普通科もある。お前なら推薦で入れるだろ」
「・・・・模試の結果はA貰ってる」
「なら候補にいれてもいいだろ。俺がいるから嫌だってなら話は別だが」
「そ、そういうわけじゃ」
「ここなら、設備も揃ってる、ヒーローも常駐してる。お前のストレス発散や個性について配慮も手厚い」
「・・・・」
「これは俺が持ってきた話じゃない。うちの校長が、お前にどうだって話を持ってきた」
「・・・・・!」
「悪い話じゃない」
「・・・・・考えてみる」
「あぁ、まだ時間はあるからゆっくり考えろよ」
中学3年間女子に囲まれて学校生活を送ってきた。男子がいないというのは非常に嬉しかったが、女子は女子でも女子校の女子とは、どうにも馬が合わず、エスカレーターで高校へ行くつもりだったが、そうは言ってられなくなった。
個性は人を評価するものではないはずだ。すごい個性だから、すごい人とは本来ならない。さらに言えば、すごい個性だからヒーローにならなきゃいけないなんてこともない。ヒーローこそ個性よりも内面が大事なはずだ。
私はヒーローに憧れは持たなかった。自分がそうなりたいとは思わなかった。自分の個性について深く理解するようになった今でも、自己犠牲だとかその他大勢の命を助けるだとか敵を倒すだとか、そんなことは自分にはできそうになかった。そもそも私の個性は、その他大勢を同じテリトリーにいれて攻撃を拒絶することはできない。できたとしても知り合いだけしか助けられない。けして卑屈になっているわけでも、諦めているわけでもなく、ヒーローになりたいと思ったことは不思議となかった。
正義とか悪とか正直、よくわからない。悪は裁かれるが正義は裁かれない。正義を裁いてほしいのではなく、単にそれが不思議なのだ。
「制服、似合ってる」と、私の頭に手を置いた消太は、「お前も、もう高校生か」と少し笑ってくれた。学科は違えど、彼の後輩かつ、教師と生徒になるというのは、なんとも不思議だった。幼いころから、ずっと好きだった。かっこよくて、ずっと一緒にいたくて、幼心に任せてキスもプロポーズもした。今思い出すと恥ずかしいけれど、本当に好きだった。断られた時は酷く悲しかった。
今となっては、あれは憧れで恋愛感情というなんともむずがゆい感覚とは違うものだとわかるようになった。それでも彼への好きという気持ちに変わりはない。この先もきっと変わらない。ファーストキスの相手というのも大事な思い出のままきっと変わらない。
「新零、客席戻るの早くない?!って、双眼鏡まで持参してるし観戦する気まんまんじゃん」
「すぐ棄権して戻ってきたもん」
「入場だけってこと?」
「そう」
「じゃぁ、開始早々のあれも未経験?」
「そう、未経験。目立ちたくないし」
会場のモニターに映し出されている様子を、開始早々ほぼ見ているが、途中までずっと1番だった轟くんは、なんだかすごく怖い目をしている。客席で見かけたエンデヴァーが原因かなぁ、なんて他人の家に首を突っ込みすぎか。
騎馬戦もお昼も終わって始まったレクリエーションは、参加する前に借り物競争で友達の借り物にされて終わった。競技終了後に教えてくれたカードの内容は“巫女”だったらしく。変な内容じゃなくて安心した。
「轟くん、やっぱりすごいね」
「うん・・・さっきのが最大出力なのかな」
「どうなんだろ、新零の個性は影響範囲どれくらい?」
「私は、教室がせいいっぱいかな」
「普通、それくらいだよね。やっぱエリートは違うものなのかなぁ」
嘘をつくことにも慣れてしまった。個性については、ことを荒立てないためにも友達にも言わないようにしている。ただ“反発”とだけ伝えて見せれば、納得してもらえた。影響範囲は、制御状態でも、この会場3つ分は楽に拒絶して弾き飛ばせる。だから嫌なのだ。
どんまいコールの中、複雑な気分で双眼鏡をのぞいた。どこか寂し気に見えた轟くんは左側で、作り出した氷を溶かしていた。仮に左側も氷結だったら最大出力は倍になったんだろうか。・・・・最大出力なんて試したことないな。
「消太の声だ・・・・」
「・・・あんたの大好きな相澤先生、いいこと言うじゃん」
「うん」
「相手が女だからって手加減されたりしたら私も嫌だもんなぁ」
「・・・同じ場に並んでる者に性別云々は邪道だよね」
「ただまぁ・・・仮に新零があそこに立ってたら、相手のことぼろくそに思うかも」
「なにそれっ・・ふふ」
「人間やっぱり、そういうもんだよ。勝負だってわかってても、友達ボコられたらいい気はしないじゃん」
同じクラスの粉散千里子(こなじりちりこ)、ちりちゃんは、そういう子だ。人間味があるけれど人との距離感が絶妙にうまいと思う。個性は粉塵使い故に彼女がいると物理的に空気が綺麗になる。
「次、轟くんだ」
「・・・新零、轟くんに興味あるの?」
「うん、轟くんのお姉さんと仲良くて」
「そうなんだ。お姉さんいるんだ・・・そう言われると弟って感じはする」
「ちりちゃんは、お姉さんって感じするもんね」
「まぁ弟が2人いたら、そうなるよね・・・新零も妹感すごいある。別にお兄さんちゃんといるんでしょ」
「別にってどういう意味」
「私、相澤先生の妹だって言われても驚かないから、そうならそう言って」
「違うよ。私、椿だから。」
「冗談だよ」
「もうっ!」
よそ見をして話している間に派手な音が聞こえて慌てて場内に目を向ける。轟くんの氷が割れる音だ。・・・炎は使いたくないんだろうな、と察するには十分なくらい彼はここまで攻撃に炎を使っていなかった。色々な思いがあるのだろう。お母さんを病院に入れてしまったこと、自分に背負わせようとしているものへの反発、それを父親の個性を継いだ左側を否定することで表しているのだろう。
「轟くんの個性は、半冷半焼なのになぁ」
継いだとかそんなもの関係ない。備わった力をどう使おうが自分の勝手だ。他人に言われて決めるものじゃない。・・・相手の子の声が聞こえてくる。きっと何かしらの事情は知っている言い方だ。
「相手の子、怪我なんてもんじゃないよ・・・あんな自傷行為しないと個性使えないの?」
「・・・・・・・」
なんだか思い出してしまう・・・。消太が初めて家に来た時、私は彼を敵と判断した。重たい個性の使用禁じるためのソレを付けた人たちと同じだと思った。だから、全力で拒絶した。個性が発動しないことに癇癪を起して、手首にたくさんのひっかき傷を作った。周りの声なんか聞こえなくなって、ただ目の前にいる人が怖くて、不安が爆発した。もともとひびの入っていた装置が砕け散り暴発した個性で家の中はぐしゃぐしゃになり、消太も壁に叩きつけられ、壁を突き破ったはずだ。血が流れた覚えがある。天井が崩れ始める中で、消太は私に近寄ってきた。「落ち着け」と声をかけられたとき、個性が使えなくなった。ボロボロになった、その人が自分は私の味方だとそう言った。記憶は酷く曖昧で、でも覆いかぶさるように抱き込んだその人から、自分の頬に何かが流れる感覚があった。嫌な音がする。まっすぐに自分を見る目に釘付けになって、それから、たしか・・・
「新零、轟くんが左側!!」
「・・・あ」
「この試合、どうなるんだろ」
「・・・・・・」
「・・・新零?」
双眼鏡を目から離した
急に冷えた空気が熱せられ蒸気が上がる中、轟くんの勝利が告げられた。その後の試合で彼が左側を攻撃に使うことはなく、決勝での派手な試合でも炎は使わなかった。表彰式も終わって、教室に戻る。あっという間にショートルームも終わって教室を出た。
「マイク先生、体育祭お疲れさまでした。相澤先生、中にいますか?」
「新零ちゃんか、ありがとな。イレイザーならいるぜ呼ぶか?」
「自分で呼びます」
プレゼントマイクに呼ばれたら目立ちすぎる。職員室をのぞき込んですぐに消太が振り返ってくれたので呼ぶ必要もなく、別の場所に移動した。
「どうかしたのか?」
「ちょっと思い出せなくて」
「何を」
「消太に初めて会った時、個性が暴発して家が壊れたでしょ?」
「あぁ」
「あの時、消太が庇ってくれたのは覚えてるんだけど、どうやって助かったのかなって」
「・・・・今更だな」
「なんか、今日の体育祭見てたら色々思い出しちゃって。なんでかな・・・」
「・・・・天井が崩れ落ちたとき、俺が瞬きしたタイミングでお前が個性を使った。俺を含めてテリトリー張って瓦礫を拒絶した」
「・・・・・・」
「だから俺はお前を見込んで、ここまで来てんだ。忘れんなよ」
「・・・・・・」
「・・・って、何泣いてんだ」
「わかんなっい」
「・・・こんな時に泣きやがって、何もできねぇだろ」
「ううん、別にいい・・・大丈夫。なんか、なんか、・・・・うん」
「なんかってなんだ。・・・・まぁいい、落ち着くまではいてやるから、さっさと泣き止め」
「うん・・・」
「・・・そういや、お前、借り物競争んとき、あんなカードよく引き受けたな」
「あんなカード?巫女って、あんなってほど?」
「何言ってんだ。お前のダチが持ってたカード、“美少女”って書いてあっただろ」
「・・・・え?!知らない、聞いてない」
「騙されたな」
「・・・・・・ちりちゃんめ、明日問いただしてやる」